65.女泣かせ?のカナタ

「中止すべきです!」


 執務室にシャトランの怒号にも似た声が響く。

 ラジェストラの前に置かれた防音の魔道具がびりびりと震えた。


「駄目だ、中止すればアンドレイス家の威信が落ちる。本番のパーティーまで執り行わなければいかん」

「わかっています……わかっていますがしかし……!」


 狩猟大会にてロノスティコを襲ったベルナーズ派閥の襲撃者は一人がすでに亡くなり、もう二人は牢に入れられて死罪を言い渡されて処刑が決まっている。

 当然、領主一族へ危害を加えた罰が実行犯だけへの罰になるはずもなく……襲撃者三人の家も領主一族への攻撃の罪で取り潰しになる旨の手紙が騎士達と共に送られた。

 手紙を騎士達が届ける理由は当然、表向きは没落と言う処分にしながらも実際には一族全員をその場で捕縛又は処刑するためである。

 領主一族への攻撃というのはそれだけ重く、罪深い。

 だが……その三人がただの使い捨てだという事も事実だった。


「ラジェストラ様の監視魔術を気付かれることなく乗っ取られる魔術師など会場には一人しかおりません……! このままパーティーを続けてあの者を野放しにするわけには!!」

「言うなシャトラン……証拠がない。何せ使い手である俺ですら魔術が乗っ取られている事に気付けないのだ。一体どう証明しろというのだ」

「そんな離れ業が出来る事が一番の証拠ではないですか! そんな事が出来るのは第四域……宮廷魔術師以外にいるわけがありません!!」

「それを我々では証明できん! それにデナイアル殿は表向きはアンドレイス派閥だ……領内の発展にも貢献している」


 シャトランの言い分がもっともなのはラジェストラもわかっている。

 本来の使い手に気付かれずに相手の魔術に介入し、強奪する。

 そんな離れ業が出来るのは常識から外れた高位魔術師しかおらず、それそのものがデナイアルが今回の一件に関わっていると疑う根拠にはなるが……証拠にはならない。

 何せ使い手が気付けなかったというのは完全犯罪に近い。

 たとえセルドラとロノスティコの危機に監視魔術が反応しなかったという事実があったとしても、誰かの仕業だと証明することができない。


「デナイアル殿は招待客ではあるが王族の護衛として来ている。そんなデナイアルに証拠も無しに今回の一件で疑えば、王族に対して疑いをかけているようなものだ……中立を保っているアンドレイス家がそんな事をすれば終わりだぞ」

「それは……そうですが……!」

「我々に出来るのは無事にパーティーを終わらせる事だけだ……警備を強化する。参加者に息苦しいと言われても構うな。外部からの警備は最小限に、残りの騎士団全員を会場に入れる事とする。これが我々に出来る限界だ」

「いいのですか……もし狙いがカナタではなく……!」


 防音の魔道具があっても、シャトランはみなまで口にする事が出来なかった。

 ラジェストラの目に鋭い視線で問いかける。


「このままパーティーをせずに終われば、今回のパーティーはベルナーズ派閥をはめるための罠だったという噂が流れる可能性が高い……そうなればアンドレイス家の卑劣さを風潮する者がどこからともなく現れ、領内の対立が激化するきっかけを作ろうとするだろう。そうなれば他領の連中もこぞって介入してくる。そうなれば俺が今日までこの領地で築き上げた平和は終わってしまう」

「わかっております。わかっておりますが……!」

「だから、頼りにしているぞシャトラン」

「……承知、致しました」


 シャトランはそれ以上何も言えず、命令を受けて執務室から退出した。

 一人になってもラジェストラの表情は張り詰めたまま。

 今回のパーティーはルミナの魔術学院入学祝い記念と銘打ってそのまま執り行われる事となった。









「ええ!? 予定通りパーティーやるんですか!?」

「うん、昨日父上に伝えられたよ」


 予定通りパーティーが行われると聞いて、カナタの朝支度を行っているルイは驚いてタオルをお湯の中に落とした。

 

「俺が捕まえた襲撃者は全員男爵とかで……そんな身分の低い人達が起こした事でパーティーを中止すると公爵家の威信に関わるとかなんとか……。俺はよくわからな――」

「ははー……確かにここでパーティーを中止したら公爵家が男爵家ごときに舐められて屈するって事ですもんね、そりゃ中止するわけにはいかないですよ」

「……ルイってやっぱり元貴族なんだね」

「え、何です急に?」


 カナタはあまり納得いっていなかったが、驚きながらもすんなりと今回の決定を受け入れられているルイを見て自分との意識の違いに気付く。

 領主の子を狙われた事は確かに大きな問題だが、それはそれとして公爵家のとしての面子を犠牲にするわけにもいかない。

 カナタは二年前、シャトランに侮られるなと言われた事を思い出す。

 貴族にとって面子というのは何よりも優先しなければいけない事なのだと改めて実感した。


「カナタ様はルミナ様のエスコートをされるんですよね?」

「うん……」


 ルイはお湯を染み込ませたタオルでカナタの顔をゆっくりと拭く。

 カナタがぎゅっと目をつむる姿がルイはお気に入りである。


「うひひ……」

「ルイ?」

「な、なんでもありません! 大役ですね!」

「そうだね……パーティーは初めてだから不安だけど……ちゃんと踊れるかなあ」

「ロザリンド様の特訓を乗り越えたカナタ様なら余裕ですよ! はい、終わりましたよー……終わりたくないけど」

「終わりたくない?」

「こちらの話です」


 名残惜しそうにタオルをお湯につけて、乾いたタオルでカナタの顔を拭いて終わる。

 次は着替えだと上等な布を使った平服をルイは手に取った。

 カナタはソファから立ち上がって、ルイに身を任せる。


「前夜祭の時のカナタ様もかっこよかったですし、狩猟大会のご活躍もあってルミナ様のエスコート役なんて名誉に相応しい人むしろカナタ様しかいませんよ!」


 カナタの寝間着を脱がせて、ごくりと生唾を飲み込みながらルイはカナタをゆっくりと着替えさせる。

 カナタの無防備さはルイへの全幅の信頼があってこそだ。


「ありがとうルイ、ルイはいつも褒めてくれるね」

「はい! 本気でそう思ってますから!」

「いつも助かってるよ、それにルイがいるのは心強いから」

「勿体ないお言葉です……!」


 カナタの着替えが終わるとルイは姿見を見ながら細かい所をチェックする。

 何の変哲もない平服ではあるが、襟がよれていたり袖に汚れがあっては世話係の名が泣こう。


「私は一介の使用人なので陰ながらカナタ様を見守る事しかできませんが、カナタ様ならパーティーもつつがなくこなせると信じていますよ……っと、完璧です」

「陰ながら……? 何言ってるの? ルイも来るんだよ?」

「え? 何故私が……?」

「警備を強化するために信用できる人材は全員会場に配置するって父上が言ってたから……ルイは俺の世話係だし女の人だから、たとえばルミナ様が俺じゃ入れない所に行く時に代わりに付いて貰ったりしようと思ってるんだけど……」


 カナタの言葉にルイの表情が明るくなる。


「いいんですか!? わ、私……ドレス着れるんですか!?」

「う、うん……使用人の服じゃ自由に動けないでしょ……? 配膳とか設営とかは公爵家の使用人の人達がやるらしいから」

「わぁ……!」


 ルイは年相応の表情へと変わり、その目を輝かせる。

 大分前に失ったはずの煌びやかな場所に、異例とはいえまさかもう一度参加できる時が来るとは思わなかった。

 しかも一番尊敬する主人と共に参加できるというのだから、ルイにとっては没落前よりもいい状況と言えた。


「もちろん……私のドレスはカナタ様が買ってくれたり? くれたりしちゃいます!?」


 きらきらとした目でわざとらしいおねだりをするルイ。

 カナタはそんなルイを疑うことなく、頷いた。


「ああ、そうだね。うん、今からだとオーダーメイド? ってやつは時間的に無理だろうけど、売ってるものなら買いに行こうか」

「……カナタ様、普通に騙されないでください。こういう時は普通、主催の家側……つまり今回は公爵家が用意してくれます」

「そういうものなんだ?」


 きょとんとするカナタにルイは不安を覚える。

 自分の主人ながらあまりに貴族社会に向いてなさすぎる様子にため息をつきかけた。


「カナタ様のそういうちょろい所、ルイは心配ですよ……私に病気の弟がいるからお金下さいって言ってもいけそうなんですから……」

「え、弟いるの?」

「いません! もうちょっと私を疑って下さい! 私はよこしまな女なんです! いまに私の良心が罪悪感を抱いてむせび泣きますよ! カナタ様の女泣かせ!!」

「ご、ごめん……?」

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