62.次期領主の友

 ラグルゼン・ベイゴーランは第二域の魔術師である。

 魔術学院にこそ通う事は出来なかったが、魔術師の祖父の教えを受けて自力で第二域にまで辿り着いた……いわば秀才と言えよう。

 才能が花開くのは十九歳と貴族にしては遅めだったが、魔術学院に通っていれば間違いなく第三域に到達していただろうと周囲からももてはやされていた。

 アンドレイス家と対立しているベルナーズ派閥でも専門の教育機関に通わず、独学で花開いた事を一目置かれていて、若くしながら周囲と意見を交わせる立場にある。

 独学で第二域に辿り着き、古い派閥において若くしながら古参のメンバーと意見を交わす事の出来るラグルゼンは自信に満ちていた。

 歳を重ねればさらに上へ、いずれ派閥の中核へと――。



「あ……ぁ……」



 そんなラグルゼンの自信が、目の前で砕かれていく。


「『虚ろならざるうつろならざる魔腕かいな』」

「あ……うああああああああああ!!?? ごばあっ!?」


 同じ派閥の仲間の魔術が黒い腕に握りつぶされて、そのまま掴まれる。

 掴まれた仲間は黒い腕に力任せに木に叩きつけられた。

 凄まじい衝撃に地響きにも似た振動が伝わってくる。


 突然、炎と共に目の前に現れた少年の魔術はラグルゼンも見たことが無い。

 少年――カナタと呼ばれていた少年の背中から生える黒い腕は一瞬でラグルゼンの仲間の中年貴族を失神させてしまった。 

 死んでるのではと思うほどの衝撃だったが、中年貴族は黒い腕の中でぴくぴくと動いている。

 子供の頃に見た死にかけの魚のようだと、逃避するかのようにラグルゼンは思い出した。


「な、な……」


 さっきまでセルドラを追ってきた時と打って変わってラグルゼンは青褪める。

 先程まで、弱い子供を追い立てるだけの簡単な仕事だった。

 仲間はやられたが自分は無傷。ボロボロになったセルドラからロノスティコを奪い、亡き者にすればいい。

 それが、どうして圧倒されているのはこちらなのか――?


「大人しく連れて行かれるか、このままこの人のようになるか……どちらがいい?」

「っ、ぐ……!」


 淡々とカナタは問う。

 二年前の経験、そして今日までの二年間の鍛錬。

 基礎教育を行いながら魔術の授業を好きだからとのめり込み、さらには騎士団の魔術滓ラビッシュを貰うついでに騎士団の訓練を見続けて……カナタは魔術の扱いが格段にうまくなっていた。

 ブリーナとの戦い以降、殺し合いと言えるような戦闘こそなかったが、アンドレイス家の側近となるためにディーラスコ家で培った技術は裏切らない。

 ……カナタは要領がいい子供ではない。

 最初は文字も読めなったし、今になっても基礎教育は万全ではない。作法礼法は中途半端で今回のパーティーに参加するのも詰め込んでようやくだ。

 それでも、魔術だけは同年代を遥かに凌駕する。

 最初から第三域を使えるというイレギュラーである事を差し置いても、ディーラスコ家の息子と呼ぶに相応しい実力をカナタはすでに備えていた。


「だ、れが……」


 ラグルゼンとて馬鹿ではない。

 しかし、そのプライドが自分より年下の少年に投降を許すかどうかは別だった。


「誰がそれと同じになるかあ! 『旋風の刃トゥルビヨン』!」

「『炎精への祈りフランメベーテン』」


 カナタ目掛けて放たれた風の刃は一瞬で炎に呑まれる。

 ラグルゼンを囲むように炎は地面を這って、すぐさま燃え上がった。

 取り囲む炎の檻の中心にいるラグルゼンは捕まったというよりも、命を握られているような感覚がして寒気が走る。


「な、なんで……魔術学院にも、入学してない……お前みたいなガキが、第三域の魔術を……」

「なんで、と言われても……自分にもよくわからないので」


 カナタが答えて、かちかちと歯を鳴らしながらラグルゼンは崩れ落ちる。

 ラグルゼンは第二域の魔術師。ロノスティコを追い掛け、セルドラを散々いたぶるように魔術を行使した今の魔力で……目の前の炎を突破できる気がしなかった。


「せめて……せめて万全の状態なら……!」


 つい口に出してしまったその言葉が自分でも負け惜しみだとわかっていたのか、ラグルゼンはプライドは粉々に砕かれたように作った拳も力無く緩む。

 今のカナタは、派閥での会議や立場を維持するのに夢中で第二域になってから魔術の鍛錬をろくに行っていないラグルゼンが敵う相手ではない。


「一緒に来てくれますか? ええと、確か……ラグルゼン殿?」

「う……ぁ……。お前は、何者なんだ……?」

「何者……?」


 質問の意図はわからなかったが、カナタは今自分が動いている理由を答える。


「彼等の側近候補で、友人です」


 がくりとラグルゼンは何も言わずに項垂うなだれる。

 魔術師としての戦闘をするまでもなく、たった二つの魔術をぶつけてカナタはその場を制圧した。

 後はセルドラとロノスティコの捜索のために森に入った騎士達がこの炎に気付いてくれればラグルゼンを連行してくれる。

 カナタは周囲に落ちていたラグルゼンとその仲間が出した魔術滓ラビッシュをちゃっかり回収しながら心の中で呟く。


(この二年で薄々わかっていたけど……ブリーナ先生って強かったんだな……。俺の第三域を見ても余裕そうだったもんな……)


 じゃらじゃらと手の中で魔術滓ラビッシュを遊ばせながら、カナタは二年前の自分の行動がどれだけ危険だったのかを再確認する。

 生徒としての義理を優先した後悔こそないものの……第三域の魔術師であるブリーナに一人で立ち向かった無謀さに今更寒気を走らせていた。


「確か父上が若いって恐い……みたいな事言ってたっけ? 確かにこわいなあ……」


 まだ十二歳の子供が言うべきではない台詞を口にしながら、鎧がぶつかる音が遠くからしてカナタはその方向に手を振る。

 恐いのはお前だ、と誰にもツッコまれる事も無くカナタの狩猟大会はそのまま終わりを告げる。


 そして今回の出来事はラジェストラの口から招待された貴族に説明される事となった。

 セルドラとロノスティコは無事保護され、アンドレイス家と対立しているベルナーズ派閥がアンドレイス家の後継者を狙って引き起こした事件として片付けられる。

 王侯貴族の世界では別段珍しい事ではなく、犯人が捕縛されているという点、そして領主一族の威信を落とさぬためという理由から……狩猟大会は表彰式まで行われて幕を閉じた。



「セルドラ様、ロノスティコ様」

「おう、来たか」

「……」


 表彰式も終わって、カナタが治療室に行くとセルドラとロノスティコが並んでベッドに寝かされていた。

 ロノスティコはそもそも大きな傷は無く、セルドラもあちこちに包帯を巻かれてはいるが傷自体は浅いという。

 使用人にフルーツを食べさせてもらっているセルドラの姿は正直本当に病人なのかと疑いたくなるほどで、ロノスティコもいつも通り本を開いていた。


「……無事なようで何よりです」

「思ったより元気そうで拍子抜けという顔だな! エイダンもさっき同じ顔をしていたぞ! はっはっは!」

「同じ顔だった……」


 ロノスティコまでセルドラと一緒になってカナタの様子をおかしがっている。

 流石のカナタも呆れたのか、くるりと踵を返した。


「無事なのも確認できたので失礼します」

「あー! 待て待て! 拗ねるな拗ねるな! お前には感謝している!」

「うん……ありがとう、カナタさん……」


 狩猟大会前の険悪な様子はどこへやら。

 傷だらけになっているというのに今のセルドラとロノスティコのほうが断然雰囲気はよく、まるで憑き物が落ちたかのようだった。

 カナタが来るまでに後継者争いについても兄弟で少し話したのだろう。

 しかし、その点を追究するほど無粋なことはない。


「流石は我々の側近候補だ、エイダン共々見事な活躍だった。いやー、暗殺毒殺なぞされて当然だと覚悟してはいたが、実力が伴わないとハードで仕方ないと実感した」

「僕も……覚悟できてなかった……」


 セルドラとロノスティコは互いに顔を見合わせて微笑む。

 どちらも相手が持っているものが足りなかった。

 実力が無ければ覚悟も無駄になる可能性が高く、覚悟がなければ実力が発揮できない。

 巨大な領地を治める領主とは全てを持っていなければならない。

 今回の一件はその事を二人に痛感させる出来事だった。


「お前がいなければアンドレイス家の威信は落ちていただろう。ありがとうな」

「お礼なら兄上のほうに言ってください。正直、自分だけでは間に合ってなかったので……」


 カナタがそう言うと、


「なら……今回も遅かったなカナタ」

「はは、あなたが速すぎるんですよ、セルドラ様」


 この言い方のほうが俺らしいだろ、とセルドラは満面の笑みを見せた。




――――

いつもお読み頂きありがとうございます。

明日の更新で第三部前編終了です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る