63.エピローグ?

 アンドレイス家の居城の周囲を白い鳥が飛んでいる。

 夜闇の中でさえ自由に、月の光すらいらないと翼を羽ばたかせる。

 控え目に鳴いて、来客用の居館パレスのほうへと。

 ふわりと自分の巣に帰るかのように、白い鳥は居館パレスの最上階の窓に降り立ってこつこつとくちばしでガラス製の窓を鳴らした。

 きい、と小さな音を立てて窓が開く。


「ご苦労様……」


 窓の中から手が伸びて、白い鳥はその手の上に飛び乗った。

 白い鳥は霞のように消えて、その手は窓を閉める。


「あら、その鳥が監視魔術だったの?」

「ええ、流石はラジェストラ公爵の監視魔術……。介入は大変でしたが、奪ってしまえば優秀な事この上ありませんね……」

「いひひ! 何それ皮肉ぅ?」


 アンドレイス家の来客用の居館パレスの最上階は他と比べて一際豪華な部屋となっている。

 しかし、その豪華さを塗りつぶすように部屋は可愛らしい小物と甘い匂いに満たされていた。

 シックなテーブルの上には山のように菓子が積み上がり、カーテンはフリルのついたものに。カーペットも元あったものは隅に追いやられて色合いの派手なものへと変えられている。

 領主の用意した部屋を好き勝手に弄れる権力者は招待された者の中では二人しかいない。

 一人は第七王子アクィラ・スカルタ・ノーヴァヤ。そしてもう一人――


「ご機嫌ですね、メリーベル王女殿下……」

「当然でしょ! ようやく尻尾を出したんだから、さ!」


 ――第四王女メリーベル・ファレナ・ノーヴァヤだけである。

 メリーベルはふりふりと尻尾を振る仕草のように腰を振って、そのままソファにダイブした。特徴的な縦ロールが装飾品のように揺れる。

 白い鳥を迎えたのは護衛である宮廷魔術師デナイアル・アリシーズ。

 使用人も同席していないというのに未婚の男女が同室に二人でいる理由など大抵は決まっている。

 情熱的な恋の衝動による恋仲か、よからぬ悪意を共有している者同士か、だ。


「デナイアル、ほら、あーん」


 メリーベルは小さな口を開けてデナイアルに催促する。

 デナイアルは他の者が見たらはしたないと叱られるであろうその様子を見て、深いため息をついた。


「メリーベル王女殿下……。あなたに協力して後悔している事が二つあります。

一つは任務中、全く魔術の研究をさせてくれる時間を用意してくれない事……もう一つは親鳥のように甲斐甲斐かいがいしくあなたにお菓子を振舞わないといけない事です……」

「あら残念ね? そんなのどうでもいいから早くしてくれる?」

「まったく……」


 デナイアルは飴玉を一つメリーベルの口の中へと放る。


「んー! イケメンを好き勝手に動かして食べるお菓子は最高ねぇ!」

「メリーベル王女殿下……何度も何度もこの私に、天才と呼ばれた宮廷魔術師デナイアルにそのような要求をしてきますが……。私に惚れているのですか? 私は容姿も恵まれているので仕方ありませんが……」


 デナイアルは自分で言う通り顔立ちは整っていて、紫の瞳は女性を惑わす艶やかさを持っている。

 これに加えて才能と財力まであるので、一目で心を奪われる女性も多いだろう。

 しかしメリーベルは舐めている飴玉がヘドロ味であったかのような苦い表情を浮かべた。


「ほんっとにやめてくださるかしらデナイアル様? わたくし、本当にあなたみたいな人タイプじゃないの。嘘も真実もまぜこぜにして自分の都合のいいように捻じ曲げたがる性格とか、いちいち気取って演技染みてる所とか、わたくしに生意気な態度をとる所とかも……あなたのいい所なんて顔くらいじゃなくて?」

「魔術の腕が抜けておりますよ」

「はいはい、そこは宮廷魔術師様って感じ。プライドたっか。あなたの場合はきっもって感じだけど」

「ふふ、そんなに褒められると……気持ちが悪いと称される本は大抵名作揃い、もしくは革新的な内容なものです」

「頭おかしいの? ああ、今に始まった事じゃなかったわ」


 恍惚の表情を浮かべるデナイアルから目を逸らし、口の中で転がす飴玉からようやく甘味が感じられるようになるとメリーベルはソファから立ち上がる。


「ま、あなたくらいの魔術師じゃないと公爵の魔術に介入なんてできなかっただろうし、たっかいプライド持ってるだけはあるって証明してくれたわね。しっかりあの連中も騒ぎを起こしてくれたし……やり過ぎで正直ひいたけど」

「正直ロノスティコ様を殺そうとしたのはあまりに予想外で驚きましたね……つい公爵に教えてしまいましたよ……」

「ほんっとよ! 本当にロノスティコが死んでたらどうするわけ!?」


 メリーベルはソファのクッションを手に取って、そのまま乱暴に叩きつける。


「あんな子どうなったっていいけど万が一わたくし達の目的がロノスティコだったら死体を回収できなくなっちゃうでしょうが!

このわたくしに墓荒らしでもやれって!? これだから底辺貴族は! 騒ぎを起こすって言ったってもっとばれにくい騒ぎとかあるでしょうよ! しっかり牢屋にぶち込まれちゃってさ!」


 何度も何度も、この場にいないラグルゼン達の顔面を殴りつけるようにメリーベルはクッションを叩きつける。

 何度かやって満足したのか、クッションをデナイアルに投げつけた。


「予想外といえばあの謎の側近候補も……情報がほとんどありませんが、魔術学院に入る前であの実力は中々ですね……。カナタと言いましたか」

「ああ、あの冴えない子? そうそう、あんな珍しくてそれっぽい子よく見つけて来れたわよね、流石は公爵って感じかしら? どうどう? あなたと同じくらい才能あったりする?」

「さあ……? 第三域まで習得しているのは確かに優秀ではありますが……第三域を網羅しているというわけではなさそうでしたから、流石に第四域の私と比べるのは流石に……」

「あの珍しさといい実力といい……そういう事・・・・・でしょ? 公爵ったら無駄で無意味な頑張りご苦労様っていうの? それに、ほんっと貴族らしいというかなんというか、拾ってきた子なんてどうなってもいいって感じ? カナタくんかわいそうよねー、都合いい事言われて連れてこられちゃったんでしょうに」

「いずれにせよ、中に入れて・・・・・しまえば・・・・誰であろうと問題はありませんので……念のため監視はしておきましょう……」


 デナイアルは投げつけられたクッションを丁寧にソファに置く。

 クッションを何度も叩きつけていたせいか部屋は少し埃っぽく、デナイアルは口を手で軽く抑えた。


「そういえば、あの騒ぎを起こした愚か者達は牢から解放するのですか……? そういう約束をしていたような記憶がありますが……」

「は? するわけないでしょ? 何であんな役立たずのためにわざわざわたくし達との繋がりを証拠付けるような事しなくちゃいけなくて?」

「ふふ……ですよね……。ただの確認です……」

「わたくしの後ろ盾を頼りに考え無しに何かするって根性が気に食わないもの。このまま処刑していなくなってもらいましょ! 契約魔術を解除する時間も手間もないですしぃ? 目的が誰か、今回のでわかっちゃったからねー!」


 メリーベルはクッションを叩きつけて少々埃っぽくなった部屋の窓を開ける。

 窓を開けて見えるのは月光に照らされたアンドレイス家の居城だった。


「涙ぐましい努力をよくぞここまで隠し通したと褒めて差し上げますわ……ですが、無駄な努力だったわねラジェストラ公爵……あなた達はあまりに平等過ぎた」

「騎士団の半分を森に送りはしましたが……長子がピンチだというのに、腹心のシャトラン殿が直接捜索に出なかったのは失敗でしたね……」

「いひひ! 陽動の可能性を考えてしまったのでしょうね? 現当主を守るためだと言われたらそれっぽいけれど……子供思いで有名なラジェストラ公爵が窮地きゅうちの、しかも森に二人いる自分の子供のために一番信頼している腹心を向かわせないなんてちょっと不自然だったわねぇ?

そんなに心配だった? そんなに不安だった? そんなに、恐かった? 安全な運営席に一人あの子を座らせて、護衛騎士と自分の腹心どちらも使って脇を固めないと安心できなかったのかしらぁ?」


 メリーベルは人差し指でアンドレイス家の居城を指差す。

 彼女の目的は絞られた。ラジェストラの子の中でただ一人、一番安全なテーブルにいながら護衛騎士と腹心に守られていた少女へと。


「公爵家の"失伝刻印者ファトゥムホルダー"……見ーつけた!」


 メリーベルは上機嫌に口の中の飴玉を転がした。

 からころと口の中で鳴る飴玉はまるで笑い声のようで。


「残念だわルミナ……わたくしのために利用されてくれる?

いいでしょ? だってわたくし達、友達ですもの――ね?」



―――――

いつも読んで下さってありがとうございます。

ここで第三部前編終了となります。次の更新から第三部後編となります。

引き続き応援よろしくお願い致します。

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