61.狩猟大会6
(ロノスティコがこんな風になるまで追い掛けられたという事はお父様の魔術は破壊されたか乗っ取られたか……。魔術を勉強していれば判断ついたのかもしれないが……俺にはわからんな)
こういった大きな催しがある際、ラジェストラは子供達に必ず魔術をかける。
それが防御なのか監視なのかはわからないが、ロノスティコのこの様子を見るにすでにラジェストラの魔術は機能していないに違いない。
転がっている一人か目の前の二人の仕業か……いや、どちらでもないだろう。
そんな簡単に領主の魔術をどうこうできる腕前なら、こんないかにもなタイミングでわざわざロノスティコを襲う必要はない。自分なんかの不意打ちを致命的に受けるような間抜けでもないはず。
セルドラはこの場の状況だけ見て、ロノスティコを襲っていた三人のバックにいる何者かの存在を見抜く。
「このタイミングなのは……ああ、後継者の発表が無かったからか?」
「……! 痛めつければ気が変わるだろうさ」
「ええ、なにせ……まともに第一域も使えないとの話ですからな」
「そううまくいくかな!? 『
セルドラが木に寄り掛かるロノスティコに駆け寄って魔術を唱えると、二人の周囲を透明な魔力の壁が覆う。
セルドラが唱えたのは第一域の防御魔術。
魔術としては珍しくもなんともないが、その特性はつぎこんだ魔力量による強度の上昇。
魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほど固くなる単純にして優秀な性能が代表的な防御魔術として教本に載るゆえんでもあった。
魔術の知識が乏しくも、領主一族であるセルドラの魔力量は高い。
つまり、時間稼ぎ程度ならセルドラの実力でもできるということ。
「はっはっは! 全く使えないと言った覚えはないなあ!」
「面倒な……! 『
舌打ちと共に唱えられる攻撃魔術。
魔力が風となって荒れ狂い、防御魔術に囲まれる二人を襲う。
セルドラは今のうちにと動けなくなっているロノスティコの様子を確認する。
「どうやら致命傷はないようだな、ただ疲れてぶっ倒れているだけか。まったく……少しは外に出て体力を付けろ! 俺のようにな!」
「おに……さま……」
「喋らなくていい。よっと……!」
自分の防御魔術が軋むのをセルドラは感じる。
使える魔力を半分ほど使ったのだが……魔術師としてある程度鍛錬を積んだ連中にとっては固いだけの防御魔術でしかない。第一域としては優秀なだけで第二域の攻撃魔術で攻撃されればじきに壊れる。
後四発……いや、三発というところか。
セルドラは身体を強化し、ロノスティコを背中に背負う。
「貴様も何でもいいからぶつけろ! 魔力を注ぎ込んで固いだけだ!」
「は、はい!」
外からは二人がかりでセルドラの防御魔術を割ろうとする二人の声。
不意打ちで一人やれてよかったな、とセルドラは笑う。
防御魔術がひび割れるの感じて、セルドラはさらに魔力を込めた。
「おにい、さま……にげて……」
「喋らなくていいと言ったろう! 任せておけロノスティコ! お前は運がいいぞ! この俺が直々に守ってやるのだからな!」
何度目かの攻撃魔術でセルドラの防御魔術が破壊される。
防御魔術が砕けたと同時に、風の渦が飛んできた。
セルドラは予想していたかのように、先程の不意打ちでそこらに倒れた男を盾にするように持ち上げた。
「なっ――!」
「これが第二の盾だ! 我々領主一族を守るという栄誉をこいつには与えてやろう!」
セルドラ達に向かってくる風の渦が男を切り刻み、腹に刺さっていた槍はさらに深く。
まだ致命傷ではなかった槍は今の衝撃で致命傷になったようだ。
倒れていた男は意識がないまま風の渦を受けて、そのまま力無く倒れた。
と、同時にセルドラは横に駆け出す。
「どこまでも我等をこけにしている!」
「逃がすな! 背中の弟だけでいいんだ! 『
「ほほう? いい事を聞いた! 第三の盾を……見せてやろう!!」
襲撃者の一人――ラグルゼンが唱える第二域の攻撃魔術。
魔力を纏った見えない
当然、ラグルゼンが狙っていたのはロノスティコ。だがセルドラが体を反転させたのなら必然、命中するのはセルドラになる。
「ぐ、おあああああ!!」
投げられた短剣が全身に突き刺さるような痛みがセルドラを襲う。
顔に、腕に、腹に、足に。
第二域の攻撃魔術は第一域と違って、戦闘用とされる攻撃力を持つ。
いくら身体強化をしていても、まともに受ければ当然無事では済まない。
「まともに受けるとは馬鹿――」
「は、は……! 落馬した、時の方が、痛いじゃないか! 大したことないではないか! は、は……ははは!」
「なんだ、こいつ……」
全身の激痛に顔を歪めながら、セルドラは再び走る。
大したことはないと自分に言い聞かせながら、少しでも運営会場のほうに戻ろうと。
今受けた魔術によって、服の下が赤く染まっている事も無視して。
「目が赤く……? ああ、なんだただの血か……」
突然セルドラの視界が赤く変わった。
先程の魔術が頭にも当たっていたのか、頭からも血が流れてくる。
幸い、表面を少し切っただけで頭がぐらつくような事はない。
視界が何色だろうが走れる事に変わりはない。
セルドラは冷静に自分のやるべき事、そして敵の都合を分析しながら走る。
恐らく相手は次期領主が無能の自分と発表されなかったのを見て業を煮やした連中だとセルドラは見抜く。
このタイミングでの襲撃は突発的なもの。こいつらに次善策はない。
ロノスティコをこっそり殺して何食わぬ顔で戻るのがベストの状況だっただろう。多少てこずらせている時点で相手からすれば苛立つ事態なはずだと。
――ここさえ耐えきれれば乗り切れる。
こいつらはロノスティコではなくセルドラを領主にしたいはず。
自分だからこそ盾に最適。どちらも殺したらルミナが領主になってしまう。
(ルミナはなんでもそつなくこなす女な上に魔術も得意だ……さぞ嫌なんじゃないか?)
魔術をサボった無能だからこそ自分は盾に相応しい。
そう考えて、セルドラは自分を鼓舞するように笑う。
自分が、自分でも出来る――!
「こい……来てみろ……!」
もう一度、同じ魔術が放たれる。
セルドラは同じようにロノスティコを庇うように自分の体でその魔術を受け止める。
一人でなら避けられるだろうが、ロノスティコを背負ったままでは身体強化しても動きが鈍い。
さらに相手が使ってくるのは速い風の魔術。第二域にしては攻撃力は低いものの、それでも何度も食らえるほどではない。
「ご、ぶ……っ」
「くっ……! あんな無能を殺しても意味は無いというのに……!」
「ラグルゼン殿! 私が……!」
「駄目だ! 火ではさっきのように目立つ!! 別の属性で合わせろ! くっ、何故倒れない……! 私の魔術を二発も受けて、あんな無能が――!」
追ってくる揉めているのを聞いてセルドラは血を吐きながら地面を踏みしめる。
セルドラは倒れない。ロノスティコを落とさない。
ロノスティコを支える腕は力強く、足は大地に立ったまま。
「俺を、だれだと……思ってる……!」
「『
「『
「『
襲撃者二人が放つ攻撃魔術に向けて、セルドラは防御魔術を唱える。
残った魔力も、身体強化の分の魔力も注ぎ込んでロノスティコに傷一つ負わせない。
風の渦と跳んでくる水の塊は魔力の壁に阻まれて、衝撃でセルドラを吹き飛ばす程度の威力にしかならなかった。
セルドラの粘りに焦りが出たのか、辺りには
それを見てセルドラは煽るように口を開いた。
「はっ……! なんだ、人に無能無能とほざいておいて……貴様らもその程度か……!
「ちっ……! 何故、そこまでして……!」
「何故……? 俺を……誰だと、思っている……!」
今の防御魔術で魔力は完全に尽きた。生まれ持った魔力と稚拙な技術では二度が限界。
それでも、服に血を滲ませながらロノスティコを守る姿は襲撃者二人からすると鬱陶しい事この上ない。
薄暗い森の中、血に濡れた金の髪が木漏れ日を浴びて輝く。
「俺は……こいつの、兄貴だ! それで……十分だろうがあ!!」
森の中に響くセルドラの声。
同時に、馬が走ってくる音が全員の耳に届いていた。
「『
「――!!」
襲撃者二人と血だらけのセルドラの間に炎が走る。
それを見てセルドラの表情に安堵の色が浮かぶ。
「ほら、だから言っただろ! セルドラ様の馬に案内して貰ったほうがいいと!」
「はい、兄上のおかげです」
横を見れば、木々を躱しながらこちらに走ってくる自分の愛馬の姿。
そしてその愛馬に乗っているのは側近であるエイダンと側近候補であるカナタだった。
どうやら広大な森の中、馬を使ってセルドラを探していたようだ。
炎の壁で襲撃者の視界を
「兄上、お二人を任せましたよ」
「わかったけど……いいんだな!?」
「ええ、お任せを。やばかったら逃げます」
「よし!」
エイダンはセルドラとロノスティコを馬に乗せて手綱を握る。
まるで荷物のように縛り付けてしまっているが緊急事態のため不敬には当たらないだろう。
「ま、待て……カナタは……置いて行くのか、エイダン……?」
「はい! お二人の無事のほうが優先です!」
「それではカナタが……駄目だ! いずれなるとはいえ、まだ候補止まりのあいつにそんな――」
「大丈夫です、可哀想なのは相手ですから」
エイダンはセルドラの制止を無視して馬を走らせる。
カナタだけがその場に残って、炎の壁の方を見つめていた。
「なんだこの炎は!?」
「私達以外は燃やしていない……!?」
炎の向こう側から慌てふためく襲撃者の声が聞こえる。
カナタは魔力を解いて、互いを分断していた炎を消した。
警戒していた炎が突然消えて一人の少年が現れたからか、襲撃者二人は身構える。
この子供は確か、前夜祭でルミナについていた側近候補では、と。
「それで?」
カナタは問う。
一体何を?
「どっちからくたばります? くじ引きでもして決めたほうがいいですか?」
その目はすでに死線をくぐった魔術師のもの。
襲撃者の二人はそんな舐められたような問い掛けをされても、カナタに気圧されてすぐには動くことはできなかった。
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