56.狩猟大会

「ルイ……その格好は……」


 一夜明けて狩猟大会当日。

 天幕の仮設宿舎が並ぶ会場にて、他よりも一層豪華な領主一族の天幕の中でカナタはルイを見て若干の呆れを見せた。

 というのも、ルイは使用人の服に背中に槍というミスマッチな組み合わせでカナタの前に姿を現したからである。


「さあカナタ様……今日は頑張りましょうね!」

「えっと……」

「ルイさんはやる気がすごいですね……」


 どう説明したらいいものかとカナタとルミナは顔を見合わせる。

 そんな二人を見かねてか後ろに立つコーレナが口を開く。


「やる気があるのはいい事だが……狩猟大会に出れるのは貴族もしくは騎士のみだ。使用人は出れないぞ」

「ええ!? いつだってカナタ様と一心同体な私でも!?」


 やる気を粉砕するような事実を突きつけられ、ルイは縋るようにカナタのほうに視線を送る。

 カナタはゆっくりと、そしてとどめを刺すかのような確かな頷きを見せた。


「うん……どこから持ってきたのその槍……返してきなよ……」

「そんな! カナタ様のお傍に私がいなくてどうするんですか! 着替えの時の楽しい雑談も本を読んでいる時のお茶の用意もできなくなってしまいますよ! いざという時にカナタ様を楽しませるために歌って踊る役とかもいなくなりますよ!?」

「うん……いつもありがとう……でも狩猟大会には全く関係無いからさ……」

「うう……仕方ありません……お留守番しています……」


 ルイはぽいっと槍を元あった場所へと戻す。

 どうやら立てかけていた武器の一部だったようである。


「歌って踊られてるのか?」

「いやそれはないです」


 そんな記憶はカナタにはない。

 しかしルイなら本当にやりそうと思うのも事実だった。


「ふふ、あんな方が世話係だなんて毎日楽しそうです」

「ずいぶん愉快ではあるが……カナタ様への忠誠心は確かに見える」

「はい、ルイは自分の一番の味方でもありますから」


 槍を元あった場所に戻していたルイの耳がぴくぴくと動く。

 くるりとカナタのほうに振り返るその表情は満面の笑みで、口元をによによさせながら使用人らしくカナタの一歩後ろにつく。


「さあカナタ様……何なりとお申し付けください。カナタ様の一番の! 味方! であるこのルイに不可能はございません」

「ありがとう、でもさっき用意を手伝って貰ったし大丈夫だよ。大会中はルミナ様についててもらえる?」

「お任せ下さい!!」


 誇らしげな笑顔を浮かべるルイとにこにこしているカナタ。

 ルミナとコーレナもまた互いに信頼を置く主従関係だが、二人からはまた別の信頼関係が伝わってくる。

 そんな二人を見ていたからか、ルミナは唐突にコーレナの手を取った。


「……私もコーレナのこと大好きですよ?」

「ルミナ様、とても嬉しいですが影響されなく大丈夫です。ええ、仲が良くてなによりですが……」


 コーレナはちらっと別の方向に目を向ける。


「あちらはもう少しなんとかならないでしょうか……」


 コーレナが視線を向けたのは離れた場所に座るセルドラとロノスティコ。

 ここは領主一族の天幕なので当然二人も同じように狩猟大会の開始を待っている。

 いないのは狩猟大会の挨拶のためにすでに外に出ているラジェストラだけだ。


「……」

「……」


 セルドラは武器を磨き、ロノスティコは本から視線を離さない。

 座る距離も離れていて、互いのほうを見ようとしなかった。

 カナタ達はそんな二人を気遣ってか少し小声になる。


「お二人には申し訳ないのですが空気が重くて……」

「普段は仲がいいのですが、二人の事を考えると仕方ありませんわ……」

「すぐに元に戻りますよ」

「ここは今絶好調のこのルイが歌って踊る事で場を和ませるというのは――」

「「それだけはやめて」」


 少し前まで仲睦まじく同じテーブルを囲んでいたのが嘘のようだ。

 軽口すらもなく、ただ無言が続く。

 しばらくすると外で開始の音が鳴り響く。招待客に対する挨拶が終わったのだろう。

 天幕の入り口を開けると、貴族達が森に入っていくのが見えて……二人もようやく動き出した。


「本ばかり読んで狩猟なんかできるのか?」

「やらずに無理とは言いたくありませんから……」

「はん!」

「あ……お二人共頑張って!」


 セルドラとロノスティコの会話はそれだけ。

 二人はカナタ達に目もくれず他の貴族に続いていく。

 カナタ達も天幕の外に出て二人を見送るが、ルミナの応援を聞いても決して振り返る事はなかった。


「……カナタも行くんですよね?」

「ええ、父上と兄上に挨拶を……っと思ったんですが、向こうから来てくれましたね」

「え?」


 招待された貴族達が森を目指す中、森ではなくこちらに歩いてくる影が二つ。

 シャトランとエイダンはルミナの前まで来ると自然と跪いた。


「お迎えに上がりましたルミナ様、ラジェストラ様の所までご案内します」

「ありがとうシャトラン殿……ではカナタ、私達はここで……」

「失礼しますエイダン様、カナタ様」

「お二人共頑張って下さいね!」


 カナタとエイダン以外は狩猟大会には参加しないので主催席のほうで参加者の帰りを待つ事となる。


「カナタ……頑張って下さいね、獲物はその、気にしませんので……」

「……? はい、頑張ります……?」


 カナタはルミナの言っている意味がよくわかっていなかったが、激励された事はわかった。獲物を気にしないというのは狩れなくても失望しないという意味だろうかと首を傾げる。

 ルミナがコーレナやルイと一緒に主催席のほうへと歩き始めると、今度はシャトランが二人に小声で声を掛けた。


「セルドラ様とロノスティコ様を見かけたら多少は気に掛けてくれ。お二人共、今は平静に狩猟を楽しむ、とはいかないだろうからな」

「はい、お任せください父上!」

「わかりました」

「後はせっかくの機会だ、狩猟を楽しめ。立派な貴族の趣味だからな」


 シャトランはそう言い残してルミナ達のほうへと。

 残されたカナタとエイダンは並んで森の中へと歩を進める。

 様子を見ているのか、まだ森の中に入ろうとしない貴族達


「どうするカナタ、競争でもするか?」

「いいですよ」

「冗談だよ、流石に魔術無しじゃ俺だろ」

「ははは、それは確かに」


 和気あいあいとしながら二人は森の中に入っていく。

 人の気配が少なくなったところで、エイダンはカナタにこっそりと耳打ちした。


「気を付けろ。武器を向けられたら間違いだろうが魔術使って抵抗していい。獲物かと思ったなんて定番の言い訳だ」

「はい」

「何も起こらない可能性もある。父上と騎士団も待機しているから下手なことはできないはずだからな。けど十分気を付けろ」

「はい、兄上も気を付けて」

「おう」


 そこでカナタとエイダンも別れた。

 どこからか獲物の鳴き声が聞こえてくる。鹿か、兎か、それとも猪か。

 その鳴き声の中に人のものが混ざらないか祈るばかりだ。


「さて、お二人に付きっ切りというわけにもいかないけど……様子くらいは見に行きたいな……」


 懐から短剣を取り出しながらカナタはとぼとぼと森の中を歩き始めた。

 一先ずはセルドラに習ったこれで獲物の一匹や二匹狩ってみようか、と。

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