55.大人の悪だくみ

「どうだったシャトラン」

「ラジェストラ様に出迎えて頂けるとは恐れ多い」

「今はそういうのはいらぬ」


 前夜祭終了後、裏手から入ってくるのはラジェストラの腹心シャトランだった。

 前夜祭の会場ではディーラスコ家の面々を探す声もあったが、会場にいたのはカナタとエイダンの二人だけで、ラジェストラは別件で遅れていると説明して回っていた。

 前夜祭も終わり、招待した貴族達が来客用の居館パレスと狩猟大会用の仮設宿舎に案内され……夜が静けさを取り戻した頃にシャトランはようやく城へと辿り着いたようである。


「それで?」


 シャトランを城に入れると、ラジェストラは防音の魔道具を起動する。

 ついてくるのを許された一人の使用人と護衛騎士が周囲を警戒していた。


「騎士団の人間を数人動かして確認しましたが……招待した貴族以外が町に入った形跡はありませんでした。招待状を入念に確認しましたが、アンドレイス家の印璽いんじが入ったものしかおりません。

入領許可証に関しては偽造した者は商人紛いの男達が数名いましたが、すでに捕えております。尋問しましたが貴族との繋がりもなさそうでした」

「王族以外の他領の者は町に入ってこれていないというわけだな」

「ええ、メリーベル王女殿下とアクィラ王子殿下の招待状も確認致しましたがお二人のも問題ありません。王族特権で確認を跳ねのけられるかと思っていたのですがあっさりと……」

「……私兵を入れられると警備が面倒になると思っていたが、一先ずは安心というわけか」


 ラジェストラの懸念の一つとして王族二人が警護のためにと私兵を入れてしまうというものがあった。もし私兵の中にあの手この手を使って他領の貴族が紛れ込んでいたりしたら判断がつかない。

 その懸念が無くなった今、警戒すべきはやはり別派閥の貴族達か。


「ファルトム家、ガドゥーラン家、チャクリック家……ベルナーズ派閥の動向は?」

「わからん。どれも下級貴族だからな、誰に対してもいつも通り腰が低い上……大体の者には焦る事無く会話をしていた。俺ともセルドラとも、ルミナにも挨拶に行っていたし、ロノスティコとも……不自然に誰かを避けていたという事もない」

「ふむ……彼等の子が魔術学院でセルドラ様に何かを仕掛ける様子もありませんし……大人しすぎるのが気になる所です。宮廷魔術師のデナイアルは?」

「どうやらメリーベル王女殿下に護衛として連れてこられたみたいでな、王族二人にべったりだった。あれでは誰かに雇われていても動けないだろう。二人の護衛があるからと狩猟大会は欠席するそうだ」

「宮廷魔術師は王族の要請を基本的に断れませんからな……今は逆にありがたい」

「ああ、狩猟大会に乗じてあの若き天才が動く事はないわけだ」


 別派閥の貴族達の動向、王族二人の警護、そして宮廷魔術師の周辺……それら全てを同時に警戒しようものなら狩猟大会に放つ獲物よりも騎士の数を多くしなければいけなくなってしまう。

 王族周辺を警護と称して騎士を配置すれば同時にデナイアルを警戒できる状況になってくれたのはむしろラジェストラ達にとっては嬉しい誤算だ。


「だがきな臭くなったのはパレント家だな」

「ブリーナ夫人のですかな」

「ああ、カナタを見る目が少しな……護衛騎士の話によればトラブルになりかけていたらしい」

「言いたくはありませんが……」


 シャトランは自分が、好都合、と言いかけた事を恥じる。

 一日中ラジェストラの指示で働き、今もラジェストラに報告していたからか、一瞬家族であるという事を忘れて貴族としての一面が強く出てしまっていた。


「辛い役回りをさせてしまう事を許せ」

「いえ、私はラジェストラ様に忠誠を誓った身ですゆえ」

「その忠誠を嬉しく思う。事実が露見した時ロザリンドに殴られるのは庇えんがな」

「殴られたほうが楽になるかもしれませんよ」

「そうだな、最悪の結果……俺達にとっては最高の結果になった時は俺もロザリンドに一度殴られてみるか」


 冗談を言い合っているのに二人の表情に笑顔はない。

 周囲を警戒している使用人と護衛騎士もまるで聞こえない振りをしているかのようだ。

 領主一族の居住区まで辿り着くまで、ずっと空気は重いまま。


「次期当主の発表の時は? どんな反応を見せましたか?」

「いやそれがこちらでも少しトラブルがあってな……前夜祭での発表はしなかった」

「予定では前夜祭にとの話でしたが……一体何が?」


 ラジェストラがセルドラとロノスティコの間にあった後継者争いについての話をすると、シャトランは難しい顔を浮かべ、自分を落ち着かせるように自分の髭を撫でていた。










 アンドレイス家狩猟大会会場・仮設宿舎。

 仮設宿舎は大きなテントのように張られており、テントの中には一泊するためのベッドや狩猟大会用に持ち込んだ武器が立てかけられている。

 高価なものには固定術式も刻まれており、中々に快適な空間だ。


「おいどういう事だ……後継者の発表があるんじゃなかったのか」


 固定術式が刻まれているという事は当然、小さな音や声は外に漏れる事がない。

 ブリーナが使うような完全なものではないにしろ、数人が集まって小声で話す分には問題ない。

 そう……数人の貴族がよからぬ事を企むくらいの事はできる空間だった。


「後継者が無能のセルドラに決まれば、次の世代ではという話だったのに……」

「魔術学院での無能っぷりが伝わったのか? いや、子供達の話を信じるならばそんなはずは……」

「それで長子を跡継ぎという慣習を破ろうとしているのか? そんな馬鹿な」

「なんにせよセルドラが次の当主になってくれなければ困りますね。アンドレイス家の時代を終わらせるのにこれ以上楽なことはない。魔術が下手な領主などいくら他の能力が優れていても取るに足りません」


 外では騎士が巡回をする足音が聞こえてくる。

 しかし宿舎内の話し声が届くことはない。


「そうですね……セルドラを後継者にせざるを得ない状態にしてしまいますか?」


 そんな物騒な案さえも。


「跡継ぎは恐らく男児でしょう。婿取りは極力したくないはずですから」

「つまり……?」

「つまり、ロノスティコのほうを消せばいいというわけですよ」

「おお、流石はラクルゼン殿……狩猟大会に乗じてという事ですな」

「ええ、前夜祭でセルドラとロノスティコの二人は一度も会話していませんでした……目すら合わせていなかった。主催ホストとして何らかの接触があってもいいでしょうに。

恐らくは後継者争いの話か、そうでなくとも後継者を決めあぐねているという話を聞かされているのではと思いましてね」


 ラグルゼンと呼ばれた男の話を聞いて周囲の貴族達は感心する。

 合わせて三人の貴族がそんな話を堂々と領主一族の敷地内でしている光景は誰かが見ればいびつさすらあった。


「なんにせよ、上からのご命令・・・もありますし動かなければ……騒ぎを起こすなら起こすで我々ベルナーズ派閥にも得になるような事をしませんとね」

「では、明日の狩猟大会は部下を数人森に入れて……」

「ええ、遠慮なく狩らせていただきましょう。万が一露見したとしても特に問題はありませんしね……成功した暁には牢から出るなど簡単ですから」

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