54.前夜祭

「この子が噂の! どっかの馬鹿貴族の視察に行った時に見つけたっていう?」

「はいメリーベル様、その子でございます」

「二年前……亡くなったブリーナ夫人と共にディーラスコ家を襲撃した一団を追い払ったっていう……?」

「アクィラ様にもその話は届いていましたか、その通りでございます」

「そんな子が養子になんて! すっごい掘り出し物じゃない!」


 メリーベルとアクィラは感心したようにカナタを見る。

 二年前のブリーナ夫人の経緯については何度もそういう事にするという話を聞かされていたので、カナタは変わらず平常心のままでいる事ができた。


「わたくしと同じくらいね! きゃー! 魔術学院で多分一緒になるわよね、わたくしが困った時に頼っちゃおうかしら!」

「ラジェストラ様が大袈裟なだけで、歳相応の腕です」

「へー? 大袈裟なの?」


 メリーベルが確認するようにラジェストラに振り向く。

 ラジェストラは当然カナタの言葉を否定するように首を横に振った。


「この子も謙虚なのねー! ルミナと一緒! そういう子好きよ!」

「光栄です」


 ぐいぐいと来るメリーベルにカナタは体を引かせたくなる気持ちに耐えながら受け答えをする。

 初対面で顔の目の前に顔を持ってくるようなこの距離感がカナタは妙に慣れないのだが、メリーベルの興味津々な金の瞳が逃がしてくれない。

 アクィラはどうやらそういうタイプではないらしく、後ろで小さく拍手している。


「ねぇ、魔術滓ラビッシュから魔術を読み取れるってほんと?」

「!!」

「え……!?」

「……!」


 メリーベルの口から出た無邪気な質問にカナタだけでなく、ルミナとコーレナも驚く。

 それはカナタが養子として引き取られた理由。

 魔術滓ラビッシュを集めるのが趣味なのはディーラスコ家でも周知ではあったが、魔術滓ラビッシュから魔術を読み取れる事は一部の人間しか知らない事のはずだった。


「メリーベル様……どこからそのような話を?」

「どこからか忘れたけれど、ディーラスコ家に引き取られた養子がそんな事できるって噂になってたのよ! ただの噂だと思っていたけど……ほんとなのね、すっご! あんな邪魔くさいゴミに利用価値を見出せる人いたのね?」


 ラジェストラもラジェストラで否定しようとはしなかった。

 メリーベルはますます興味を持ったようにカナタをじろじろと観察し始める。


「いしし! ねえデナイアル! あなたはどう思う?」


 メリーベルは無邪気に笑って一歩引いた場所で立つ護衛の青年に声を掛ける。

 名を呼ばれた青年は今まで空気のように気配を消していたが、意見を求めらて前に出てくる。


「非常に興味深いですね……。トラウリヒ神国の老魔術師が同じような事が出来ると聞いた事がありますが果たして本当かどうかもわかりませんし……」


 デナイアルと呼ばれた青年はメリーベルのような煌びやかな赤いドレスやアクィラのような権威を示すような白い服とはまた違う格好をしていた。

 紫の髪と瞳はどこか神秘的で、耳には銀のロングイヤリングを揺らしている。

 遠くからでも魔術師とわかりそうなローブを着崩して肩にかけ、内側はラフなシャツという格好だった。


「おっと、申し訳ない。私とした事が自己紹介をしていない……。自己紹介のない対話などタイトルのない本を薦めるようなもの……そんな愚行を犯すところだった。

宮廷魔術師序列七位デナイアル・アリシーズです。私も招待客なのですがおてんば王女殿下と気弱な王子殿下に護衛をしろしろ命令されまして……魔術師としてこの場に参加させていただく事となりました。以後お見知りおきを」

「あら、天才魔術師ともあろう御方がずいぶん心が狭い事言うじゃない」

「ごめんねデナイアルさん……」

「これくらいの愚痴は許されましょう」


 デナイアルはルミナのほうを向いて、そのまま跪く。

 視線を合わせるように。


「ご挨拶が遅れましたルミナ公女……あなたのような美しいお嬢さんに出会えたことへの喜び……それはきっと私という人生の本のしおりとなりましょう……。異性が苦手というお話なので手の甲に口づけするのはやめておきましょうか」

「丁寧なご挨拶、そして配慮に感謝致しますデナイアル殿」

「そしてカナタくん……あなたのような才気溢れる後輩に出会えた喜びもまた同じように……おっと、同じページにしおりを二つも挟む事になってしまいますね……。私はとんだ幸せ者だ」

「ど、どうも……」


 挨拶が終わるとデナイアルは薄い笑みを浮かべて立ち上がる。

 そんなデナイアルをメリーベルはふくれっ面で見上げていた。


「デナイアル? わたくしの護衛になれた日というしおりをあなたの人生に挟んでもいいのよ? 嬉しいでしょう?」

「ははは……」

「苦笑いした! 信じられるルミナ!? こいつ王女に向かって苦笑いしたわよ!?」

「う、うん……」

「こいつ! ちょっと若くして宮廷魔術師になったからって舐めてない!? 王女舐めてませんこと!? あーあ! 飴くれないと拗ねちゃうわよ!?」


 デナイアルは文句を言いながらぽかぽかと叩くメリーベルとおろおろするアクィラの背中に手を置いた。


「さ、公爵と公女にもご挨拶がすみましたし……今度はセルドラ公子とロノスティコ公子にもご挨拶に行きましょう……」

「なによ! 継承権ない王女のお守りなんてめんどくせーって!?」

「お姉様……そんな当たり前の事言ったら駄目だよ……」

「いいのよ、こいつには……って当たり前じゃないでしょ!? 一応王族! お・う・ぞ・く! なんだから! アクィラどっちの味方なのよ!?」


 夜間の前夜祭にしては若干騒がしい一行はデナイアルに連れられてセルドラやロノスティコのいる方へと。

 まるですぐ通り過ぎる台風のような挨拶にルミナは苦笑いを浮かべている。

 ラジェストラもその三人の後を追うように、カナタに謝罪するようなジェスチャーだけしてからそれについていった。


「なんというか……面白い御方ですね……」

「昔からああいう御方なんですよ、気楽でしょう?」

「ええ、びっくりしました……」


 あえて、カナタの技能が噂としてばれている一件については口にしなかった。

 ラジェストラは承知しているのか、自分達の口から話してしまっては完全に認めてしまう事を恐れてか。噂として流れているのだとしても、自分達の口外してはいけないという約束がなくなったわけではない。


「自分達もご挨拶をしてよろしいでしょうか」

「え、あ、はい」


 まだ騒いでいるメリーベルのほうを見ていたカナタとルミナの横のほうから男の声がかかり、反射的にルミナは体を引いてしまった。

 一瞬、カナタの横でコーレナが殺気立ちながらカナタに耳打ちする。


「気を付けてくれ、パレント家の長子……ブリーナの息子だ」

「!!」


 ルミナは何事も無かったように立ち上がり、カナタも声の方に体を向ける。


「ウォロー・パレントです。この度は招待感謝致しますルミナ公女様」


 ウォローと名乗った青年は威圧するかのような巨大な体格だったが、その頭は深く下げていた。

 茶の短髪で自分を飾るような貴金属は一切つけていない無骨さがあり、上げた顔をよく見てみれば確かに目元がブリーナそっくりだった。


「ようこそウォロー子爵。是非楽しんでいってください」

「はっ! 光栄であります!」


 ルミナへの挨拶を終えるとウォローはカナタのほうへと向き直る。


「初めましてカナタ殿。母が大変お世話になりました」


 ウォローはそう言って、もう一度深々と頭を下げた。

 パレント家はブリーナがどうやって亡くなったのかの真実を知っている。

 知っている上でこれなのかとカナタは少し驚く。てっきり恨まれているものかと思っていたからだった。


「こちらこそブリーナ先生にはお世話になりました。自分などが最後の生徒になってしまって……まだまだ教わる事が沢山ありましたが、残念です」

「寛大な言葉、感謝します。母も喜んでくれている事でしょう」


 ウォローはすっと手を差し出す。

 カナタは誘われるがまま握手をするべくその手を取った。


「……っ」


 突然、握られた手に痛みが走った。

 ウォローの握り潰すかのような握り方にカナタはつい声が出そうになる。

 なんのつもりかと顔を見れば、さっきまでの雰囲気とは別人で影が落ちた真顔のままカナタを見つめていた。


「なるほど、挨拶・・、か」

「ええ、自分はあなたにご挨拶せねばならないでしょう」

「……?」


 カナタも腕に魔力を走らせて、握り返す。

 ルミナは握手という名の握り合いに気付く様子は無く、どうやらコーレナはしっかり気付いているようで険しい表情でウォローを見ながら剣の柄に手を置いていた。

 やがて満足したのか、ウォローはぱっとカナタの手を離して下がる。


「それでは、長居してもお邪魔になるだけですのでご挨拶だけで。失礼致します」

「ええ、ありがとうございました」


 ウォローはもう一度ルミナに向かって深々と頭を下げて立ち去っていく。

 カナタはその背中を見ながら握られた手を握ったり開いたりを繰り返した。


「大丈夫か、カナタ様」

「ええ、向こうも握り潰す気はなかったでしょうから。言った通り挨拶ですよ。傭兵団にもこういうのはありました」

「なるほど、事を荒立てるつもりはなかったというわけか」

「少なくとも、前夜祭では……でしょうけどね」

「え? え?」


 カナタとコーレナの会話の意味がよくわかっていないルミナは二人を交互に見る。

 一体何があったのか、ルミナに悟られずに去ったのだからウォローはうまくやったようだ。ルミナが鈍いという説は置いておこう。


「あれはカナタ様個人を恨んでいるのだろうが、ここにはラジェストラ様の派閥そのものを敵視している別派閥の貴族もいる。狩猟大会では監視の目も少ない……明日は注意したほうがいい」

「ええ、ああいうのがごまんといる中……一緒に森に入らなければいけないと。狩猟大会とはよく言ったものですね、誰を狩るつもりなんだか」


 カナタは周囲で歓談する貴族全員をゆっくりと見渡す。

 なるほど、笑顔の下には今のような敵対心も隠しているという事か。

 やっぱり戦場だなと、改めて自分の認識の正しさを知った。


「ふ、二人共……何の話をしているのですか……?」

「いえ、明日の狩猟大会の激励を少々」

「ええ、狩猟大会が楽しみだなと」

「ぜ、絶対嘘です……!」


 ルミナが二人に話を聞こうとする前に、次の貴族が挨拶に訪れる。

 王女達の挨拶を皮切りに続々と他の貴族達が挨拶に訪れ始めて……結局、ルミナは何が起こっていたのか説明されないまま前夜祭は終わりを告げた。

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