52.罪悪感の呟き

「愚かな男だと笑うがいいカナタ」

「それ笑ったら自分処刑されませんよね?」

「くっくっく! 今日だけは許してやるぞ」


 呼び出されたカナタは執務室でラジェストラと二人になっていた。

 カナタと二人きりになるのを反対していた側近や護衛騎士もラジェストラの命令で渋々退出しており、防音の魔道具を発動させているのもあってこの部屋には他に目も耳もない。


「名君だなんだと言われながら後継者の教育進度も把握できておらん……ただ報告をそのまま受け取って教育できたつもりでいた馬鹿な父親だ。領主には向いていてもどうやら父には向いてないみたいだ」

「そうですか? 三人共お優しい方に育っていると思いますよ、俺とも分け隔てなく接してくれているのが証拠だと思います」

「慰めるな慰めるな。もっとみじめになる」

「申し訳ありません。出しゃばりました」

「……本当だ。だが、子供達を褒められるのは悪くないな」


 ラジェストラは小さく笑う。

 カナタの目から見てもラジェストラは少し疲れているようだった。蝋燭の火で照らされているその顔はどこか後悔の念が滲み出ている。


「言い訳をするつもりはない……だがお前を見つける年まで俺はとある事に集中していてな。子供達をほとんど教育係に任せてしまっていた。だからこそセルドラは教育係に少し飴をやれば魔術だけサボっても問題ないと思ったのだろう。

アンドレイス家の慣習では長子が当主の座を継ぐのが決まっていたから、教育係もあの体たらくだ……人を見る目にだけは自信があったというのに……」


 ラジェストラが愚痴のように吐き出す中でカナタはとある部分に少し引っ掛かる。

 お前を見つける年までとある事に集中していた、というのは何なのだろうか。

 まるで自分を見つけたから何かしなければ・・・・・いけなかった事・・・・・・・が終わったかのように聞こえる。


「どうした?」

「いえ……」


 カナタはあえて疑問には出さなかった。恐らくは聞いた所でラジェストラは答えないだろう。

 ただでさえセルドラとロノスティコの二人の後継者争いが始まりかけている事に責任を感じ、精神的に参りかけているというのに……わざわざカナタにまで疑念を持たれていると印象付けてしまうような疑問はぶつけたくなかった。


「後継者が決まっているという安心がセルドラに隙を生んでしまったんだな……。セルドラは大抵の事は何でも出来てしまう子だったから、反復だけが練度を上げる魔術を壁のように思ってしまったのかもしれん」

「セルドラ様ならしっかり勉強すれば来年までには何とかなるのでは?」

「お前の目から見てもそう思うか?」

「いえ、単純に自分が第一域の魔術を一年半くらいかけて学んだので……自分より要領が良いセルドラ様ならそれくらいかと思っただけです」

「経験談か……そうか、お前は最近までそうだったな……」


 カナタが第一域の魔術を使いこなせたといってもいい練度になったのはディーラスコ家で学び始めてから一年半が経った頃だった。

 文字が読めなかった事を考慮しても、年齢を考えれば恐らくは普通の速度。

 もっとも……カナタが苦労したのは"選択セレクト"によって生じる出力の不安定さだった。

 才能に溢れ、その不安定さもないセルドラならば半年もあればかなり改善するに違いない。


「ロノスティコの行動はどう見る?」

「今のセルドラ様への意見といい、自分の意見になってしまいますが……」

「何のためにお前を呼び出したと思っている。お前は三人を知る中で唯一の中立といってもいい。この城にいる者は使用人であれ、護衛騎士であれアンドレイス家の未来を考えて思考が偏ったり、一番長く接してきた子に情を抱いて優先しがちになるが……お前は違う」


 何故自分は違うと言い切れるのかカナタは疑問だった。

 カナタがそんな疑問を抱いているのを見透かすように、ラジェストラは断言する。


「どうせお前の事だ、三人に対して平等に・・・という命令を守り続けているだろ? それにこの二年間、家臣としてというよりは友人として三人と接してきたお前が三人の内一人を贔屓するなんて無理に決まっている。お前はそういう奴だ」


 ラジェストラは椅子にふんぞり返りながらカナタを指差す。

 見透かされているのが癪に障るが、カナタは否定しきれない。

 実際、シャトランにあれだけ側近候補として平等にと言われたからこそこの一件について冷静に考えられている。

 先入観や偏りがあれば、ルイのように慌てたりルミナのようにどちらに付くかという思考に陥っていたかもしれない。


「……ロノスティコ様はどちらに転んでもいいのだと思います」

「ん? どういう事だ?」

「自分が言えるのはこれだけです。勝手に代弁するわけにもいきませんので」

「待てよ……? そういう事か? であれば、確かに……」


 たったこれだけでラジェストラは何かを理解したように頷く。

 カナタの意見を鵜呑みにしているわけではないが、その可能性もあると考えたからかほんの少しラジェストラの表情が明るくなった気がした。


「は……はは……。俺一人ではこんなお気楽な可能性は考えなかったろうな……。カナタ、お前の中ではロノスティコはずいぶん家族思いと見える」

「ロノスティコ様だけではありません。セルドラ様もルミナ様も、形は違えど家族思いですよ」

「だが……お前の意見を聞いてもやはり、貴族社会こちらがわの常識で考えると不安は残る……。次のパーティーで後継者争いのための後ろ盾を積極的に探る気なのでは、とかな」

「では中止にしますか?」

「お前な……いや、お前がひたすら詰め込まれて基本的な知識がやや抜けているのは知っている……。領主主催のパーティーはな、よほどの事があっても中止になどできん。王族まで招いているのだからな、俺が死ぬくらいのトラブルが無ければ中止にならん。そしてこの俺が死ぬはずがないから中止にはならん」

「それでは、見守るしかありませんね」

「うぐっ……」


 ラジェストラは大きなため息を吐く。

 前夜祭と狩猟大会の二日間、そして翌日の表彰式、さらにその一週間後に本番のパーティーが行われる。この期間中、胃を痛めなければいけないかと思うと気が重くなっていた。

 ただでさえ別派閥の貴族への牽制や警備、王族への接待など色々問題があるというのに、それに加えて後継者争いが本格的になりでもしたら体がいくつあっても足りない。


「先程子供達を教育係に任せてしまった、と自分で仰ってましたから……そのツケが今来たのだと受け止めるしかありません」

「言われなくてもわかっておるわ! 私にできるのは精々、今回のパーティーの間で次期当主についてを発表しない事くらいか、二人の間にこれ以上の波風は立たせたくない」

「何のパーティーなのかわからなくなるのでは?」

「ルミナの魔術学院入学記念パーティーという事にするさ。すでに領内の貴族のほとんどからプレゼントが贈られてきているからな、その礼も兼ねて招待したという事にすればいい」

「なるほど、なら自分もルミナ様へのプレゼントを買わなければいけませんね」


 そこで、会話は一旦止まった。

 カナタは体勢を崩さず背筋を伸ばして立ったまま。ラジェストラはそんなカナタを見て感心したように身を乗り出す。


「……変わらないなカナタ。いや変わりはしたが……こうして話していると会話しているのが二年前の子供と同じだというのがよくわかる。お前の言葉はいつも飾らなくて、真っ直ぐなままだ。領主である俺に生意気な意見を堂々と言ってのける」

「ええ、誰かがそのままを望まれましたから。肩書きに恐怖するなとも」

「ああ、そうだった……そうだったよ」


 ラジェストラは再び、椅子に自分の体を預けた。

 机の上では防音の魔道具が魔力を灯して光っている。


「それではお話が終わりましたらこれで。立派な領主様の愚痴相手になれる機会などそうはないでしょうから……光栄でした」

「ああ、退出を許可する」

「失礼致します」


 カナタは一礼して執務室を後にする。執務室には背もたれに体を預け、扉の方を見つめるラジェストラただ一人が残された。

 防音の魔道具はカナタが出て行ってもなお起動し続けている。



「……違うんだカナタ」



 ラジェストラは顔を横に振って一人呟く。

 金の髪が揺れて、その表情に影を作った。



「俺はダンレスと本質的には同じなのだ。大義名分があるだけの、大義名分があるからと自分に言い訳をしているだけの。

俺もまた自分のためにお前を利用しようとしている……そういう卑劣な男なんだよ、カナタ」



 誰も聞いていない。

 誰にも、この声は届かない。

 勿論カナタにも届かせるわけにはいかない。

 二年を経て、ほんの少し情を抱いてしまったカナタに対しての罪悪感。

 そんな自分の心を軽くするためだけに呟いて、ラジェストラはようやく防音の魔道具の魔力を切った。


 ラジェストラはすでに種は撒いている。

 二人の子の間に起きたトラブルでさえ有利に働くかもしれないと思っている自分がいる事に気付いて、ラジェストラは自嘲気味に笑った。鏡を見れば醜い自分が映っているはずだと。

 こうしてアンドレイス家内部で思惑が絡む中――前夜祭までの時は流れていった。

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