51.呼び出し

「そ、そんなまずい事態になっているんですか……?」


 カナタに用意された客室にてアンドレイス家の現状を聞いたルイの顔が一気に青褪めた。

 先程までカナタの客室の豪華さに驚いていたのが嘘のようで、ルイに尻尾があったら間違いなくへたれているだろう。

 カナタの部屋に置かれている調度品や繊細な装飾が施された家具などもう目には入らない。


「私がカナタ様が庭にいると聞いて飛び出し、庭かと思ったら森で普通に迷子になったエピソードなんて……今の状況に比べたら全然大変じゃないじゃないですか!」

「それはそれで大変だったね、お疲れ様」

「カナタ様優しい……でも普通は落ち着けって怒るところですよ」

「うーん、ルイが元気なほうが嬉しいからそれはいいかな」

「やだ私のご主人様ほんと寛大……外に出たら悪い女にすぐ騙されそう……」

「……馬鹿にしてないよね?」

「まさか!」


 カナタはアンドレイス家に行く際、連れて行く従者としてルイの名を挙げた。

 しかしルイは二年前にディーラスコ家での出来事があったので審査に時間がかかり……今の今まで領主の城に入る事が許されていなかったのである。

 許可された決め手は、


「さあさあ存分に頭の中を覗いちゃってください! 私の頭の中にはカナタ様しかおりませんよ! 私の頭の中によこしまな感情があるとすればそれはカナタ様に対してだけですともぉ!!」


 と……うら若き乙女にもかかわらず精神干渉魔術に対して一切抵抗を見せず、審査に立ち会っていたアンドレイス家の護衛騎士をドン引きさせた点だった。

 精神干渉魔術はよほど高等な魔術でないと直接記憶を覗くような事ができないが、それでも自分の感情や意思を調べられるのは普通は嫌がるものである。


「それはそうと……そんなにまずい?」

「そりゃまずいですよ!」


 そんな厳しい審査を乗り越えてようやく辿り着いたルイだが……今回の一件についてのんきにもソファで首を傾げるカナタについ大声を上げてしまう。

 その場にいるカナタよりもルイのほうが今回の後継者争いについてを理解しているようだ。


「貴族の後継者争いは基本的に血みどろです! 水面下で行われる戦のようなもので、暗殺謀殺毒殺ぜーんぶ当たり前! 争いの種にならぬよう負けてしまった陣営は本人は勿論、後ろ盾になった貴族も協力した商家ですら粛清されるのが当たり前なんですから!」

「へぇ……ロノスティコ様に教わった通り恐いね」

「何で他人事ひとごとなんです!?」

「だってルイも今言ったでしょ、基本的にはって」


 カナタはルイに貴族の後継者争いについてを教えられても動揺の欠片も見せない。

 それが無知から来るものなのか、カナタ自身の確信によるものなのか。

 来て早々巻き込まれかねないルイとしては後者を期待したい。

 

「この家での様子を見る限り……セルドラ様とロノスティコ様がどちらも本気で相手を蹴落とそうだなんて考えていないよ。それにルイが言ったような事はあるのかもしれないけど、今回お二人が対立しているのってあくまでこの敷地内だけなんだよね」

「カナタ様は純粋だからそんな風に……貴族なんてお腹に黒い虫を飼っているのが当たり前なんですから! 前々から根回して一気に! なんて事おかしくないんですよ?」

「あるかなぁ……」


 ルイが自分を思って忠告してくれているのはわかるのだが、カナタにはピンと来なかった。


「カナタ様は甘すぎます! もっと注意深く厳しい目で周囲を見ませんと!」

「そっか……ならまずはルイに厳しくしたほうがいいかも?」

「カナタ様はそのままが一番ですよね! そこがいいんですから!!」


 汗をかきながら手の平をくるくると回転させるルイにカナタは笑ってしまう。

 カナタが指名してアンドレイス家に連れてきてしまったが、どうやら必要以上に緊張していたりはしないようで、ルイのいつもの調子に少し安心した。


「でも、俺が甘いならロノスティコ様も相当甘いと思うんだよ」

「と、仰いますと?」


 カナタは執務室での話を思い出す。

 現状ではほとんど関係ない中で同席させられたからこそ、カナタはあの中では一番冷静に話を聞く事が出来ていた。だからこそ引っ掛かる部分がある。


「ロノスティコ様はさ、セルドラ様の過ちを責めてはいたんだけど……わざわざ後継者争い・・・・・をしようって持ち掛けたんだよ」

「それが……?」

「それって逆を返すとさ、ここからもう一度頑張ればセルドラ様も後継者なれるって意味にも捉えられないかな? 本気で蹴落としたいと思うならまず廃嫡はいちゃくを望むと思わない?」

「あ……」


 確かに、とカナタの考えにルイは納得する。

 そう……本気で蹴落としたいなら、わざわざ後継者争いに持ち込む必要はない。

 魔術学院に入学しながら第一域の魔術を満足に使えないというセルドラの失態を理由に、まずは廃嫡を望んでもおかしくない。

 すでに失態を犯しているセルドラに養育の費用をさらにかけるよりも、ロノスティコを次期後継者にえて力を注いだほうが効率もいい。

 カナタがそこまで考えて違和感を持ったわけではないが……それでもロノスティコの行動に何かあると考えるには十分だった。


「それに、この二年……セルドラ様とロノスティコ様は特に仲が悪い様子もなかったから……。多分、命を奪ってまで蹴落とそうとか思ってないんだ」

「ちょ、ちょっと納得しました……」

「そう? 自信は無かったけど、ルイがそう感じるなら少しは当たってるかも」

「それで、カナタ様はどうするおつもりで――ひっ!?」


 こんこん、とノックの音が突然して驚いたのかルイはカナタの背後に隠れた。


「どうぞ」


 入室を促して入ってきたのはアンドレイス家の使用人だった。

 カナタの知っている顔ではない。


「失礼致しますカナタ様、ラジェストラ様からの御呼び出しを伝えに参りました。すぐに執務室のほうへ来るように、との事です」

「承知しました」

「……確かにお伝えしました、それでは失礼致します」


 理由を聞かないカナタに怪訝そうな顔を浮かべながらも、使用人は頭を下げて立ち去った。

 カナタからすれば理由を聞く必要もないだけなのだが。

 足音が聞こえてくる間ルイはカナタの後ろでぷるぷると震えており、聞こえなくなってようやく口を開いた。


「領主様からの呼び出しだなんて……! カナタ様何をやらかしたんです……!?」

「何もしてないよ。けど何で呼び出されるかは……多分今話してた事だろうから」


 カナタは呼び出される理由の詳細こそわからないが、何故呼び出されるかはなんとなくわかっていた。

 ロノスティコがセルドラとの後継者争いを宣言したあの場……カナタをあそこに同席させたのは他でもないラジェストラだからである。


「カナタ様、ご、ご武運を!」

「寝る準備でもしておいてよ、すぐに帰ってくるからさ」


 ルイの深刻な様子とは裏腹にカナタの様子は変わらない。

 領主に一人呼び出されたとは思えない軽い足取りでカナタは執務室へと向かった。

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