46.カナタのお勉強

「この国は王族の後継者争いが加速していますが……アンドレイス家は中立派です。なので、招待する王族は継承権を放棄しているお二方だけなので名前を覚えるのもそこまで苦ではないと思います……。本当は近代史ごと学んだほうがよいのですが……カナタさんにそこまでの余裕は無いでしょうから……」


 翌日、事前にシャトランに話して貰った通り、ロノスティコの要望を聞くためにカナタはロノスティコがいる図書室に訪れたのだが……カナタの状況を見かねてか逆にロノスティコに手助けてしてもらっていた。

 ロノスティコは前夜祭でカナタが覚えておいたほうがいい情報と時間的に省いたほうがいい情報を分けて、カナタに教えてくれている。

 こちらの余裕がない事まで考慮してくれるその気遣いにカナタは感心するしかない。

 実際、前夜祭まで二週間ほどしかない上に側近候補として領主の子ら三人の傍にいる仕事もあるので余裕は一切ない。カナタは魔術滓ラビッシュの事を除けば基本的に凡人なのだ。余裕を持ってスマートにこなすなんて到底無理な話である。


「継承権を放棄するのは何故なんですか? 王様にはなりたくないんでしょうか?」

「命よりはましだと思いませんか……?」

「命? 兄弟で殺し合いでもするんですか?」

「ええ、そりゃしますよ……」


 ロノスティコは当たり前のようにそう答えた。

 まるでパン屋にパンがあるのは当然だと言うかのように。


「今の王太子は第一王子ですが……敵対していた第三王子はもう何者かに暗殺されています……。第三王子本人は第三域の魔術師だったそうですが、実力があったせいか後ろ盾の確保ができていなかったですからね……中立の宮廷魔術師を一人抱き込むくらいすれば今も生きていたでしょうに……」

「宮廷魔術師……」

「あ、宮廷魔術師は知ってますよね……基本的に第四域以上を取得してる魔術師の中の魔術師です……。なので、政争のために優秀な魔術師が欲しい王子王女らは……基本的に宮廷魔術師を狙います……だから中立を宣言している宮廷魔術師も多いですね……。今回はその中立の宮廷魔術師も一人招待します……」


 そう言って、ロノスティコは数枚の紙を取り出してカナタに見せる。


「うっ……」


 そこには今回招待する王族や貴族の名前がずらりと書かれていた。

 あまりの数に一瞬文字酔いしたのかと思うほど頭がくらくらする。

 文字を読めるようになって魔術関連の本も多少読めるようになり、嬉しい事ばかりだと思っていたが……これほど目が滑る日は初めてだった。


「上から三番目のこの人が宮廷魔術師です……。デナイアル・アリシーズ……うちの領地出身なので今回招待しています……。カナタさんもまず興味ありそうな人から覚えましょう……」

「うう……ロノスティコ様、年上みたいな気遣いだ……」

「王族のお二人は第四王女メリーベル・ファレナ・ノーヴァヤ様と第七王子アクィラ・スカルタ・ノーヴァヤ様です。このお二人は魔術師でもありません……継承権を早く放棄したのはそのせいかもしれませんね……」


 カナタはその名前を指差されると、目をごしごしと擦る。

 平民は名前一つ、貴族の名前は家名と合わせて二つなのだが……王族には名前がもう一つある。


「……名前が三つもあるのはロノスティコ様の精神干渉魔術ですか?」

「誰が得する幻覚なんですか……王族は三つの名前を冠しているんですよ……。個人名、家名、王族名の三つです……お呼びするのは基本的に個人名ですが、言えなかったら不敬なので覚えましょうね……」

「先が思いやられますね……」

「自分で言うんですね……」


 カナタに呆れながらもロノスティコ自身の面倒見は年下とは思えない。

 この招待客が書かれたリストもわざわざ写してきてくれたのだろう。

 ロノスティコの魔術について話したいという要望を聞くために図書室に訪れたはずが、今の所カナタがお世話になっているだけだ。

 側近候補どころの話ではない状態なのだが……前夜祭の時に失敗するよりは遥かにましなのでカナタは遠慮なくこの気遣いを受け取る事にした。


「後継者争いってそんなに血みどろなんですね……知りませんでした」

「そうですね……。王族に限らず、苛烈なものにはなりがちです……」


 カナタは招待客リストに、ロノスティコは持ってきた本に視線を落とす。

 雑談をしながら王族の名前を繰り返し呟くカナタは外から見たら不審者のようにしか見えない。これでも真面目なのだ。


「継承権を放棄した人がまた戻ってきたりはするんですか?」

「基本的にはないですね……やっぱりなし、なんて言うなら最初から無責任に放棄するなという話ですし……。継承権が無いなら後ろ盾になる貴族も高名な魔術師を味方にはなりませんから権力も強くなる事が少ないですし……」


 言われてみれば、一旦継ぐ気はないと言っておいて戻ってくるなんて虫のいい話だ。

 やっぱり継承権を戻して欲しいなんて言う無責任な者やそもそも玉座につくために争う覚悟が無いものにははなから後継者になる資格などないという事だろう。

 とはいえ、継承権を放棄する事自体は悪い事ではないとロノスティコはカナタに丁寧に説明する。


 当たり前の話だが王族だからといって必ずしも王の資質があるわけではない。自分には王の資質がなく、別のやりたい事があったり別の才能に気付いた者も現れる。

 そんな人達が王族という決められた道を外れ、自分のやりたい事を目指すための制度でもあるので継承権を放棄する事自体は珍しくないと言う。この国の継承者争いが加速しているのはむしろ前に比べて継承権を放棄した王族が少ないかららしい。


「ああ……例外になりそうなものなら……"失伝刻印者ファトゥムホルダー"だとわかったら流石に……継承権を戻せるかも……?」

「ふぁとぅむ……?」

「え、知らないんですか……? 魔術好きなのに……?」

「はい、魔術を覚えるのは好きなのですが……」


 ロノスティコが驚いた表情でカナタのほうを向いたのでカナタもつい顔を上げた。

 どうやら魔術が好きなら知っているのが当たり前なワードのようだ。

 カナタは元々魔術滓ラビッシュが好き、の延長で魔術を覚えているのでそこの興味の差なのかもしれない。


「魔術は昔から閉鎖的なのもあって、途絶えてしまった魔術がいくつもあるんです……"失伝魔術"といって完全に失われたり、一部の一族しか使えない魔術をそう呼ぶんですよ。

"失伝刻印者ファトゥムホルダー"というのは……先祖返り? のようなものでしょうか……? 稀にそんな失伝魔術の術式の一部や術式まるごとを持って生まれる人達の事をそう呼びます……」

「へぇ……術式を……」

「理屈はわからないけど、失われた魔術の意味だけはわかるという特殊な存在なんです……。王族の失伝魔術ともなればどれほどの価値があるかもわかりませんし……。継承権を放棄した後でもそれくらい重要な存在だとわかれば継承権も戻るかもしれません……そんな人が王になれば他国へのアピールにもなりますから……」

「他国への……そうか、そういうのも考えなきゃいけないんですね」


 考えれば考えるほど自分はそういう事に向いていないんだなとカナタは自嘲する。

 貴族の養子として引き取られ、この二年で色々学びははしたが……どうすれば家の利益になるのか、国の利益になるのかというのを考える事に関しては全くわからないままだ。

 何かの間違いで自分がどこかの家の当主になってしまった日などはその家は一代で潰れてしまうだろうと自分でも思ってしまう。


「話を聞いていると、アンドレイス家は後継者争いなどなくて平和ですね……御三方は仲もいいですし……」

「…………」


 ラジェストラが前夜祭に後継者を発表するという事はアンドレイス家にはそのような争いはないのだろうとカナタは安心する。

 この二年、セルドラにルミナ、ロノスティコと三人と交友を深めていたがそんな様子は微塵も無かったので当然かもしれない。


「……そうですね、仲はいい、ですね……」

「……?」

「ええ……本当に……」


 ロノスティコが本を持つ力が強くなる。

 本に視線を落としている時はいつも本に釘付けなロノスティコの目が、どこか違う所を見ていたような気がした。

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