45.パーティーに向けて

 スターレイ王国の狩猟大会は性別関係無く参加できる貴族の定番の催しである。

 会場はカナタが知っている中庭よりもさらに大きな狩猟場であり、そこはもう庭と呼べるほど整備はされていない。

 危険な肉食動物や魔物が駆除され、管理するために頻繁にパトロールされているが……それ以外は本当に森があるだけだ。名はマレディオナ森林と呼ばれている。


 その森に用意された獲物を放ち、数と種類で競うのが狩猟大会である。

 元々、貴族は狩猟を趣味とする者も多く……何よりこの国の狩猟大会にはとある風習が存在する。

 その風習が男女問わず人気を呼ぶ理由の一つでもあった。


「え、魔術は禁止……なんですか?」

「そうか、カナタは去年参加していなかったな」


 夕食の時間、ダイニングルームにて、ラジェストラから狩猟大会の説明を聞いていたカナタはつい固まってしまう。

 どうやらスターレイ王国では狩猟に魔術を使わないのが伝統らしい。

 自分から魔術をとったら一体何が残るのかと想像して、ほんの少し悲しくなった。


「そもそも何でカナタは去年いなかったんだ? 去年は俺の入学祝いだったのに」


 思い出したようにセルドラが問う。

 去年も狩猟大会はあったのだが、カナタは参加していなかった。


「申し訳ありませんセルドラ様……去年の自分はまだ礼儀作法が全然でして、母上が外に出れる状態ではないと……」

「だからエイダンだけだったというわけか。ははは、今年は許して貰えてよかったな?」

「はい、なので狩猟大会も参加しようと思ったのですが……魔術以外はからきしなんですよね……」


 カナタがそう言うと、はす向かいに座るロノスティコが不思議そうにカナタを見る。


「カナタさんが前にいたところって……当たり前に武器が使えそうですけど……」

「自分は戦う役目ではなかったので、全く……短剣を振るった事があるくらいです」


 ロノスティコはカナタが傭兵団にいたという経緯から武器の扱いに長けていると勘違いしているようだった。

 傭兵団と聞けばその通りなのだがカナタは戦場漁り……戦闘が終わった場所で金目のものを拾い漁るのが仕事だったので、まともに剣や槍を振るった経験などなかった。弓など当然構え方すら見様見真似でないとわからない。


 カナタは側近候補として今アンドレイス家に滞在している。

 前夜祭、狩猟大会、そして本命のアンドレイス家主催のパーティの中で側近として相応しいかを見極められる立場だ。

 狩猟大会は本命のパーティーを前にしたただの余興ではあるのだが、だからといって側近候補が一匹も獲物を取れないのがまずいのは流石のカナタでも何となくわかる。


「なに、狩猟大会まではまだ時間がある。練習すればよかろう。カナタはそうやってこの二年も地道に作法や知識を身に着けてきたのだろう?」

「ラジェストラ様にそう言って頂けるのは嬉しいですが……」

「明後日にはエイダンも魔術学院から帰ってくるのだろう? そうだったなセルドラ?」


 ラジェストラがエイダンの話をセルドラに振ると、セルドラは何故かばつが悪そうに視線を料理のほうへと落とす。


「え、ええ……そのはずです」

「ならば兄にも教示して貰うといい。去年のエイダンは中々優秀だったぞ」


 カナタはセルドラの反応が少し気になったが、まずは他人の事より自分の事だ。

 前夜祭やパーティのエスコートはロザリンドの地獄のレッスンによってこの二年叩きこまれたが……狩猟大会に関しては知識も技術もない。

 魔術を使えたらいくらでも手はあっただろうが、いつまでもたらればを言っているわけにもいかない。


「獲物が一つもない側近候補では流石にな……それに、ルミナも悲しいだろうさ」

「ルミナ様が悲しむ?」

「お、お父様! 私は構いません!」


 にやにやとするラジェストラにルミナは顔を真っ赤にしながら否定する。

 何故ルミナが悲しむのだろう、とカナタは首を傾げた。


「おっと、これは黙っていたほうがいいか。カナタが当日どうするのか楽しみにしておこう」

「そ、そうですよ……ロザリンド夫人の可能性だってありますから……。強要はよくありません」

「母上ですか?」

「な、なんでもないのです。気にしないでくださいカナタ」


 何故母上の名前が出てくるのか? カナタは疑問に思ったが、気にするなと言われてはこれ以上自分の興味を優先するわけにもいかない。

 それにまずは獲物を取る手段だ。どうすればいいか考えなければ手ぶらで終わる事となる。


「魔術を使ったら失格なのですか?」

「ああ、使う武器と獲物の傷が合わなかったり狩った状況と獲物の傷が一致しなかったりしたら失格だ。身体強化は使っていいぞ、馬が走るには難しい場所でもあるからな」

「なるほど……」

「狩猟大会もいいが……前夜祭も忘れるな、招待客に誰が来るのか頭に叩き込め。特に王族と別派閥の要注意貴族連中だ」

「はい、わかっております」


 カナタがやるべきは狩猟大会だけではない。

 側近候補としての最低限の仕事に加えて、前夜祭までにセルドラ、ルミナ、ロノスティコの三人の希望を聞き入れるという仕事もある。

 招待された王族の名前を間違えれば首が飛ぶし、別派閥の貴族達は水を得たように責め立ててくるに違いない。同派閥の貴族の名前ですら間違えれば関係に亀裂が入って味方ではなくなってしまうかもしれない。

 ……どうやらディーラスコ家にいた時よりもハードな毎日になりそうだ。


「ラジェストラ様、もう一つ質問があるのですがよろしいでしょうか?」

「許す」

「このパーティーは何を目的としたものなのでしょうか? 去年がセルドラ様の魔術学院入学祝という事は……今度は次に入学されるルミナ様の魔術学院入学祝ですか?」

「いいや違う」


 ラジェストラはワイングラスに入った高級そうな赤ワインを飲み干すと、テーブルに静かに置いて宣言する。


「今回のパーティの目的はアンドレイス家の次期当主についての発表だ。前夜祭のラストで大々的に発表する……そのつもりでいるように」


 ラジェストラがパーティーの趣旨を改めて発表した瞬間、カナタはこの場の空気が変わったのを感じる。

 ルミナは我関われかんせずと俯いたままだったが……セルドラは自信満々にふんぞり返り、ロノスティコの目は今まで見た事が無いほど目をぎらつかせていた。

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