44.側近候補の仕事?

「この度行われるラジェストラ様主催のパーティーにカナタにはアンドレイス家一族の側近候補として参加してもらう」


 三週間前、呼び出されたカナタはシャトランとロザリンドに執務室に呼び出されていた。テーブルの上には防音の魔道具まで置かれている。

 ディーラスコ家に引き取られてから二年……カナタは文字を読めるようになり、基本的な作法マナーを身に着けて貴族として及第点くらいには成長する事ができていた。

 二年前まで文字も作法も何のことやら状態だったカナタに最低限を身に付かせたのは毎日丁寧に教え続けたロザリンドの功績が大きいだろう。


 側近候補、というのはカナタがディーラスコ家に初めて訪れる日、シャトランから何故自分が引き取られたのかという事を説明された時にも聞かされている。

 領主ラジェストラ主催ともなれば領内からあらゆる貴族が訪れる。

 カナタにとってはこれが初めての社交の場ではあるが、今までとは違いカナタの事情を理解してくれている者だけというわけにはいかない。カナタは即座に今回のパーティーが側近候補としての最終試験でもある事を理解した。

 しかし、気になる点が一つ。


「最初に聞かされていたのは次期当主の側近候補というお話でしたが……セルドラ様のではなく、一族の側近候補なのですね。すでに兄上がセルドラ様の側近として決まっているからでしょうか?」


 カナタの一つ上であるエイダンはすでにセルドラと共に魔術学院に入学している。

 セルドラが次期当主と目されているというのは流石にカナタももう知っている。

 なのでカナタもてっきりエイダンと共にセルドラの側近となるものと思っていたのだが……シャトランの口ぶりからするとどうやら違うらしい。


「表向きはな」

「表向き……?」

「そうだ、お前の言う通りエイダンはセルドラ様の側近として決まっているが……表向きはカナタも次期当主の側近候補という扱いだ。実際には領主一族のどなたかの側近となるだろう」

「誰のになるにせよ側近候補ではあるのでやる事は変わらないという事ですね」

「そうだ。少なくとも今回の一件が終わるまではセルドラ様にも、ルミナ様にも、ロノスティコ様にも……領主の子ら全員に平等に接し、平等に仕えるつもりでいろ。最終的な決定は当初の予定通り魔術学院入学の際に決まる」

「わかりました」


 どういう事だろうか、と今の話を聞いてカナタは首を傾げたくなった。

 念押しされた平等という言葉が、まるで領主の子らが平等ではないと言っているかのように聞こえた。

 長子というだけでセルドラが次期当主に決まっている事を言っているのかもとカナタはとりあえずの結論を出しておく。

 確かに次期当主だけを特別扱いというのは親であるラジェストラから見ればあまりいい光景ではないのかもしれない。


「側近というのは護衛騎士とよく混合されるが……それは違う。

主のためを思い時に厳しく、主が進む道を手助けし、迷わぬようにおそばに立ち続ける。そしてその心を真に支えられる者こそが側近と呼ばれるに相応しい。

主を持ち上げるだけなら無能な貴族共でよい、主を守るだけならば騎士でよい。わかるな?」

「はい父上」


 ラジェストラの腹心であるシャトランの教えが重圧をもって耳に届く。

 その重みはずっとラジェストラの傍に立ち続けている誇りからか。

 引き取られてから二年が経ち、生活にも慣れたからこそ……シャトランはカナタが道を外さぬようにと側近としての在り方を言葉にしてくれていた。

 カナタは父からの言葉を受けて、表情を引き締める。


「と、いうわけでだ……側近候補に対する要望が御三方から届いておる」

「要望、ですか?」


 シャトランは机からすでに封が開けてある高級そうな便箋を取り出すと、手紙を開いて読み上げる。


「セルドラ様は乗馬の競争相手、そして町へ下りる際の護衛が欲しいそうだ……カナタは乗馬の経験が無いが……まぁ、大丈夫だろう。どちらもエイダンがやっている事だしな」

「はあ……?」


 わけもわからずとりあえず頷いておくカナタ。

 この二年、定期的にあの三人とは顔を合わせていたが……こういった要望が届くのは初めてだった。


「ルミナ様からは前夜祭のエスコート相手が欲しいそうだ。おお! 光栄な御役目を頂けてよかったなカナタ! 大役ではないか! ロザリンドのダンスレッスンの成果を試す時だな! あっはっは!」

「父上? やけになっていませんか?」


 二年もいれば今のシャトランが勢いに任せている事くらいわかる。

 そんなカナタからの声も無視してシャトランは続けた。


「ロノスティコ様からは……なんと、魔術について知見を深めたく、同年代の話し相手を希望されているそうだ。魔術学院に入学する前から熱心であらせられるな。

偶然にもカナタの得意分野だ! しっかりとお相手するように!」


 いくら三人全員に平等に接するにしても……要望を聞いているだけで期間中、自分の負担が大きいように思える。カナタの体は一つしかない。

 そもそも前夜祭の話と全く関係無い要望が混ざっている事にカナタは気付いた。



「前夜祭とは関係無い要望までありますが……側近候補としてなんですよね?」

「これも経験だな。この二年カナタが交友を深めた結果ともいえよう。ずいぶんいい関係を築いているようで何よりだ」

「断れなかったとかではありませんよね?」

「…………」

「父上? 時に厳しくとは? 父上?」


 カナタはこの時、シャトランが目を逸らしたとぼけ顔を一生忘れないだろう。

 前夜祭と全く関係ない要望でも応えるようにと手紙に書いてきてある辺り、どうやらラジェストラは子供には大層甘い御方のようである。


「エイダンはすでにセルドラ様の側近候補として振舞っている。他のお二方と懇意にしていては体裁が悪い。そんな光景を見れば勘違いする者も現れよう。

現状、誰に肩入れするかが決まっておらず御三方全員と交友のあるカナタしかこの重要な任務はこなせないのだ。他の者ではどこまでも角が立つ」

「セルドラ様の分は兄上に任せればいいのでは……」

「エイダンはエイダンでセルドラ様に振り回されている。それにカナタという別の相手が欲しいという理由もあるだろう」


 そんな理由で、と言い掛けたが気持ちはわからなくもない。

 この二年でカナタは騎士団が訓練で使う魔術の魔術滓ラビッシュを漁り切ってしまった。真新しい魔術滓ラビッシュが見つからなくなった今、新しい魔術滓ラビッシュを求めている今の自分の気持ちと同じかもしれない。

 うんうん、と頷いてカナタは自分を無理矢理納得させた。


「うーん……」


 カナタは先程から口を挟もうとしないロザリンドのほうもちらっと見る。

 ロザリンドはソファに座ったまま、カナタの視線に頷いた。

 どうやらどの要望も断れるはずがないことを再確認して。


「わかりました、頑張ってみます」

「うむ、頼むぞ。それにしても私が言えた事ではないが、その、よく受け入れる気になったな……。なんというかカナタ……前夜祭で出会った女が美人だからといいように使われるんじゃないぞ……? 行き過ぎた許容は付け込まれるぞ……?」

「本当に父上が言えた事じゃないんですけど?」


 親子らしい軽口を一つまみして、出発時期や連れて行ける従者など準備をするために必要な情報を教えて貰った後、カナタはシャトランの執務室を後にした。

 パーティの詳細などはアンドレイス家の城に着いた後だという事だ。


 カナタが執務室を去ると、シャトランは机に肘を突きながら頭を抱えるようにした。

 まだカナタに話せていない事がある心苦しさと明らかなハードスケジュール。どちらに対しても頭が痛い。

 カナタなら三人の不興を買う事無くこなせると本気で思えているのが救いか。


「……エイダンがいながらセルドラ様の我が儘を許容するのは長子だからでしょうか」

「う……んん……」


 ぽつりぽつりと怒りを帯びたロザリンドの声がシャトランの耳に届く。

 シャトランはソファに座るロザリンドのほうを見る事ができなかった。


「未婚であるルミナ様のお相手に親族でもないカナタをパートナーとして許すのは他の貴族に婚約者と勘違いさせるように言葉を濁し、恨みの矛先をディーラスコ家に向かせるためでしょうか。

ルミナ様はいまだに婚約者がいらっしゃいませんから、こういったパーティーの際は群がられてしまいますからね」

「そ、そうだな……」

「カナタにとてプラスになりそうな要望はロノスティコ様くらいですか。カナタは魔術が好きですからね」

「ああ、特に熱心だからな……」


 ロザリンドが何を言いたいのかはシャトランもわかっていた。


「その点を差し引いても、ラジェストラ様はずいぶん我が子に甘いようですわね」

「言うな……私とてわかってはいるが今回は仕方ないのだ……」

「特に……いえ、私にも話せない事情があるのでしょう。深くはお聞きしません」


 そう、シャトランには家族にも話せない事がある。

 苦言を呈しながらも深入りしないラインを完璧に見極めているロザリンドという自分の出来た妻に心の中で感謝していた。


「ですが、私の予想が正しければ……初めて、ラジェストラ様を軽蔑するかもしれません」

「言うな……あの御方がカナタを引き取ると決めた時からこうなる事はわかっていたんだ」


 カナタは自分が引き取られた理由を完全には知らない。

 一つ目はその例を見ない魔術滓ラビッシュから術式を読み取る力から。

 二つ目は立場や肩書を気にせず、自分が許せない相手に牙を剥けるその人間性をラジェストラが気に入ったから。

 そして最後の一つは……。

 ラジェストラと結ばれた魔術契約によって、シャトランは我が子に真実を話す口すら持つ事はできなかった。

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