第三部前 次期領主の友

43.プロローグ -領主の子-

「遅かったな! カナタ!!」

「あなたが速すぎるんですよセルドラ様」


 日差しは少し弱く、過ごしやすい風が木々の間を吹き抜ける。

 カナタが乗る馬の蹄の音と聞こえる高笑いが森に響いた。


 ここはアンドレイス家の庭の森だ。相変わらず広く、庭とは到底思えない。

 東屋ガゼボには領主ラジェストラの子供三人が休んでいる。

 到着したカナタを見て高笑いをするのは一足先に魔術学院に入学しているセルドラ、隣には縮こまっているルミナ、そして相変わらず本を読んでいるロノスティコの三人だ。


 カナタは恐る恐る馬から下りて、乗せてくれた礼を言うように首周りをゆっくりと撫でる。

 東屋ガゼボのすぐ近くにはセルドラが乗ってきた大人しい馬が繋がれていて、カナタも同じように、ルミナの側近に手伝って貰いながら自分が乗ってきた馬をそこに繋いだ。


「まだ馬は慣れていないんですから……置いて行くなんてひどいですよ」

「今日はエイダンがいないからな! エイダンの代わりを務めるのは弟であるお前の役目だろう?」

「いえ、そんな役目はございません……」


 今日はエイダンもいるはずだったのだが、魔術学院に居残っているらしい。

 二年前からカナタに触発されてかエイダンは魔術の勉強に力を注ぐようになっており、一足先に魔術学院に入学した後もどうやら休暇を返上して頑張っているようだ。

 流石に次の長期休みには帰ってくるだろうが、今回はエイダンの代わりにカナタがセルドラの相手をしなければいけないようである。


「ですが、貴重な体験でした」


 馬を繋いだ後は水の魔術で少し手や靴を洗うとカナタも東屋ガゼボの中に。

 最初は月一だったが今では週に二回の頻度で通っているので、ここの使用人や護衛騎士とはもはや顔馴染みだ。小さく頭を下げて用意された椅子に座る。


「ああ、お前は筋がいい。どこかで乗馬した経験があるのか?」

「経験というほどではありませんが、ようへ……んんっ! 以前いた所で周囲の人間が馬に乗る時がありまして、それで乗せて貰った事があります」


 つい懐かしくなって傭兵団にいた時と言い掛けるが、寸前で言いかえる。

 ここにいる人間はカナタが傭兵団の出だと知っている者ばかりだが念のためにも言い切るわけにはいかない。


「ほう、なるほどな。すでに馬には慣れていたというわけか」

「けれど一人でとなると難しいですね、セルドラ様のようにはいきません」

「ふふん……このセルドラ、乗馬だけには自信があるのでな」


 どうやら乗馬はセルドラの得意分野らしく、自信満々にふんぞり返る。

 普段から態度が大きいのだが、乗馬の事となるとさらにだ。


「馬は知能が高く、不実な人間とは心を通わせないと自分は教わりました。馬と一心同体のように走れるセルドラ様の人柄かもしれません」

「はっはっは! そんなに褒めるな褒めるな!」


 カナタが褒めた事でセルドラの気分は有頂天。口角は上がったまま戻ってこない。

 ばしばし! とカナタの背を叩くのは照れ隠しか。

 護衛騎士の中には苦笑いをしている者もいるが、それは伝えなくてもいい事だろう。


「セルドラ様に比べると自分はよほど遅かったようで……この森にも結構慣れていると思っていたんですが……」

「そうですよカナタさん……ルミナお姉様が寂しがっていましたよ……」

「寂しがってません! 何を言うのロノスティコ!?」


 ぼそりと本に視線を落としてるロノスティコの突然の暴露。

 今の今まで縮こまっていたルミナは大慌てで否定するしかなかった。


「え、さっきセルドラお兄様にカナタをとられたと……」

「そ、それは言いましたけれど……! カナタは数少ない私の友人ですし、普段セルドラお兄様ではなくここでお話するから……その……」

「すいません、兄上がいたらいつものようにここでお話できたんですが」


 カナタが申し訳なさそうに少し頭を下げると、ルミナはまたもや大慌てで手を横に振る。普段落ち着いているだけに、動揺する姿は妙に新鮮に映る。


「カナタのせいではありませんから!」

「はっはっは! 悪いなルミナ! お前の側近候補を預かってしまって!」

「私のではなく私達の誰かの、でしょう!? セルドラお兄様まで面白がって!」


 魔術学院入学まで後半年。入学が決まればカナタは領主の子三人の側近候補として相応しいとされる。

 カナタを城に呼んでいるのもラジェストラからすれば側近候補となるための試験の一部なのだが、この二年でカナタ自身が三人と交友を深めたのもあってカナタは仕事であるという感覚もほとんど無かった。


「ルミナ! ロノスティコ! お前らもどうだ? 乗馬は?」

「やってみたい気持ちはわかりますが、私は女ですし一人では……」


 ルミナは護衛騎士であるコーレラに助けを求めるような視線。

 そして次にカナタのほうをちらりと見た。


「僕はいいよ……興味が無い」

「ロノスティコ……男なら乗馬くらい出来なければ」

「男である前にお兄様はもう少し勉強したほうがいいんじゃないかな……」


 和やかな空気がロノスティコの挑発めいた発言で緊張感あるひりついた空気に変わる。

 セルドラは笑顔のまま、ロノスティコは本に視線を落としたまま。

 ルミナはぴたりと巻き込まれないように気配を消すように止まった。


「二人とも別の分野が得意で、魅力も別々という事ですね」


 そんな空気を読んでいないのか変えようとしているのか。

 悪気の無いカナタの一言でセルドラとロノスティコは同時にカナタに視線をやった。


「全く、拍子抜けだ」

「カナタさんってこういう所ありますよね」

「……? 申し訳ありません……?」


 使用人と護衛騎士が安堵する心の声が聞こえてくる気がした。

 カナタは何も理解していなかったが。


「とはいってもだ、狩猟大会はどうするつもりだ?」

「狩猟大会?」

「何だ、知らんのか。パーティの話は聞いているだろう? それに先立って狩猟大会を開くのだ。馬を駆るほうがどう考えても有利だぞ」

「ああ、だから今日自分を乗せたのですね。慣れさせてくれるために……」

「いや、それは関係無い。ただの暇潰しだ」

「……そうですか」


 狩猟大会とはどういうものなのかカナタはいまいちピンと来ていない。

 獲物の大きさで結果を決めるのだろうか。それとも数なのだろうか。

 魔術を使ったらバランスはどうなるのか。やり過ぎないか。

 後でどういうものか聞いておこう、とカナタは狩猟大会についてを頭の隅にとどめておく。


「ルミナ様も参加されるんですか?」

「いえ、女性は基本的に待つんです。なにせ……その……」


 狩猟大会の事を訪ねるとルミナは何故か頬を赤くした。

 今日一番意味が分からず、カナタは首を傾げる。


「なんにせよ、このセルドラの独壇場よ! はっはっは! はーっはっは!」


 セルドラの高笑いが森に響き渡る。

 なんだかんだ、カナタはセルドラの自信満々な姿が嫌いではなく……その様子を微笑みながら見守っていた。


――――

お読み頂きありがとうございます。

ここからは第三部前編「次期領主の友」編となります。

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