42.忘れてはいけないこと

「お前は自分がどれだけ危険な事をしたのかわかっているのか!!」

「はい……」

「出会った時といい、お前は一人で突っ走る傾向がある! 聞いてるのか!?」

「はい……ごめんなさい……」


 数日後、カナタは自分の部屋で目を覚ました。

 エイダンを操った犯人ブリーナを捕まえて褒め称えられた……なんて事は当然無く。

 目を覚ましたカナタを待っていたのはシャトランからのお説教だった。

 自分のこだわりのために誰にも相談しなかったのだから当たり前である。

 ベッドに横たわるカナタと視線を合わせてシャトランは今回の一件について、カナタの行動がどれだけ無謀だったのかを説教し続けた。


「しゃ、シャトラン様、お体にさわる可能性がございますので説教はその辺で……」

「今だけは障らせとけ! こいつには大事なことを教えてやらねばならん!」


 カナタが目覚めるまで常駐していたらしい医者が制止するもシャトランは止まらない。

 普段温厚なシャトランがこうして本気で怒っているのを見るのはルイの時に続いて二回目だ。


「カナタ、お前はもうディーラスコ家の人間なんだぞ! わかっているのか!?」

「はい……」

「いやわかっていない!!」


 シャトランはカナタの手を握る。

 怒りに任せて乱暴に、ではなく……ごつごつとした手が精一杯の気遣いと優しさでカナタの手を包んだ。


「今理解しろ。ここはお前の家だ。そして私はお前の親だ。頼れ」

「父、上……」

「今回、お前にも何か思う所はあったのかもしれない。大方、巻き込みたくないとか自分が狙われているから自分で解決しなければ、といった所か」


 シャトランの予想は当たらずも遠からずといった所か。

 一人で立ち向かったのはこの二ヶ月先生をしてくれたブリーナに対するカナタなりのけじめというのが第一ではあったが、誰かを巻き込まないのは都合がいいと考えていたのも事実だった。

 しかしシャトランは深く理由を追及しようとする気はない。


「お前はまだ子供だ! 大人に、親に頼っていいのだ! わかるまでは治っても外には出さんからな!!」


 飛んでくるのは厳しい言葉かと思えば、よく聞いてみれば何て甘い罰か。

 孤児で戦場漁りだったからか、一人で何かしなければという意識が育っていた。

 カナタをまだ庇護が必要な子供だと念押し、意識を一旦リセットしてくれるような言葉だった。

 怒られるのではなく、叱られているのだとわかってカナタはつい頬を緩ませる。


「はい、ごめんなさい……父上」

「何だそのだらしない顔は! まだ説教が必要のようだな!!」


 その後もシャトランのカナタへの説教を続いた。

 凄まじい剣幕でまくし立ててくるが、その説教の中にはどこか愛があるのがわかる。

 自分のために言ってくれている大人の言葉は傭兵団にいた時も貰っていたから。


「聞いているのかカナタ!!」

「はい、父上。ちゃんと聞いてます」

「お前は貴族としての自覚どうこうの前にまず子供だという事をだな……」


 ずっとずっと聞いていたくて、カナタはつい甘えるように微笑んでいた。


「ブリーナ夫人は内密に処刑される事が決まりました」

「……そうですか」

「まぁ、当然だよな」


 後日、怪我が治り切った頃ロザリンドとエイダンがカナタの部屋に訪れた。

 ロザリンドは防音の魔道具をテーブルに置くと二人にブリーナの処遇を聞かせる。

 罪を償うためにとカナタは気絶で済ませていたのだが、やはりそう甘くはない。


「領主一族の腹心である我々ディーラスコ家への裏切りとも言える今回の行いはパレント家全体に罰を下す所でしたが……このような事件ゆえに周囲に広めるわけにはいかないとラジェストラ様は判断なされました。

なので、あなた達を狙った他領からの刺客に対してブリーナ夫人が立ち向かい、戦死されたという事にして今回の事件を処理するそうです」

「俺の時みたいな、設定ってやつですね」

「ええ、そうです。ブリーナ夫人の命一つでパレント家の名誉も守れますからね。

パレント家当主もこれに合意したので、私達も事実がそうであるように口裏を合わせられるようにとのお達しです。望むなら魔術契約を結ぶとの事ですがどうしますか?」

「俺はそもそもあんまり覚えてないですし大丈夫ですけど……」


 エイダンは隣のカナタをちらっと見る。カナタの横顔は少し寂しそうだった。

 カナタはソファの隣に座るエイダンのほうに顔を向けた。

 流石のエイダンもカナタが自分ではなく、前にソファに座っていた誰かを見ているのだという事がわかった。

 カナタはしばらくすると、ゆっくりと首を横に振る。 


「いりません母上」

「そうですか、カナタは強い子ですね」


 自分とブリーナの会話は二人だけのものだとカナタは頷く。

 契約などなくてもカナタはあの時の事を言いふらすつもりもない。

 ただ、ブリーナから二ヶ月間教えて貰った知識と技術をこれからも育んでいくだけ。

 もう伝えるべき事はブリーナに伝えたからこそ、あの時訣別したのだから。


「それではカナタもエイダンも魔術契約は無しとします。こんな話を聞かされて多少なりともショックでしょうが、必要な事です。ですが……念のためカナタは今日ゆっくり休みなさい」

「はい、心配してくれてありがとうございます母上」

「後日、私から改めて説教がありますから楽しみにしていなさいな」

「あ、ですよね……」

「あーあ……母上の説教は長いぞぉ……」


 ロザリンドはくすりと笑って、そんな恐ろしい言葉を残していく。

 その笑顔がカナタが全快した事を喜んでいたからだというのはカナタには気付けなかった。

 いつの間にか、横で笑うエイダンともなんだか自然にカナタは一緒に笑えていた。










 二年後――後数ヶ月で魔術学院入学が迫る時期。

 カナタは定期的にラジェストラに招待されるようになり、今日も領主の子ら三人と共に森と言うべき広大さを持つアンドレイス家の庭に来ていた。

 カナタが招かれた時は日中ここで過ごすのがもうお決まりになっている。

 セルドラは毎度振り回すように馬を走らせ、残された三人はいつものように東屋ガゼボで過ごす。

 一番下のロノスティコは変わらず本に視線を落とし、カナタと同年代のルミナは使用人に用意して貰ったお茶を嗜みながら雑談に興じている。今ではカナタが東屋ガゼボに入ってもルミナは恐がらなくなっていた。


「カナタ、少し背が伸びましたね」

「そうですか? 自分ではよくわからなくて……」

「はい、最初に会った時より逞しくなりました」


 カナタは十二歳に。背が伸びて、体格もほんの少しだけ大きくなった。

 とはいえ子供の範疇を出ないので、使用人達からすれば可愛いものだが日々の訓練の賜物ではあるだろう。

 最近では魔術の訓練のために騎士団の訓練にも顔を出すくらいだった。


「ルミナ様も以前よりずっと俺を恐がらなくなりましたね」

「カナタったらまたルミナ様と……ひどい人ですね、様はいらないとずっと言っていますのに」

「すいません、口調が少し砕けてるだけでも許して下さい」


 拗ねるようにルミナはそっぽを向いた。

 話せる異性がカナタと肉親しかいないのもあってか、ルミナはカナタを友人として信頼しているようだった。

 側近候補が領主の子らにろくに気に入られていないのでは話にならない。

 そういう意味でカナタは側近候補としてこの二年しっかりと及第点を取っている。


「そういえば、魔術学院の入学まで後一年もありませんが……入学までのカナタの課題というのはクリアできたんですか?」

「それが……自分のやった事が新規魔術の開拓なのか術式の改造なのか意見が割れているらしくて……。もしかしたらまた何かしないといけないかもしれません。それに母上にダンスの披露も課題として出されているので今年は何とかパーティに出席しないと……」

「まぁ、大変……カナタと一緒に通えないのは寂しいので頑張って欲しいですね……」

「大丈夫です。ダンスのほうは母上次第ですし、魔術の勉強は好きなので……もし認められなくても頑張りますよ」


 カナタがやる気を見せると、二人の話を聞いていたロノスティコがゆっくりと顔を上げた。

 ロノスティコは本を読むだけで会話に参加しない日も多いが、興味がある話題になるとたまにこうして話してくれる。


「カナタさんは……魔術の授業が好きですよね……昔から。ここで、最初に話していたのも魔術の話でしたし……」

「…………」


 ロノスティコに言われて、カナタは言葉を少し詰まらせる。

 少し俯いて、けれどすぐにカナタは顔を上げた。



「うん、先生がね……よかったんだ」



 カナタは二年前を思い出しながら小さく笑う。

 決して善人ではない人だった。けれど教えて貰った事は今でもカナタの中に。

 あの二ヶ月の授業は基礎となって確かに今のカナタを支えている。


 受けた仕打ちと受けた恩、どちらも忘れず記憶に秘めて。

 カナタはずっと忘れない。自分が倒したあの先生の生徒であった事を。



――――


ここまでお読み頂きありがとうございます。

ここで第二部「猛犬の養子」編終了となります。

一区切りの幕間後、第三部を開始します。

レビュー、応援など是非よろしくお願いします。

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