36.違和感は確信へと変わる

「こんにちはキーライ副団長、お邪魔しています」

「……こんにちはカナタくん。どうやら挨拶だけはロザリンド様から教育を受けたようだね」

「挨拶以外にも色々と教えて頂いています」


 一ヶ月前の事件の影響もあってカナタはキーライと喋る回数こそ少ないが、キーライがどんな人物かを少しだけ聞かされていた。

 ディーラスコ家の騎士団で若くして副団長を務める騎士であり、第三域にまで至っている魔術師である。

 その正体はシャトランの弟が早くに授かった息子であり、今のカナタから見ると従弟いとこにあたる。つまり書類上は親戚だ。


 ディーラスコ家として、という言い方が出来るのも当主であるシャトランと血縁上の関係があるからこそだろう。

 その目は養子とはいえ、庇護ひごすべき子供に向ける目ではない。


「ロザリンド様が教育しているというのに、このような卑しい行為を繰り返すとは……元の出来がある程度良くなければ流石にお手上げという事、か」

「まだ学び始めたばかりなのでそれはわかりませんが……これは自分の趣味なので、母上の教育は関係無いと思います」


 キーライの嫌味に対抗しての言葉、ではない。

 カナタは本心でただ偽りなく考えを語っているだけ。

 ゆえに、キーライのその目を前にしても堂々としている。


 ただ大人しくしているだけでは何も変わらない。

 むしろ大人しくしている所に付け込まれて、他人に自分を握られてしまう事をカナタはもう知っている。

 その堂々とした態度が生意気に映ったのかキーライは不快感を隠そうともしない。


「なるほど、胆力はあるようだ」

「ありがとうございます」

「そういう所に、騙されたのかもしれないね」

「騙されたとは?」


 カナタに問われてキーライは顎を撫でた。

 よく見れば、顔立ちとその仕草にほんのりシャトランと似ているのがわかる。

 聞いた通り、親戚というのは本当のようだ。


「このような卑しい子供がラジェストラ様のお眼鏡にかなうとは、正直今でも信じ難いものでね。だがこのように堂々としていれば……なるほど、少しはましに映るのかもしれない。

ラジェストラ様は元々子供に甘い御方でもあるからな……あのクズで貴族の風上にも置けない豚魔術師ダンレスの子でも、少し使い物になりそうなら確保しておく御方ではあるな」


 当然、キーライはカナタの本当の素性を知らない。いくらディーラスコ家の親戚であってもカナタと直接の関係にはないからだ。

 ダンレスの子という設定を持ち出し、改めてキーライはカナタを非難する。

 親を侮辱されるというのは普通なら許せぬ事……キーライはカナタの本性を見たいがためにこのような言葉を選んだようだが、生憎カナタにとっては同意しかない。


「わかります、ダンレスのクズっぷりと来たら苛立ちますよね」

「……っ?」


 まさか同意が帰ってくるとは思わなかったのかキーライもこれには少し怯む。

 子供にこのような事を言われてしまうとは、ダンレスは自分が聞くより遥かにひどい男なのかもしれないと。


「自分の父を揶揄やゆされてその態度か、腰抜けでもあるようだ」

「俺の父はシャトラン様です。そこで一生懸命、部下の方々に稽古をつけているご立派な御方です」


 カナタは訓練場の中心のほうに目を向ける。

 そこには部下相手に熱心に訓練に励むシャトランがいた。


「副団長は行かなくてもよろしいのですか? 第三域まで使う事の出来る御方と聞きましたが?」

「……とにかくだ、その魔術滓ラビッシュを拾うのは見苦しいにも程がある。ほまれあるディーラスコ家には相応しくない。養子となった以上ディーラスコ家の顔に泥を塗るような真似はやめたまえ。さもなくば、手痛い事故が起きるかもしれないよ」

「ご忠告ありがとうございます。ですが……これはやめられません」


 キーライが訓練に戻るために振り返ろうととすると、カナタは拾った魔術滓ラビッシュを詰め込んだ袋をキーライに見せつけるように掲げた。

 どれだけカナタに嫌味をぶつけても風を受ける紙のようにひらひらとカナタは思い通りのリアクションをしない事に嫌気が差したようにも見える。


「これが、俺がここにいる意味・・・・なので」

「……?」


 キーライはカナタが見せびらかした袋を一瞥すると、より一層不機嫌そうにしながら兜を被って訓練へと戻っていった。

 キーライの嫌味ではなく、撃ち合う剣戟の音と魔術を唱える声が入り混じった訓練場らしい空気に戻ってきた。


「なーんか……嫌な感じですね」


 キーライとの話が終わるのを見計らっていたのか、横からひょっこりとルイが顔を出す。

 改心する前は似たような立場だったのだが、そんな事はもうルイにとっては遠い昔の話。振り返ったキーライの背中にベロを出している。


「うわ、ルイ」

「乙女に向かってうわ、って……ルイは悲しいです……しくしく……」

「ご、ごめん……」


 キーライのような見下すような視線は幼い頃から慣れているのもあって堂々と返せるが、ルイのような傷付いた弱者を装うような瞳にはどうにも弱いままなカナタだった。


「さて、カナタ様いい加減に終わらせて下さいませ。ブリーナ先生がお待ち……というより、もう授業時間終わっていますよ。ブリーナ先生を解放して差し上げませんと」

「え」


 けろっと嘘泣きから帰ってきたルイは訓練場の入り口のほうに視線を向ける。

 魔術滓ラビッシュの選別とキーライとの雑談(?)でよほど時間を食ってしまっていたようで、ブリーナ先生はどこからか持ってきた椅子に座ってカナタを待っていた。

 ようやくカナタが気付いたからか、ブリーナがこちらに向かって手を振る。正直に言えばカナタはすっかり授業中だという事を忘れていた。


「しまった……せっかくの魔術の授業なのに……」

「さあ、戻りましょうカナタ様。後悔してもカナタ様が授業時間目一杯を使ってゴミ拾いしていた事実は消えませんよ」

「……ルイが最初、俺に意地悪した事が消えないみたいに?」

「ぐ、ぐっふ、う、うぐ……私の硝子の心に鋭くも重い一撃……。お、怒ってます? カナタ様……あの時の事やはり怒っていらっしゃいますよね……!?」


 ちょっとした仕返しのつもりだったが、どうやら予想以上にこの話はルイに効くようで、ルイの足は生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えていて歩くのがやっとのようだ。

 そんなルイを何故かエスコートするように手を貸しながら、カナタは訓練場を後にする。


「……やっぱり、来てよかった」


 カナタは訓練場のほうを振り返って、確信したように呟く。

 そんなカナタをルイは涙目になりながら呆けたように見つめる。


「聞いてよかった……? 私の泣き声をですか……? カナタ様って実はそういう趣味が……?」

「言ってないよ……」

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