34.使い手はどこに

「ん……いでっ……なんだ、何か……」


 いつもと同じように、むしろいつもより早く目を覚ますエイダン。

 しかし何故か頭や顔には痛みがあって寝起きが悪い。

 体を起こして顔を触ると、何か包帯のようなものが巻かれていた。


「起きたかエイダン」

「おうわ!? 父上! な、何故俺の部屋に!?」


 起きてすぐベッドの隣にいたのは父であるシャトラン。

 朝の自室にシャトランがいた事など当然無いため、エイダンは驚きのあまり転げ落ちそうになった。


「お前の部屋ではない」

「え……?」


 よく周りを見れば自分の部屋でない事にエイダンは気付く。

 そして父だけでなく、ロザリンドも別のベッドのほうに座っていた。

 ここは来客用の部屋だ。何故こんな所に自分も含めているのかエイダンにはわからない。


「兄上……よかった、戻ったんですね……」

「か、カナタまで……?」


 別のベッドに寝かされているのはカナタだった。

 自分を見てもエイダンの様子が変わらない事にカナタはほっとする。

 起きるまで自信は無かったが、エイダンは間違いなく元に戻っているようだ。


「父上、母上、これは一体……?」

「……とぼけているわけではないようだな」

「とぼける……? 一体何を……?」

「エイダン、昨夜の事は覚えていないのですね?」

「さ、昨夜ですか……? いえ、特に何も……」

「父と母に誓ってですね?」

「は、はい! いつも通りの夜だった、はずです……?」


 シャトランとロザリンドの表情が自分を叱る時よりも険しく、エイダンは緊張しながらも答える。

 エイダンの記憶では特に何も変わった事はない。

 いつも通り、部屋で寝たはずだ。だからこそ何故か客室で寝ている今に混乱している。


「……昨夜、お前が何をしたかカナタから聞いた。話してやろう」

「はい? 何故カナタが……?」


 エイダンはわけもわからず、シャトランに昨夜の出来事を聞く。

 カナタの部屋に入り首を絞めに行った事や何故頭に怪我をしているかなど。

 シャトランから昨夜の出来事を聞いたエイダンはみるみる青褪めていき、真偽を確かめるようにカナタのほうを見た。

 小さく頷くカナタを見て、エイダンは慌てて否定し始める。


「ちが! 違います! そんな事! た、確かにカナタが来て面白くないとは思っていました……。父上と母上が、こ、こいつばっかり構って……ラジェストラ様の城に行くのだって、置いてかれるのが、嫌だった……カナタの事が好きになれないのは認めます!

け、けど! ですが! 俺だってディーラスコ家の息子です! 家名に血の混じった泥を塗るような行いをするわけがありません! い、いくら、カナタが養子になったのが面白くないからって、だからって殺そうなんて思わない! ましてや決闘もせずに寝込みをだなんて恥知らずな!」

「落ち着けエイダン。本当なら状況を考えてお前の凶行を疑わねばならないが……安心しろ。襲われた本人であるカナタがお前の意思じゃなかった事を主張している」

「え、カナタ……が……?」


 エイダンは驚いた様子でカナタのほうを見る。

 エイダンが聞かされた昨夜の出来事が本当なら、養子のカナタがディーラスコ家の跡継ぎを乗っ取るきっかけにもできるであろう事件だ。状況からして、養子に立場を脅かされた実の子であるエイダンが凶行に走ったと捉えられてもおかしくない。

 だからこそ必死に否定したのだが、まさか被害者であるカナタ自身が擁護してくれていたなどとは思いもしなかった。


「兄上は……夢を見てるように、うわ言で喋ってて、会話になってませんでした……。きっと、誰かに操られていたか……簡単な命令に従うようにされていたか……。黒い魔術滓ラビッシュも、見つけたので……なんらかの魔術だったのは……間違いないと思います……」


 言葉を途切れさせながら、苦しそうにしながらもエイダンを庇うカナタ。

 そんなカナタにエイダンは心の中で感謝する。気恥ずかしくて言葉にはできなかった。


「それに、兄上は一度、自分の首を絞めた手を緩めたんです……。もしかしたら……完全には、操れないのかも……」

「ああ、精神干渉系統の魔術であっても人を完全に操れるものはほとんど無い……カナタが体調不良の時を狙ったのはその為か」


 精神干渉系統の魔術は難易度が高い事に加えて、完全に人を操る魔術など一握りだ。

 短時間だけ簡易的な命令に従わせたり、記憶を覗き込んだり。

 その程度でも魔術師相手では魔力で抵抗されて満足な効果を発揮できない場合が多い。

 今回エイダンを操れたのは、エイダンが元々カナタを嫌っていたという点が大きい。


「シャトラン様、お聞きしたいのですが……その魔術は遠隔でかけられたりするものなのでしょうか?」


 魔術に詳しくないロザリンドが何か気付いたのか問う。

 シャトランは首を横に振った。 


「いや、先程言った通り難易度が高くてな。接触しなければ基本的には不可能だ」

「……エイダンはここ最近、貴族の集まりに出席しておりません」

「ああ、ロザリンド……君の方針でそう決まったであろう? 魔術学院入学に備えて……勉学を優先……」


 そこまで言って、シャトランはロザリンドが何を言いたいのかを気付く。


「内部の人間の仕業、と言いたいのか?」

「恐らくは」

「だが精神干渉系統の魔術は第三域から……この屋敷では私と副団長のキーライ、それにカナタを教えるブリーナ夫人、後はドルムントやマジェクなどの数名の騎士達くらいしかおらんぞ……。

いくらなんでも、この者らがカナタを襲わせるなど……」


 ロザリンドにとってもシャトランにとっても馴染みのある名前が並ぶ。

 全員がカナタが来る以前からの知人であり、部下であり友人達だ。

 シャトランは自分を落ち着かせるためか髭を撫でる。


「つまり、そういう事でしょう。私達がカナタを養子にした事をよく思わない者……ディーラスコ家への忠誠を履き違えた者がいるという事ですシャトラン様」


 状況から考えて、エイダンに魔術をかけられる人物は内部の者だとロザリンドははっきりと言い切る。

 それはつまりカナタの危機の原因は未だ遠くへ行っていないという事。

 別派閥の人間の計略だと言えればシャトランもどれだけ心が楽だったか。

 部屋には重苦しい雰囲気が漂う中、カナタは拾った黒の魔術滓ラビッシュを強く握り締めたまま眠りについた。

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