29.帰宅後の露見

「ご苦労だったなカナタ」


 アンドレイス家での顔合わせを終えて、ディーラスコ家の屋敷に帰ってきたカナタは改めて夕食の時間にシャトランにねぎらわれた。

 領主の家への招待など、普通の貴族は緊張でぎこちなくなるか媚びを売るために擦り寄るか。普段と変わらぬまま過ごせるのは少数派だ。

 カナタはそういった意味で、ラジェストラとシャトランの期待通りそのままの姿で一泊二日を過ごしていた。

 

「ありがとうございます父上」


 小さく頭を下げて顔を上げると、視線を感じた。

 向かいに座るエイダンがスープを口に運びながらこちら側を睨んでいる。

 理由はよくわからないが、恐らくはカナタがうまくやった様子なのが気に食わないのだろう。

 普段からエイダンに好かれていないのはわかっているので、カナタは特に気にしていない。敵意も殺意も、行動に移されないのであれば無害なものだとカナタは知っている。


「屋敷で母は冷や冷やしていましたよ。カナタはまだ作法の教育も初歩の初歩……基本的なものしか詰め込めていませんもの。

ラジェストラ様が気まぐれでダンスパーティーなど開き始めたらどうしようかと。ダンスについてはまだやっていませんでしたから」

「ダンスって……踊るのですか母上……?」

「ええ、そうですよ」

「誰が……ですか?」

「勿論あなたですよカナタ」


 自分が踊る? 何を? 誰と?

 あまりにも自分とかけ離れていたからか想像する事すらできず、つい聞き返す。


「貴族の男児たるもの、世の女性をエスコートして一曲踊り切れて当然です。直に叩き込んであげますから、期待していなさいな」

「自分は魔術学院に行くなら関係無いのでは……」

「魔術学院に行くからこそ必要な事なのですが?」


 ロザリンド曰く、貴族ならば当然で魔術学院に行くにも必要らしい。

 魔術学院に行くのに踊れなきゃいけないというのはどういう事だろうか?

 貴族って大変だ。改めてカナタはそう思った。


「ラジェストラ様だけでなく、ルミナ様とロノスティコ様に気に入られたらしいな」

「え? そうなんですか?」

「ははは、自覚が無いのか。ルミナ様は男性があまり得意でなく、ロノスティコ様は少々気難しい所があられるというのに……やはり子供同士、気が合う時は気が合ってしまうのかもしれんな」


 上機嫌なシャトランの言葉を受けて、カナタは何か特別な事をしたか思い出す。

 特に世話を焼いたわけでも、プレゼントを贈ったりもしていない……ただ話していただけなのに何がよかったのだろうか。

 ルミナとは話していたが距離はあったままで、ロノスティコのほうに至っては一度しか会話を交わしていなかった……いくら考えてもカナタは気に入られた理由がよくわからなかった。


「けど、セルドラ様には気に入られなかったみたいだな」


 エイダンはさっきと打って変わって上機嫌になりながらにやけている。


「セルドラ様とはあまり話せなかったですね」

「あーあ、それじゃあな……」

「……?」


 セルドラはアンドレイス家の長子。次期領主は彼と目されている。

 つまりエイダンは領主の側近候補であるなら次期領主であるセルドラに気に入られなければ、と言いたいに違いない。

 普段ならカナタを煽るような物言いにロザリンドが睨みを利かせて咎める所だが、エイダンの意見も一理あるのか口を挟もうとはしなかった。

 流石に厳しすぎると、シャトランが気を利かせて話題を変える。


「カナタは領主の城など初めてだっただろう。どうだった?」

「はい、驚きました。城に入るなんて初めてでしたから……」

「そうだろう、そうだろう」

「それに、入るなり着替えが必要だなんて思わなかったです。使用人の人達に着替えさせてもらうなんて初めての経験だったので驚きました」

「ん……?」

「……」


 夕食の和やかな空気が急激に冷えるのを感じた。

 シャトランは疑問を浮かべ、ロザリンドは食器を静かに置いてきつく眉を寄せる。

 カナタも何か変な事を言ってしまったかと言葉が止まった。


「何言ってるんだカナタお前……朝支度で洗顔する後も夕食前も湯浴みの後に乾かしてからも使用人が着替えさせてくれるだろうだろ?」

「え? いえ、着替えは持ってきてくれますけど……自分で着替えていますよ?」

「なんだそれ? 自分でやってるのか?」


 エイダンはカナタがおかしな事を口走ってると笑い飛ばすが、シャトランとロザリンドの雰囲気はそんな風に面白おかしくしていい話題ではないと物語っている。



「侍女長……カナタの世話係を呼べ」

「かしこまりました」


 侍女長とはカナタも何度か話した事がある。

 一番歳を召していながら一番忙しなく働いていおり、カナタの作法の授業もたまに担当してくれる女性だ。

 侍女長は食器を置き、厳しい表情のシャトランに深く頭を下げ、他の者に指示を出す。


「侍女長、わかっているな?」

「はい……申し訳ございません……」


 何が起きているのかカナタはまだよくわかっていない。

 ただ、シャトランや侍女長の表情からあまりよくない事なのかはわかった。

 自分は何で怒られるのだろうか、とカナタはつい背筋を伸ばしてしまう。


「お待たせしましたシャトラン様。カナタ様の世話係の使用人……名前はルイです」


 しばらくすると扉は開き、騎士に連れられたルイが震えながらダイニングルームに入ってくる。

 カナタがそちらに視線を向けると、間違いなく自分の世話係のルイだった。


「知っている。ランセア元男爵家の三女だったはずだ」

「あ、あの……シャトラン様……?」


 ルイはまだ何故連れられたのかがわかっていない。

 名を呼ばれた事すら不快そうにシャトランは眉間に皺を寄せた。


「カナタ、お前の世話係はこの使用人で間違いないか?」

「はい、ルイです……?」

「そうか、確認もとれたな」


 シャトランはカナタに確認を取ると頷いて、


「その使用人を殺せ」


 何でもない事のように騎士にそう命令した。

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