28.子供達の顔合わせ2
セルドラに案内されたのは庭というより小さな森だった。
ディーラスコ家の中庭を見ていなかったら、カナタは貴族の言う庭は森なのだと勘違いしていただろう敷地の広さだ。領主の名は伊達ではない。
カナタは庭のどこかを案内されるかと思っていたのだが、案内を申し出た当の本人……セルドラはいつの間にか馬に乗って護衛騎士とどこかへ行ってしまっていた。
「……何のために連れてこられたんだろう」
取り残されたカナタはあまりに真っ当な疑問を呟く。
案内すると言われて案内されないとはとんちか何かか。
それとも、本当に庭まで案内されて終わりという事なのだろうか。
「セルドラ様が行ってしまいましたが、どうしましょうか」
「ひっ……」
「……」
庭のあちこちに建てられている
ルミナは怯え、ロノスティコは持ち出した本に視線を落としたままだった。
二人に付き従っている護衛騎士も無言のままで、何をしていいのやら。
セルドラを追い掛けようにも、ルミナとロノスティコを置いて行くというのもどうかと思う。
「……大丈夫なんですか?」
カナタが途方に暮れていると、無言だったロノスティコが本に視線を落としたまま口を開いた。
葉の間から落ちる日差しの中、本を読んでいる知的な少年というのは絵になるもので、ルミナと一緒並んでいるのもあって一枚の絵画のようだ。
「何がでしょうロノスティコ様? やはりセルドラ様を追いかけたほうがいいでしょうか?」
「そうではなくて……今頃、シャトランさんがあなたの事についてお父様に色々と報告をしている頃だと思いますよ……」
「そうなんですか?」
さっきラジェストラが言っていた二人での話というのが自分の事だったとは。
カナタはそんな事考えてもいなかったが、カナタを養子にしたのはラジェストラ……養子先でどんな生活をしているのか聞くのは当たり前の事かもしれない。
「教えてくれてありがとうございます、今日は呼ばれたのはそういう事だったんですね」
「……ずいぶん落ち着いているんですね。あなたを連れてきたのは、報告次第であなたの処遇も変えるためだと思いますが」
「処遇を変えられるほど成功も失敗もしていませんから。あるとすれば期待外れという点だけでしょうか」
「……そうですか、そう言い切れるのは、強い、ですね」
自分はまだ何もできていない、というカナタの言葉を聞いてロノスティコはそれ以降口を閉ざす。
今日の招待の趣旨について完全にわかっていなかったカナタにこうして教えてくれたのはロノスティコなりの気遣いなのかもしれない。
「ルミナ様は――」
「っ……」
視線を向けるだけで、ルミナは隣のロノスティコのほうに体を寄せる。
カナタが
「失礼しました」
何故恐がられているのかもわからないので、カナタは怯えさせた事をただ謝罪するしかない。
そんな様子を見てか、護衛騎士の一人が膝を突いてルミナに視線を合わせる。
「発言をお許しくださいルミナ様。これではお客様にルミナ様が誤解されてしまいます。私の口から説明してもよろしいでしょうか」
「お願いします、コーレナ」
コーレナと呼ばれた護衛騎士は立ち上がり、カナタに笑い掛ける。
肩にかかるかかからないかくらいのセミロングの茶髪をした、柔らかい印象を持つ女性騎士だ。
とはいえ、背筋を伸ばせばその姿勢は微動だにせず騎士らしい雰囲気を損なっているわけではない。
……どこかで見た事があるような?
カナタは初めて会った気がせず、思い出そうとするが……そもそも養子になる以前は戦場以外で騎士と出会うはずがないので、気のせいかもしれない。
「カナタ様、どうか気を悪くしないでやってくれ。ルミナ様は少し前に町に遊びに出かけた際に運悪く傭兵崩れのならず者に出くわした経験がおありで……それ以来、悪漢でなくても傭兵団出身の者と聞くと恐ろしくなってしまうのだ」
「なるほど、それで自分の事が」
どうやら護衛騎士にもカナタの本当の出自については知らされているらしい。
ディーラスコ家に来た際、カナタは自分が次期領主の側近候補と聞かされていた。
側近に相応しいかを領主側が見極めるためにも、領主の子三人と近しい周囲の人物にはダンレスの血筋という設定ではなく傭兵団にいたという事実のほうが伝わっているのだろう。
隠したまま接した結果、後から実はカナタの出自は……などと三人とトラブルになってはまずい。
「そんな経験があるにもかかわらず、食事を同席してくれてありがとうございます。
ロノスティコ様はさっき自分に強いと言ってくれましたが、ルミナ様のほうが強い人ですね」
「……」
カナタのその発言に、ルミナだけでなくルミナとロノスティコの護衛騎士の見る目も少し変わる。
傭兵団出身の下っ端、戦場漁りの子供という事で粗野で乱暴な子を想像していたが……予想に反して落ち着いている上にいい意味で子供らしい素直さを持ち合わせている。
ディーラスコ家にはロザリンドもいるので、その指導の成果もあるだろうが、本人の気質もあるに違いない。この歳で相当苦労してきたのではとコーレナは少し涙腺が緩んだ。
「あ、あの……恐がって……。ごめんなさい……」
「謝る必要なんかないですよ。こうして話してくれるだけ光栄です」
「お話だけ……なら、大丈夫そうです」
「それでは、セルドラ様が戻ってくるまで付き合って貰ってもいいでしょうか?」
「……はい、喜んで」
ようやく、ルミナがぎこちなくも笑い掛けてくれた事にカナタは一安心する。
見下されるのはいくらでも慣れているが、恐がられるなんて経験はほとんど無いので正直どうすればいいかわからない。
立場はともかくとして、ここ一か月の心細い中せっかく同年代の子らと出会う機会なのだから、出来るだけいい関係を築きたいと思うのは当然だ
「この一か月、魔術教育も……受けたと聞きましたが、ど、どのような事を?」
「どんな事を……そうですね、『
「『
「そうらしいですね。先生にもそう正直に言ったのですが、そんなわけないと少し疑われてしまって……なのでもう一回やってびちょびちょになって見せましたよ」
「ふふ、そちらのほうが怒られたのではないですか?」
「はい、ブリーナ先生に初めて怒られました」
「まぁ、ブリーナ先生! わたくしも何回か教えて頂きました」
ルミナに配慮して
静かな森の中、鳥の囀りとロノスティコが本のページをめくる音をさせながら二人は雑談に花を咲かせる。
自分達を放って行ってしまったセルドラの乗る馬が駆ける音が聞こえてくるまで。
アンドレイス家での滞在は一泊二日と短いものだったが、カナタは報告と顔合わせ共にその印象はいいもので終えられた。
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