27.子供達の顔合わせ

「よく来たなシャトラン、カナタ」


 ディーラスコ家に引き取られてから一か月あまり。

 カナタはシャトランに連れられてアンドレイス家へと来ていた。

 到着早々、来客用の離れで着替えを終えると、広く豪奢な雰囲気のダイニングルームへと案内された。


 カナタはディーラスコ家の屋敷に来た時もその大きさに驚いたが、アンドレイス家を初めて見た驚きはその更に上を行った。

 ディーラスコ家は屋敷だが、アンドレイス家は城だった。

 基礎教育で学んだ内容が確かなら、領主ならそこに住むかどうかはともかく城があるのが当然らしい。戦の際の防衛拠点として使うからだという。

 城自体は圧倒的に大きかったりするわけではないが、とにかく敷地が広かった。

 着替え用の離れなどあるくらいだから当然だが、小さな村ならそのまますっぽり入ってしまうのではないかと思うくらいだ。


「お招きありがとうございます、ラジェストラ様」

「ありがとうございます」

「跪く必要はない。今日は客人だ。座るといい」


 ダイニングルームにはすでにラジェストラが座っており、二人を歓迎した。

 シャトランとカナタは部屋の入口で跪き、立ち上がる許可を貰うとそのまま席に着いた。

 テーブルにはラジェストラ以外にすでに三人の子供が着席していた。

 カナタより少し年上であろう少年、そして自分と同じくらいの少女とカナタより小柄な少年の三人だった。


「妻は王都に行っていてな。不在を許せ。今回そなたらを招いたのはカナタの様子が見たかったのと……子供達と顔合わせをさせたかったからだ。

上からセルドラ、ルミナ、ロノスティコだ。カナタの事情は知っているが、すでに魔術契約を結んでいて口外する事はない。安心せよ」

「よろしく、カナタ」


 直接、カナタに声を掛けて挨拶をしたのは一番上にあたるセルドラだけだった。

 金色の髪を自慢げになびかせて、カナタを見下していると勘違いするかのように尊大な態度を見せている。その自信満々な顔立ちは父であるラジェストラに良く似ていた。

 一方、ルミナとロノスティコはラジェストラとは似ていない。

 ルミナは見惚れるほどの艶やかな銀髪と瞳をしているが、その美しい瞳の中には怯えがあって目が合っただけで目を逸らされた。

 ロノスティコも銀髪で顔立ちはラジェストラに似ているが、こちらは怯えているというよりも無口というべきだろうか。


「よろしくお願いします」


 カナタは気にせず、三人に向かって頭を下げる。

 子供というのは警戒したら案外そんなものだ。戦場漁りの仲間の中にもろくに会話をかわさなかった者もいる。同じ食事の場に同席しているのだから特に気にする事でもないと二人の様子にも特に思う事は無かった。


「さあ、まずは食事と行こう。私の大事な腹心とその子を招いておいて、歓迎しないなど我が顔と家に泥を塗るようなものだからな」

「ははは、それではもう少し落ち着いてくださると騎士団も喜ぶのですが?」

「ははは、何を言っているシャトラン。私は十分落ち着いているだろう?」


 腹心であるシャトランの希望は当然あっさり無視。このように冗談を交えながら上の者にも言いたい事を言える風通しのいい環境だ。

 なお風通しがいいからといって要求が通るわけではなさそうである。


「くくく……カナタ、作法の勉強の成果を見せてもらうぞ? さぞロザリンドに揉まれたのであろう?」

「まだ自信はありませんが……母上に教えて貰った事を実践の場で行えるいい機会を与えて頂き感謝します」

「プラスに捉え過ぎだカナタ、ラジェストラ様は面白がっているぞ」


 カナタが呼ばれた理由はまさかカナタのつたない作法を面白がるためかと思いたくなるほど、ラジェストラは楽しそうにしている。

 ラジェストラが指示すると、使用人達が食事を運んできた。

 運ばれてくる食事の中に特別食べるのが難しい料理が無いのは、カナタに配慮してくれたからだろう。

 前菜からスープ、魚料理ポワソンと……高級料亭で出てくる通りのコースで出されきたが、食べるのに困る事無くカナタはデザートまでトラブルを起こす事なく食べ切った。

 魚料理ポワソンの時だけシャトランの食べ方を見て真似していたが、それくらいは目をつぶってもいいだろう。


「つまらん……中々やるではないか……」

「母上の指導のおかげです」


 デザート後のコーヒーを飲みながら、ラジェエストラはつまらなそうに呟く。

 部屋が静かなのでその声は全員にばっちり聞こえていて、シャトランは少し誇らしそうにしていた。

 厳しく見れば指摘する所はいくつもあったのだろうが、どうやらラジェストラから見てカナタの食べ方は及第点くらいはあったようである。


「流石はロザリンド……一か月で見苦しくなく過ごせるようにするとは……」

「カナタは元々、刃物の扱いになれていたのもあって基本的な食事のマナーはすぐに覚えていました。基礎教育にも大変意欲的ですぞ」

「だろうな。拙くはあったが、学んでいる者の動きだった。よくやっているようでなによりだ」


 シャトランが誇らしくカナタの一か月の成果を自慢すると、つまらなそうにしながらもラジェストラはカナタを褒める。

 会話から察するに、今日呼ばれた理由はやはりカナタの現状の確認という事なのかもしれない。


「どうだカナタ、シャトランに何か嫌な事はされていないか? 俺に言い付ければすぐに叱ってやるぞ」

「期待と違ったからといって側近の弱みを探ろうとしないでくださいますか?」


 面白い事に貪欲なのは元々のさがなのかラジェストラは身を乗り出してカナタに問う。

 このような問いもシャトランには何一つ後ろ暗い事がないと確信している信頼からか。


「いえ、父上はとてもよくしてくれています。最近は騎士団の訓練を見学させてくれたりもしていて……魔術の勉強もはかどっています」

「……やだやだ言っていた子供が行儀よくなったものだ」


 カナタを養子に誘った時の事を思い出しながら、ラジェストラは満足そうに笑みを浮かべた。

 まだ貴族に馴染めているというわけではないが……あの時、嫌だ、と一点張りだった時から比べれば凄まじい成長と適応力だろう。


「不便が無いならいい。精進せよ」

「ありがとうございます」


 カナタに激励を送るとラジェストラは立ち上がる。

 いつの間にか、飲んでいたカップの中身は空になっていた。


「俺とシャトランは別で話があってな。後は子供達だけで交友を深めるといい。大体の場所は自由に行き来していいようにしてある。今日はそなたらの顔合わせも兼ねているからな」

「え」

「そういう事だカナタ。失礼のないようにな」


 二人はそれだけ言い残して、護衛騎士と共にダイニングルームを出ていった。

 部屋をきょろきょろと見回せば、囲むように壁際に立っている無言の使用人達。

 そしてテーブルに残ったのは子供達だけとなった。

 突然放置されて、カナタはどうすればいいかわからず呆けてしまう。


「カナタと言ったな」

「はい、セルドラ様」


 そんな無言にならざるを得ない状況の中、カップを強く置く音が響く。

 音の出どころはセルドラで、隣に座っていたルミナはその音に驚き、肩を震わせている。


「領主の城に来るような機会は少ないだろう。我々三人で我が家の庭を案内してやる。いくら生まれや育ちが粗野であっても草木や花を愛でる文化くらいはあるだろう?」

「……よ、よろしくお願いします」


 言い方はともかく、どうやら年長者らしく引っ張っていってくれるようで。

 有無を言わせぬ提案にカナタ含め三人はその言葉に付き従うように、使用人をぞろぞろ引き連れながら庭の方へと向かった。

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