17.公爵の思惑
「……ぁ……」
炎に包まれたダンレスは意識こそ朦朧としているが、死んでいない。
自分の魔術をものにしたカナタのコントロールとダンレス自身、全身に魔力を張り巡らせていたからこそであろう。
有り得ない決闘の結果にダンレス陣営の人間ですら静まり返っている。
「カナタ! 大丈夫か!」
「お頭……」
肩で呼吸するカナタにウヴァルが駆け寄る。
グリアーレやロア、他の傭兵や戦場漁り達もそれに続いた。
「お前どうやって……って話は今はどうでもいいか!」
「怪我はないか! いや鞭で背中を打たれてたな! 薬を塗ってやる! ロア脱がせ!」
「はい!」
「ろ、ロア! グリアーレ副団長! 勝手に脱がさないで!」
魔力も体力も少なくなり、へろへろなカナタに群がる傭兵団達。
緊張感ある決闘の空気から打って変わって和気あいあいとしたものとなっていたが……ここはダンレス陣営のど真ん中。
我に返ったダンレスの兵達が徐々に動き始め、剣と杖を握り始める。
傭兵達もそれに対抗しようと剣に手をかけるが、
「まさか、決闘の勝者を囲んで叩くような恥は晒さないよな?」
その空気を裂くような凛とした声がその場を鎮める。
決闘に釘付けだったからか、ファルディニア率いる騎士達がいつの間にか陣幕の中に入っていた。
「あれは確か……ファルディニアとかいう……」
ファルディニアはダンレス陣営の中では途中合流しただけの田舎騎士。
堂々と歩くファルディニアを諫めようとダンレス騎士団のリーダー格が近付く。
騎士団のリーダーが近付く前に、従騎士のシャトランが一歩前に出た。
「控えろ。この御方はそなたらが
「は? 何を言ってい……」
「ファルディニアというのは仮の名。この御方は今回ダンレス領を視察に来たラジェストラ・ヴィサス・アンドレイス公爵その人である」
「こ――」
言葉が出るよりも先に全員がその場に
剣と杖を構えるなどあっていいはずもない。カレジャス傭兵団にあわや襲い掛かろうとしていたダンレスの兵全員が頭を伏せていた。
そんな光景にファルディニア――ではなく、ラジェストラは冷たい視線を送る。
「身分を偽って合流し、ダンレス含め貴様らの行いも見させてもらった。ダンレスもダンレスだったが……貴様らも貴様らだ。仕えておきながら主の行いを
発せられる言葉には上に立つ者の圧がある。
まるで言葉に魔力が宿っているかのようにダンレスの兵達は動けなくなった。
動けば権力よりも先に命をもって処罰されそうな、そんな恐怖があった。
「また会ったなカレジャス傭兵団の諸君。昨夜は名を偽ってすまなかった」
打って変わって、ラジェストラはカレジャス傭兵団にはにこやかな笑顔を見せる。
しかし昨夜のウヴァルのような態度では当然接する事ができない。
傭兵達は勿論、作法を知らない戦場漁りの子供達も真似しながらラジェストラに不格好ながらも跪いた。
「おいおい、よしてくれウヴァル団長。首を掴んだ仲じゃないか」
昨夜の事を思い出してウヴァルは顔面蒼白となる。
あろう事か、公爵家の人間の首を怒りのままに掴んでしまったとは。
あの
「お、俺……私は……死刑でしょうか……?」
「ハッハッハ! そんなわけなかろう。ウヴァル団長、昨夜の貴様は正しき怒りを持って俺に突っかかってきた。そんな男を処してしまっては良い世の中になどならん」
豪快に笑ってから、ラジェストラは転がるダンレスにちらっと視線をやる。
「我が国の民を奴隷として出荷、貴族が平民に対して契約詐欺……探れば他にもボロボロ出てきそうだな」
「すでに部下に屋敷を捜索させております」
「ああ、後任の領主も探さねば」
それだけの会話でダンレスは今後の運命を決定づけられて、ラジェストラはもう興味を失くしたようだった。いや、それよりも興味を抱くものがあったからか。
「決闘に勝利したそこの者、名前は?」
「カナタです」
カナタは自然に顔を上げる。
その表情はラジェストラに物怖じしている様子もなく、堂々としていた。
「カナタか。カナタとダンレス子爵の間で起きた決闘を経て、貴様は勝者となった。何を望む?」
「カレジャス傭兵団全員の無事と、降りかかる理不尽を払いたくて」
「仲間のために命を懸けたか。その力は……っと、シャトラン」
「『
ラジェストラ率いる騎士団とカレジャス傭兵団全てを風の結界が包み込む。
従騎士のシャトランが唱えたのは第三域の防御魔法。
本来なら集団を守る盾となる防御魔法だが、今回は会話を周囲に聞かせない為だけに展開される。
「中央に戻れば遮断の魔道具があるのだが、そんな高価なものを持ち込んでは騎士と偽って視察できないからな。シャトランの魔術の中なら会話は漏れない。
改めて聞こうカナタ……その魔術、どうやって手に入れた? この中に師事した者がいるのか?」
「……自分も、正直よくわかっていないのですが」
聞かれた通り、カナタは自分が魔術を唱えられるようになった経緯を話した。
ら最近魔術が使えるようになった事を。
「……信じられん…………」
最初にそう言ったのは従騎士のシャトランだった。よほどの衝撃だったのかまるで自分を落ち着かせるように立派な髭を撫でている。
シャトランだけでなくカナタの説明にラジェストラ率いる騎士団全員が半信半疑なようで、主であるラジェストラがいなかったら議論になりそうな雰囲気さえあった。
「認識できなければその目には特別に映らない。水を知らぬ者が日差しで輝くオアシスを見ても眩しいだけのように。明日を生きるのに必死な者は価値ある歴史書を見つけても落胆するように。
我々にとって
ラジェストラは考え込むようにしながら続ける。
「
「我々は魔術書を読んで学べばいいですからね……」
「ああ、我々はなシャトラン。だがカナタは魔術書など読めない。だが結果的に、独自に魔術を学ぶ事に成功している。二年で習得した魔術は一つだけだとしても……積み重ねたものが確かな形となっているのだから」
ラジェストラは真っ直ぐな視線をカナタに向けながら微笑んだ。
「素晴らしいな……どんな場所であろうとも人は大樹のように成長し、時に宝石よりも眩しい輝きを放つ。偶然ながらも力を手に入れたというのに、貴様はその力を自分よりも仲間のために使ったのだな」
その視線に込められたものは敬意。そして賞賛。
公爵という爵位など関係無い。一人の人間としてラジェストラは心の底からカナタの勇気とその在り方を称えていた。
「決めたぞシャトラン」
「……どうするおつもりで?」
ラジェストラの表情を見て何を決めたのかわかったのか、シャトランはため息まじりで答えた。
「わかっているだろう、お前には子が一人しかいなかったはずだな?」
「丸く収めろという事ですね……わかりました。美談の一つや二つで飾れば何とかなるでしょう。根回しはお任せ致します」
「ああ、最後にあの豚の家を使うわけか。いい考えだ、どうせなら最期に役に立って貰おう」
「あの……どういう、事でしょう?」
ラジェストラとシャトランの会話の内容がわからず、カナタは問う。
当然カナタは貴族のあれこれなどわからない。落ち着いていたのは自分は間違っていないと信じていただけの事だった。
だが目の前でわからない会話をされていると何かを罰せられるのかと多少身構えてしまう。それでもカレジャス傭兵団のみんなが無事なら後悔は無い。
「カナタ、貴様を養子にする」
「…………はい?」
ラジェストラの口から飛び出した言葉にカナタは目をぱちぱちとさせる。
カナタだけではなく、それを聞いたラジェストラとシャトラン以外の全員が叫び出しそうになっていた。
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