13.笑顔の意図

「おーおー! 我がカレジャス傭兵団ではないか! 全員揃って朝からどうしたのだ?」


 夜が明けて、カレジャス傭兵団はダンレス陣営が設営した陣幕を訪れた。

 陣幕の中には巨大なテントがあり、そのテントの前で今回の雇い主――ダンレス・ジャロス子爵は食事をしていた。

 白いテーブルクロスを敷いた優雅なテーブル、ダンレスの体がはみだしそうだが一目で高価だとわかる椅子、テーブルの上にはパンにスープ、肉汁滴るステーキが置かれていてまるで戦場ではないかのよう。

 戦場漁りを含めたカレジャス傭兵団は全員通されて、そのテーブルから少し離れた場所まで案内される。


「おお、そうだそうだ。報告は聞いている。我々の魔術がそちらに飛んで行って危なかったらしいな……カレジャス傭兵団の指揮をとっていたのは新人の騎士でな。私の通達を事前に聞いていなかったようで食い違ってしまったようだ。

君達が無事でよかったよ、こうして顔を見せてくれたのは私を安心させてくれるためかな?」


 グリアーレの後ろでダンレスの言葉を聞いていたカナタは初めて眉をひそめた。

 ――違う。

 ウヴァルやグリアーレといった今まで接してきた大人とは全く違う。

 その言葉には感情が無く、元からそう言う予定だったものを読み上げたかのような気持ち悪さを感じた。

 自分達に対して弁明する気もなければ何かを誤魔化そうという気すら無く、食事の合間の些事に過ぎないと。


 カナタが衝撃を受けていると、ダンレスは張り付いたような笑顔を浮かべて食事を再開した。

 ナイフでステーキを切り分けて、フォークで刺して一口でそれをたいらげる。こちらを見るその視線には明確な蔑みがあって……カナタの隣にいたロアはぎゅっと、カナタの袖を掴んだ。


「お食事中通してもらってすいませんねダンレス子爵……戦場での事は気にしないでください。戦場での事ですからね、不測の事態は当然あります」

「ふっふっふ! 流石は傭兵の方々、わかっていますな」

「ですが、戦場以外での事は流石に無視できませんな」

「ほう? 一体何の事でしょう?」


 ウヴァルは懐から袋を取り出し、ダンレスの近くにいた騎士へと放り投げる。

 ダンレスの指示でその騎士が袋を開けると、中にはじゃらっと金貨が入っていた。


「先日、追加で貰った前金だ。一人金貨二枚……きっちり傭兵団人数分が入ってる。確かに返したぜ」

「おやおや、一体どういう事かね?」

「とぼけないで貰おう。昨日うちのガキを攫おうとしたお貴族さんよ」


 大袈裟に、とぼけた仕草を見せるダンレス。

 ここまで言われても食事の手は止めていなかった。

 油でてかる唇をハンカチで拭いて、なおもナイフとフォークを動かしながら話を続ける。


「身に覚えのない事を理由に今更離れようなど……いささか勝手ではないかね? あなた方は評判のいい傭兵団のはずですが、気まぐれでこんな事をするのかねぇ?」

「誰が気まぐれでこんな事したいと思いますか。昨夜、うちのガキを攫おうとした奴を尋問したら吐きましたよ。あんたからの命令で来たってね」

「なんと! そんなならず者の話を信用するなどいけませんよ?」


 芝居がかったダンレスにウヴァルは呆れたようにため息をつく。


「あのな……うちに人攫いを仕向けてくる時点であんたしかいないんだよ。戦争のお相手がわざわざ傭兵団のほうを狙う意味わからんだろうが。野盗だとしたらもっとありえん。ああいう輩は群れるから一人で来るのは有り得ん。

夜にこっそりと、あんたや俺達じゃなくてうちのガキを狙ってる時点で……よからぬ考えをもった味方しかいねえんだよ」

「ほう? よからぬとは?」

「そうだな、たとえば……戦場に魔術をばらまいてた時に見つけた外見のよさそうなガキを奴隷として隣国に売り飛ばす為、とかな」


 その声で戦場漁りの子供達の表情に恐怖が浮かぶ。

 スターレイ王国では現在奴隷身分は勿論奴隷の売買は禁止されているが……周辺の国はその限りではない。

 奴隷身分といっても国によって扱いは様々だが当然いい待遇を受けられる可能性は低く、カレジャス傭兵団の戦場漁りの中にはそんな博打をするのが嫌でここにしがみついている子供だっているのだ。どんな扱いを受けるかわからない奴隷よりは下働きのほうがましだからと。


 当事者であったロアの顔は青褪めて、カナタの袖を力強く掴む。

 カナタが起きてなかったらと想像するだけでロアは倒れそうだった。


「なんっと恐ろしい! 王をも恐れぬような卑劣な不正を想定する警戒心……それが傭兵団を率いる秘訣というわけですかな?」

「ああ、そうかもな。生憎、誰も彼も信用できるような生活を送っちゃいないもんでね」


 ウヴァルとダンレスは互いに睨み合う。カレジャス傭兵団にとって周囲は敵だらけだ。

 しかしダンレスが率いる私兵である騎士団以外にも連れてこられた民兵などもいて、ダンレスの命令全てに従うような忠誠心や士気があるわけではない。

 なによりカレジャス傭兵団側は依頼主に不信を抱き、不測の事態まで起きている。高額な前金も全て返していて筋は通している以上、分が悪いのはダンレスのほうだった。

 この状況でカレジャス傭兵団を感情的に処すような命令をしようものなら、領民達の中にある領主への不信がさらに膨れ上がるだろう。


「……」

「……」


 ウヴァルとダンレスの視線の間にはしばらくの無言の時間。

 テントの周りにはダンレスの私兵である騎士団も揃っている。

 ぴりぴりとした空気が陣幕の中で広がって、次の瞬間には剣を抜いてぶつかり合いになるかと思われた。

 ……しかし、ダンレス子爵はその張り付いた笑顔をにこっと浮かべた。


「ふむ、仕方ありませんなぁ。安くない前金よりも傭兵団の仲間の安全と仕事のため……ウヴァル団長殿はずいぶんご立派な団長でいるようだ」

「お褒めに預かり光栄ですよダンレス子爵。それに、ここまで戦線も押し上げたわけですし……我々の力など無くともいずれ勝利できるでしょう」

「ええ、ええ、あなた方の助力のおかげですとも」 


 グリアーレの後ろに隠れていたカナタは空気が緩んだ事にほっとする。

 報酬は無くなった。魔術滓ラビッシュも当分拾えないのは残念だが、昨夜のような事が起きるよりははるかにましだと思ったからだった。


「それじゃあ失礼する。送らなくて結構だ。俺達の拠点として借りていた宿もしっかり引き払うから安心してくれ」

「ええ、それは勿論信頼していますとも」


 ダンレスはにっこりと笑顔で騎士からウヴァルが投げた袋を受け取る。

 信頼している、という言葉とは裏腹にしっかりと中身の金貨の枚数を確認していた。

 袋の中にはしっかりと前金として貰った金貨二十枚がある。

 ウヴァル達は前金が高すぎる事を警戒し、念のために全員が使わないようにしていたのだった。


「さあ、帰ろう」

「お、終わったんですか……?」


 ロアが不安そうにグリアーレに問うと、グリアーレは笑顔を浮かべる。

 ダンレスのものとは違う心からの笑顔を。


「ああ、話はついた。今回は仕方ない」

「よかったぁ……」


 ロアが胸を撫でおろしているのを見てカナタもほっと息をつく。

 先程までの緊張は消えて、傭兵団の空気が戻ってくる。

 陣幕の外に出るために全員が振り返ったその時、


「おやぁ?」


 わざとらしく、それでいて人を小馬鹿にするような声が背中に届いた。

 まだ何かあるのかとウヴァルは苛立ちを抑えてダンレスのほうへと向く。

 もうこんな所からは一秒だって離れたいのだ。


「おやおやおやぁ?」

「なんだいダンレス子爵。まだお話でも?」


 カナタも振り返って、ダンレス子爵を見る。

 そこにはあまりに醜悪な笑顔を浮かべて子供達を見つけるダンレスがいた。

 話しているはずのウヴァルなど目もくれず、獲物を逃がさないと言いたげな。

 そして――


「前金は傭兵団の人数・・・・・・分だったはずでしょう? おかしいですねぇ! 足りませんねぇ! この袋には金貨二十枚しか入っていない。つまり、子供達の分が含まれていませんがぁ?」


 事実を捻じ曲げる屁理屈と理不尽でウヴァル達を呼び止めた。

 ――そういう事か、とウヴァルは自身の不覚に顔を歪めて舌打ちする。

 何が起きているのか、カナタにはまだわからなかった。

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