12.夜明け前

「私が何故あの男やお前よりも速かったかわかるか?」

「ううん」

「それはだな……」


 謎の男による敵襲によって傭兵達の半数が尋問に加わった。

 残り半数は戦場漁りの子供達の安全のため、傭兵用のテント内で寝る事となったのだが……一人だけ突然のトラブルに対処しようとしたカナタだけはグリアーレと共に尋問が終わるのを待つ事となった。

 グリアーレはカナタに顔を近付けて、小声でぼそぼそと伝える。


「えっと、特に強化したい部分に魔力を集中させるって事……?」

「そうだ。さっきなら、私は両足に集中させて速度を上げた。言うのは簡単だが、極端に強化された筋力に慣れていないとバランスを崩すから難しいんだ。

魔力操作が完璧に出来ていないのならバランスどころじゃない。馬車酔いのようになってしまう」

「ふんふん……何でそんな小声なの?」

「万が一、ウヴァルに聞こえたらまずいだろう。お前も少し声を抑えろ」


 ウヴァルのテント裏で尋問を待っている間、カナタはグリアーレに魔力操作についてさらに先の段階を教わっている。

 少し前までグリアーレにとっては意味不明の魔術という危険物を抱えた子供扱いだったが……今日、不器用なりにもカナタが咄嗟に動いて他の子供達を助けられた事でグリアーレの評価は少し変わっていた。


「さっきの動きを見ても、全身への魔力操作は中々できている。お前の事だから宿で起こられた後も毎日練習していたな」


 カナタはグリアーレに図星を突かれて表情が固まる。

 今日まで魔術滓ラビッシュも無く、他に趣味もないカナタにとってやる事といえばそれくらいしかない。


「ウウン、オレワカンナイ」

「安心しろ、最初から子供が全ての言う事を守るなどと思っていない。町からの移動中は暇だったろうしな……トラブルを起こしたなら捨ててきたが、起こしていないのだから許そう」


 許そう、と言いつつグリアーレはカナタの頬を引っ張り上げる。


「ゆ、許ふはふしゃ!?」

「それはそれとして私の言う事を聞かない事に今むかついた」

「ほんなー!」


 少しの間、カナタの頬はグリアーレのおもちゃにされて解放された。

 カナタがつねられた頬を手ですりすりと抑えていると、何事も無かったかのようにグリアーレは魔力操作についての話に戻る。


「今のような時も、顔に魔力を集中すればある程度の痛みは軽減できたりする」

「え、今言うのずるっ……」

「大人はずるいものだ。ほら、やってみろ」


 グリアーレが顎で指示するが、カナタは少し警戒するように頬を手で隠す。


「もう一回……つねる……?」

「つねらんつねらん。集中しやすい所ならどこでもいい」

「よかった……"選択セレクト"」


 カナタは呪文を唱えて、意識を集中させる。

 すでカナタの中での認識は謎の文言から呪文へと。

 何もできない自分から魔力を使える自分に変えるスイッチへと変わっていた。


「…………」


 グリアーレは不可解そうに眉間に皺を寄せてその様子を黙って見守っていた。

 魔力がある事自体には驚いていない。問題は、何故段階を踏まずに突然魔術を使えるようになったか。

 あの日、寝袋を燃やしたカナタを見た衝撃がグリアーレは忘れる事ができない。


「こ、こう?」


 カナタから問われて、はっ、と我に返る。

 目の前のカナタは手に魔力を集中させている。


「あ、ああ……できている。やるじゃないか」

「よかったー……手は何かやりやすいね」

「やりやすいかどうかは人によるんだ。お前にとって手は魔力を感じ取りやすかったり、操作しやすい場所なんだろうさ」

「へぇ……」


 木炭で真っ黒になっている手を眺めて、カナタは笑顔を見せる。

 自分の出来る事が一つ増えるのを嬉しがる姿は何とも子供らしい。


「ちっ……っぱりか」

「!!」


 尋問を終えたのかウヴァルがテントから出てくる。カナタはその声に慌てて魔力を抑えた。

 警戒態勢という事でグリアーレが魔力を発しているからか、どうやらカナタが魔力を使っていたかはばれてはいないようだった。


「カナタ、ちょい聞かせろ」

「は、はい!」


 ウヴァルは険しい表情でカナタと視線を合わせるようにしゃがむ。カナタだけ残されているのは当然今回、事態を未然に防いだと言っていい張本人だからだ。

 しかし当のカナタはウヴァルのその恐ろしい表情に、何も悪い事をしていないというのについ背筋を伸ばしてしまう。

 よく見ればそこらに血の跡があって、テントの中で何が行われたのかは恐くて聞く事は出来ない。カナタの緊張はさらに増して無意識に生唾を飲み込んでいた。


「今日仕掛けてきたあの男が何してたかわかるか?」

「え、っと……よくわからないけど、ロアに何かしようとしてて……それで飛びついた……」

「ロアだけか?」

「う、うん……そうだと思い、ます……」

「よく敵だとわかったな?」

「た、焚火が消えたから……お頭とか傭兵の皆だったらそんな事しないかなって……」


 そこまで聞くとウヴァルは深いため息をついて、カナタの頭をがっと掴む。

 カナタは何をされるかわからず、びくっと肩を震わせながら目をつむった。


「よくやった」

「……え?」


 ウヴァルのその声にカナタは目を開く。


「他のやつは寝てたのによく起きてたな」

「う、うん、魔術滓ラビッシュ拾った夜はいつも……眺めてるから……」

「はっ! ゴミ眺めて起きてたってか! 初めてお前の趣味が役に立ったなおい!?」

「わ、わ、わ」


 ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられ、カナタの頭が揺れる。

 勢いが強すぎて視界がぐわんぐわんと定まらなくなるくらい撫でられていたが……何故かカナタは嫌だとは思えなかった。 


「グリアーレ、朝になったらあの豚んとこ乗り込むぞ」

「了解」

「契約不成立だ、くそったれ。前金に手を付けてなくてよかったぜ」


 ウヴァルは忌々しそうに表情を歪めて遠くに見えるダンレス陣営を睨みつける。

 傭兵は金で雇われるもの……しかし、金で全てを受け入れるわけではない。

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