8.衝動
五日後、ダンレスの騎士団に混じって進軍したカレジャス傭兵団は再び戦火にその身を投じた。たった十人ではあるが、全員が魔剣士であるカレジャス傭兵団の強さは本物だ。
ダンレスが指揮する(名ばかりの指揮官ではあるが)騎士団に混じり、先日敵魔術師によって押し返された戦線を奪還すべく奮戦する。
そして当然、戦場漁りの子供達も戦場へと赴いていた。
「前より魔術師が出てくるのが早い! カナタ! ちゃんと頭を低く!」
「うん!」
戦地となったのはダンレス領の河川近くにある石造りの建物が並ぶ村だった。
地形的は平坦だが
当然、元からかかっていた橋はとっくの昔に落とされていて川の向こう側から弓兵の矢と魔術師の魔術が飛んでくる。
「やっぱり川って大事なのかな」
「そりゃそうでしょ! 対岸から一方的に攻撃できるんだから!」
「でもそれはこっちも同じじゃない?」
「最初から構えてるあっちのが有利でしょ!」
「あ、そっか」
一緒に行動するロアに色々と教えて貰いながら、カナタは遮蔽物から遮蔽物へと身を隠す。
ここはすでに前線よりも後方となっているラインだが、魔術の射程は侮れない。
さっきまで敵が陣取っていた村であり、まだ後退していない敵がいてもおかしくはない。
「カナタ! ノルマは!?」
「うーん……まだ……一応良さそうなのは見つけたけど、高いかどうかわからないや」
今日カナタが拾えた中に金目になりそうなものは少ない。
ボロボロの剣に矢の刺さった木の盾、白いハンカチに色褪せたネックレス、そして今被っている騎士の頭部甲冑くらいなものだった。
「微妙ね……剣と盾はお金にはならなそう」
「でも
「そんなゴミ知るかぁ! 銅貨一枚にもなりゃしないでしょうが!」
カナタにとっては戦場で唯一見つけられる自分の楽しみだが、これだけ
ロアはカナタの手を引っ張りながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「大丈夫……大丈夫だからねカナタ」
「え? う、うん」
「大丈夫大丈夫……私がちゃんと、ちゃんと……!」
自分に言い聞かせるように何度も何度も呟くロア。
カナタの手を握る力は強くなって、走る足は速く、カナタのノルマのためにと金になりそうな物を探す視線が忙しなく動いていた。
焦げ臭さに錆臭さが入り混じった匂いが呼吸を難しくし、燃えた家からたちこめる煙はそんなロアの必死さすら嘲笑うかのよう。
「ろ、ロア……ロアのノルマは終わってるんだろ? だったら、早く後ろに戻って……俺は俺で探すからさ!」
「駄目よ! あんた一人にさせらんない! 戻るなら一緒!」
「でも――」
瞬間――二人の視界が揺れ、轟音が耳をつんざく。
その正体は火属性の魔術。不運にも、カナタとロアの近くに魔術が着弾した。
二人の体は投げ出されて、土の味を舌で感じながらカナタは地面を転がる。
ロアと繋いでいた手はいつの間にか離れていて、カナタは急いで起き上がって服の袖で泥だらけのを顔を拭った。
きーん、と響く耳鳴りに不快感を表情をにじませながらも辺りを見回す。
幸い、魔術が直接当たったわけではない。
「あ……ぅ……! ぷっ! ぺっぺっ! ロア! ロア!」
「か、ナタ! カナタ! 大丈夫!? カナタ! 返事して!!」
二人は共に無事。しかし爆発音のせいで耳がやられているのと、遠くから聞こえる雄々しい叫びが子供の声をかき消してしまう。
煙で視界も悪く、互いの位置もわからない。
二人が互いを探している間も刻々と戦は続いていく。
「ロア!」
「カナタ……カナタぁ……! どこ……!」
互いを探していた二人の内、先に見つけたのはカナタのほうだった。
壊れた家の壁を背に、涙ぐんだ声で名前を呼んでいるロアをカナタは見つける。
同時に――
「っ!?」
飛んでくる魔術が視界に入った。
先程の近くに着弾しただけの魔術とは違い、明らかにロアへ直撃する軌道。
いや正確にはロアが寄り掛かっている家の瓦礫を狙ってのものだろうか?
どちらにせよロアが巻き込まれるのは間違いない。
(どうする!? どうするどうするどうするどうする!?)
一瞬、カナタの足は止まってしまう。
今のカナタには知る由もないが、先程近くに着弾したものもロアに向かっていっているものも他者の魔力を使う事で行われる"増強魔術"。
他者の魔力を練り込み、魔術の効力はそのままに規模を通常よりも大きくするもので、当然その規模に応じて破壊力も高くなる。
その魔術の大きさがカナタを恐怖させ、本能が足を止めさせた。
――このまま何もしなければ自分は助かる。
そんな誘惑がカナタの耳に聞こえた気がした。
自分の命より大切なんてものはないんだから。
力のない子供は、ただ見ている事しかできないのだから。
「ぁ……」
そう――母親が死んだ時のように。
「ちがう!!」
力のない? 力ならある!
カナタはごちゃごちゃとうるさい命惜しさの本能を振り切って叫ぶ。
「"
まだ素の状態では自信の無い魔力のコントロールを言葉を鍵に急がせる。
頭に魔術の名前が浮かび、湧き上がってくる魔力をカナタは感じ取った。
魔剣士であるカレジャス傭兵団の傭兵達がやるように
「ぅあああああああああああああああ!!」
半ば泣きかけている声でカナタはがむしゃらに駆け出す。
利口な理屈を振り返って走れば手に入る安全ごと蹴り飛ばしてロアのほうへ、つまりはこちらに向かってくる魔術に立ち向かうように。
これはかっこいいヒーローの華麗な救出劇などではない。ただの衝動だ。
この衝動がどこからくるものなのかカナタ自身もわからない――!
「ロアあああ!! 捕まってえええ!!」
「か、カナタ!? カナ――え?」
俯いていたロアがカナタの声に顔を上げる。
同時に、ロアも自分に向かってくる巨大な火炎に気付いた。
それは命を呑み込む激流のような。はたまた命を食らう口のような。
魔力を使えないロアでは逃れられないであろう死が体を硬直させてしまった。
「んだあああああああああ!!」
つい最近わけもわからず手に入れた力をきっかけに……カナタのわがままは年相応に爆発し、ロアが固まったその様子が走る足にさらに力を入れさせた。
「ぶ……はぁっあああああ!!」
「か、カナタ……!」
ロアがいた所を灼熱の火炎が通り過ぎる。瓦礫は呑み込まれ、燃えるよりも先にその威力によって破壊された。
先程とは違って爆発というよりも火炎の渦。あまりに近い死の温度を背中に感じながら、カナタはロアを抱える勢いのままその場から逃げ出した。
普通ならば絶対に間に合っておらず、ロアを抱える事もままならなかった。
魔力を扱ったからこその間一髪……その確信を手放さないかのようにカナタは強く、強く拳を握る。
「カ、ナタ……ありがとう、だけど……これ魔力で、だよね……何で使えるの……?」
「あ」
死から逃れた安心感からかロアはそんな至極真っ当な疑問をカナタにぶつける。
まだ十歳のカナタは体が出来上がっておらず、年上のロアを抱えるなど普通ならば難しい。ましてやそのまま魔術を
傭兵達を見ているロアならばその変化が魔力によるものだと気付いて当然。
カナタはロアを助け出せた
「俺、隠し事向いてないのかな……」
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