9.戦いが終わった帰り道に

「え、じゃああの夜から……?」

「うん、そう……」


 戦いが静まり、傭兵団に合流すべく歩きながらカナタはロアに今までの経緯を説明した。

 いつものように魔術滓ラビッシュの中にある模様をなぞっていたら突然頭の中に言葉が現れるようになった事、グリアーレにはばれていて魔力のコントロールについて指導して貰った事などなど。

 ロアはカナタから見せられた模様の書かれた石を手に取って注意深く観察する。寝袋を燃やした夜に木炭で模様を書き写していた石だ。


「これが魔術滓ラビッシュの中にあった模様なの……? これ絵? 文字?」

「正確には一部だけどね、色んな魔術滓ラビッシュの模様を合わせるとこうなったんだ……多分、文字だと思うけど読めなくてさ」

「この文字は読めないけど魔術の名前はわかるの……?」

「うん、ロアも頭に思い浮かんだりしない……?」


 ロアは色んな角度から石を見てみるも、せいぜい半円で未完成という事しかわからない。

 当然カナタのように頭に文字が思い浮かぶ事もなく、ふるふると首を横に振る。


「そっか……」

「あ、だから町でお頭にあんな質問してたの? 魔力がどうこうって……」

「そう、魔剣士なら何かヒントくれるかなってさ」

「何かカナタらしくないなって思ったらそういう……お頭に話してあるの?」

「いや、なんか……お頭は魔術師嫌いらしくて……グリアーレさんが黙っとけって」

「え、そうなんだ」


 周囲にはまだ燃えている木や砕けて転がっている家の壁だったもの、そして何度見ても慣れない倒れている死体を避けて二人はゆっくりと歩く。

 戦場だった場所で金目のものを探すのは戦場漁りにとっての日常……とはいえ、大丈夫かどうかは話が別だ。

 ロアの気分が悪くなって、二人は少し腰を下ろす。


「ハンカチ使う? 拾ったやつ」

「駄目よ……それはあんたが拾った奴だもん……。大丈夫よ、少し休んだらちゃんと歩くから……あ、これ返すわね……」


 差し出したハンカチを拒否されながら、ロアに模様を書き写した石を返される。

 カナタはこれを見せれば他の人も寝袋を燃やした夜のように言葉が思い浮かぶと思っていたがどうやら違うようで、自分だけが何故こうなったのかは謎のままだ。


「お頭は魔術師嫌いだから隠してるのよね……そもそも今のカナタは魔術師なのかしら……?」

「え、ど、どうだろ……? 正直よくわかってないんだよね、グリアーレ副団長に危ないからってあれから一回も使ってないし……」

「ふーん……」


 ロアは憔悴した様子ながらカナタのほうをじっと見ている。

 そのくすんだ赤髪は先程魔術の余波で転がったり、逃げ回ったりとしていたせいか泥で黒ずんでいた。


「他の魔術滓ラビッシュの模様も書き写したらもっと別の魔術も使えるようになっちゃうのかしら」

「え、どうだろ……こんな事初めてだったから自分でもよくわかってないんだよ。今までだって隠れて色んな属性の魔術滓ラビッシュの中を覗いたりしてたんだけど、その時は何も思い浮かばなかったし……模様を繋げたりしたからなのかな?」


 カナタが魔術滓ラビッシュを集めたのは二年前に初めて戦場漁りをした頃から。

 無気力だったカナタが唯一興味を持ったのが魔術滓ラビッシュであり……この二年、魔術滓ラビッシュを拾った際は中に書かれている模様を書いたりして遊んでいたのだがこんな事は起きていない。

 魔術滓ラビッシュが消えるまで眺めて、書き写して、消えかけるのを惜しむ。それの繰り返しだった。


「でも、そうなったら楽しいだろうなって思うよ。そりゃ急に火が出てきた時はびっくりして声もほとんど出なかったけど……出来るならやってみたいじゃない?」

「うん、そうね」


 カナタが満面の笑みを見せるとロアも笑い返す。

 しかしその笑みの中には少しだけ寂しさが混じっていて。


「……もしそうなったら、カナタは私がいなくても大丈夫になっちゃうわね」

「え、そう、なるのかな?」

「ええ、町でさっきだって……まるでカナタじゃないみたいだった」

「へへ……そうかな……」

「カナタは私が世話しなきゃって……思ってたのに」


 ロアは少し唇を噛んで、カナタが何か言う前にすくっと立ち上がる。


「さ! お頭達と合流しよ! ちゃんと荷物はある?」

「う、うん、大丈夫。ロア、その……」

「この事秘密、でしょ? 大丈夫、ちゃんと黙っててあげるわよ」


 カナタが荷物を背負っている間にロアは先に歩き出す。

 目指すは主戦場となっていた川の方角。カレジャス傭兵団が加勢したダンレス軍は見事勝利し、この地を奪還していた。


 川の流れる音や話し声などが聞こえ始め、カナタとロアは足を速める。

 見えてきた川は流れは緩やかで向こう岸まで大した距離があるわけではないが、敵の攻撃をさばきながらと考えると厄介な川幅だ。

 戦いに勝利したダンレス軍はすでに陣地を設営していて、カレジャス傭兵団も少し離れた場所ですでにテントを張っている。

 派手に設営されている陣地から少し離れた場所に張られているテントのほうに歩いていくと、見慣れた傭兵達の顔が見えてカナタとロアはようやく安堵した。


「む、カナタとロアか」


 走ってくる二人に一番に気付いたのは副団長のグリアーレ。

 カナタとロアに気付くとグリアーレはこっちに来るよう手招きしていた。

 いつもなら漁ったノルマを渡すために団長のテントのほうを指差されるはずだが、今日はどうやら違うらしい。

 他の傭兵もテントから外に出ていて、戦場漁りの子供達と一緒にいてこちらに手を振っている。

 どうしたんだろう、と走りながらもカナタとロアは顔を見合わせる。


「ざけてんじゃねえぞごらああ!!」


 すると団長のテントの中から怒号が聞こえ、突然の事にカナタとロアはびくっと立ち止まってしまった。

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