7.傭兵団の出立前夜

「今回の雇い主ずいぶん急ですね……到着して明後日に出発だなんて、貴族らしくないといいますか」

「なんでも、中央からもっと偉い奴が視察に来るんだとよ。しょうないきっかけで起きた戦の割に長引きすぎてるからかもしれん」


 夜の宿の食事スペースはさながら飲み屋のようにカレジャス傭兵団の面々がありったけの酒を浴びるように飲んでいる。

 団長であるウヴァルを合わせて九人のむさくるしい男達の樽ジョッキは渇く暇もなく、しかし会話の内容は仕事についてで気持ちよく酔っぱらっている風ではない。


「団長、今回の雇い主……ダンレス子爵だっけか? 今日話したんだろ? 信用できるんですよね?」


 傭兵の一人が聞くと、人一倍飲んでいるウヴァルは指を二本立てる。


「金払いはいいからな、追加でこれだけ貰ってる」

「一人銀貨二枚?」

「一人金貨二枚だ」

「はぁ!? 最初の報酬より多いじゃねえか!?」


 報酬ではなく追加でそれだけ貰えると知って傭兵達の酒がさらに進む……と思いきや、逆に止まっていた。

 金貨一枚もあれば家族がしばらく暮らしていけるほどだ。今飲んでいるワインとエールを一晩中どころか一週間飲んでも使い切れない。

 しかもそれが明後日の出立における追加報酬。明らかに相場より高い値段に傭兵達に疑心が生まれる。


「魔術学院出身って事は金はあるんだろうが……いくらなんでも払い過ぎじゃねえか?」

「そもそも報酬が一人金貨一枚だったよな? うちは戦場漁りもいるから一人分の報酬は多少少なくなっけどよぉ……さらに追加で二枚ってどうなってんだ?」

「さあな……わかるのは、よほど今回の戦を早く終わらせたいらしいってこった」


 ウヴァルは真剣な表情で樽ジョッキを空にする。

 すかさずエールを追加で注ぐが……泡立つエールをじっと見つめるだけで飲もうとしない。

 傭兵達ではなくウヴァルも今回の仕事について思う所があるのだろう。


「ひっひ! 視察で来るそのお偉いさんがよほどがこええのかね?」

「上にびびるのは貴族も俺達も変わんねえってことだな! あっはっは!」


 上司への愚痴染みた笑いをきっかけに全員の酒を飲むペースが元に戻る。

 ウヴァルも疑心ごと飲み込むように、注いだエールを喉を鳴らして飲み干した。


「おいおい、俺様ほどいい上司はいねえだろうが……毎晩酒を奢ってやってる優しい上司だぜ」

「いや団長は大した事ねえですけど」

「団長はどっか置いてけばいいしな」

「そのまま殺されてくれてもいいですぜ。俺達で傭兵団続けるんで」

「おいお前ら俺の事舐めすぎだろ」


 団長と部下の関係とは思えない酔っ払いたちの無礼講。

 酒の席での軽口など日常茶飯事であり、ウヴァルも部下にそんな事言われても怒る様子は無い。


「団長はいいですけどほら……グリアーレ姐さんはこええから」

「ちげえねえ! 姐さん怒らせたら酒全部戻す羽目になるからな!」

「あれは女の皮を被ったバーサークだからな!」

「あっはっは! そりゃただの魔物じゃねえか!」


 この場にいない副団長グリアーレの話題で盛り上がる傭兵達。

 ウヴァルも混じってげらげらと笑っていると、


「ふむ、そのバーサークが戻ってくるとは思わなかったのか?」


 豪快な笑い声を切り裂くように、流麗な声がその場を支配した。

 笑いはぴたりと止まりこちらに歩いてくるグリアーレと目を合わせる者は誰もいない。

 先程の豪快さはどこかへ消え、女児がコップから水を飲むかのようにちぴちぴと樽ジョッキに口を付けるくらい傭兵達は縮こまっていた。

 グリアーレはすっかり大人しくなった傭兵達の周囲をゆっくりと歩き回って、ウヴァルの隣へと座る。その間、誰も視線を合わせる事はできなかった。


「どうだウヴァル? バーサークが隣に座った気分は?」

「お、おいお前ら何してる! グリアーレに酒を注げ酒を! 気が利かねえ連中だな! はやくしろ!!」

「はい団長!!」

「姐さん! 肩お揉みしましょうか!」

「姐さんはワインっすよね!!」


 傭兵達は見事な連携でグリアーレを至れる尽くせりな状況にして機嫌をとる。

 よほどグリアーレを恐れているのか、このまま放っておいたら全員がかしずきそうな雰囲気だ。


「ど、どうだった? 戦場漁りのガキ達は? 様子見に行ってたんだろ?」

「やはり戦が長引いている事で不安を抱く子はいるな」

「今回は規模の割に特になげえからな、相手の魔術師がいい仕事しやがる」

「反面、肝が据わっているのか落ち着いてる子もいるのが救いか」

「そうか……」


 落ち着いている子、と聞いてウヴァルも一人心当たりが思い浮かぶ。


「落ち着いているといえば……何かカナタは変わったよな?」

「カナタってあの魔術滓ラビッシュ集めてるガキっすよね?」

「今日、雇い主の愚痴を言ってるのを見かけてな。ちょいと説教したんだが……いつも一緒にいるロアってガキを庇ったんだよな……」

「いつもはロアがカナタの世話してるイメージっすけど」

「おう、だから驚いたんだよな。魔術滓ラビッシュの事以外にあんま関心ないイメージだったからよぉ」


 ウヴァルから見て、カナタは子供らしくない子供というイメージだった。

 拾った時は物静かでノルマはこなし、言われた事には逆らわない。

 今でこそ魔術滓ラビッシュの事でからかうと子供らしい反応を見せるが、当初は子供らしい我が儘を全く言わず、|魔術滓ラビッシュを集め始めるまでは世話しているロアにすら心を開いていなかったように見えていた。


「グリアーレ、何か知ってるか? お前ガキの面倒見るの好きだろ」

「……いや? 町にいる間、女と酒を買う頭しかないお前達とは違って私は子供達の様子を見てはいるが……特に変わった事は起きていない」


 グリアーレはカナタが何故か魔術を使えるようになった事、今も魔力を感じ取る実験をしていた事を伏せながらも、普段からの怒りをあらわにする。

 その怒り自体は本物だったからか、誰もグリアーレの言葉を疑わなかった。


「やべぇ、副団長様まだお怒りだ」

「俺は団長に無理やり連れてかれてるだけです姐さん」

「あ、ずりいぞ!? 俺もです俺も!」

「団長の誘いはただの団員の俺達だと断り切れなくて。これが最近聞くアルコールハラスメントってやつに違いありませんぜ」

「お前らこちとら団長様だぞ! 切り捨てんのが早すぎんだろ!!」


 全員が酔っ払っている事に加え、グリアーレの機嫌取りに必死だったウヴァルや他の傭兵達は結局カナタが裏で何をしているのかを気付く事は無かった。

 二日後には戦場に戻らなければいけないカレジャス傭兵団の夜はこうして更けていく。

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