6.一応終わるまで見守ってくれていた

 その日の夜、同室の戦場漁りの子供達を起こさないようにカナタはこっそりと部屋から抜け出して宿屋の裏手のほうへと出た。

 裏庭には傭兵団の洗濯物やベッドのシーツなどがかかっていて、周りから裏庭がどうなっているかは見えにくい。夜ならばなおさらだ。

 ちなみに……傭兵団の洗濯物はロアの代わりの罰としてカナタがやらされたものである。


「"選択セレクト"」


 裏庭に出てきたカナタは数日前、自分の寝袋を燃やした魔術が頭に浮かび上がる前に唱えた文言を口にする。

 すると、同じように頭に寝袋を燃やした魔術が浮かび上がった。

 これを唱えれば数日前のように魔術を唱える事が出来るだろう。

 ……しかし、今日のカナタの目的はそれではない。


「何で、気付かなかったんだ……!」


 頭に浮かび上がる魔術の名が数日前の出来事が夢ではなかったのだと実感が湧き、カナタはつい笑みを浮かべる。

 同時に……カナタにその時の感覚が蘇ってきた。


「俺はもう、正解・・を知ってるじゃないか……!」


 グリアーレが教えたのは魔力を感じ取るための極めてポピュラーな訓練方法だ。

 決して非効率なわけではなく、イメージとして魔力と同じく体に流れている血液を利用するのは理に適っている。

 普通であればそうやって魔力そのものの感覚を掴んでいき、次にその魔力による身体強化を会得し、やがて魔術へと順に学んでいくのだが……カナタは違う。


 カナタは魔力の感覚を得るよりも、魔力による身体強化よりも先に魔術を行使してしまっている。


 それは効率や常識など、どこかへ吹っ飛ばしてしまうような習得方法。

 いうなればマラソンでゴールがスタート地点であるような矛盾だった。

 異質ゆえに才能のあるなしとは別の位置にある問題だが……それならそれでやり方はある。


「正直何も意味わからない呪文だけど……魔術が唱えられる状態って事は魔力は絶対あるって事だよな!!」


 魔術のエネルギーは魔力。であれば、魔術を唱えるという事は必然魔力を使っている事となる。

 通常ならば魔力を扱って魔術を唱えるというゴールを目指すが、カナタはその逆……突然出来るようになった魔術を扱える状態から魔力を感じ取ろうとしていた。


「……っ!」


 頭に浮かぶ魔術の名前がカナタの好奇心を煽る。

 何も無かった自分に突然生えた魔術の行使という万能感。

 何も理解せずとも一足飛びで自分自身を変えられるかもしれない誘惑をカナタは口を閉じて耐え切る。

 魔術滓ラビッシュからほんの少しだけ得ていた興味の源泉を抑え込み、カナタは基本を得る事を選んだ。

 ……やがて誘惑に耐え切ったカナタへの褒美が訪れる。

 胸の奥底から湧き上がっている何かの存在を、カナタは確かに感じ取っていた。


「これ、が……魔力……! はは、きもちわる!」


 突然現れて、体の中をくすぐるような感覚に笑いながら素直な感想を口にする。

 しかし、拒絶はしない。

 ようやく得られた魔力の感覚を逃さぬようにカナタはぎゅっと拳を強く握る。

 夜風の冷たさも、洗濯物がなびく音も今はカナタに聞こえない。

 ただただ、体の中を渦巻く何かを魔力と確信し切るまで、カナタは意識を体の中から離さない。


「っ! はっ……! ぁっ……! ぶはっ!」


 いつの間にか息を止めていたようで、カナタは息苦しさでふらつきそのまま地面に座り込む。

 夜の涼しさなど関係無く体中は汗ばんでいて、大きく息をすると同時に頭の中に浮かんでいた魔術の名前も消えていった。

 しかし、これだけは手放さないとその拳は強く握られたまま。


「逃がさねえ……!」


 体にあるのは確かに残った魔力の感覚。

 まだ自由にコントロールとまではいかないが、カナタは自分の中に魔力があるかどうかは確実に掴んでいた。

 それが多いか少ないかなど判断できるわけもないが、それでも進歩である事に間違いない。

 ウヴァルから偶然得た正解というヒント……魔術という正解から逆走するように魔力を感じ取るという方法は少々常識的では無かったが、これがカナタにとっての基礎であろう。

 

「よっし!」


 カナタは自分の思い付きが正しかった事に充足感を感じ取りながらガッツポーズをする。

 しかし、そんな喜びも束の間……干された洗濯物に混じって橙色の髪が揺れているのが視界の端に見えてしまった。


「…………」

「はっ! ぐ、グリアーレ……副団長……」


 カナタ自身魔力を感じ取るのに集中していて全く気付かなかったが……いつの間にか宿の壁を背にこちらを真顔で見つめているグリアーレがそこにいた。

 ようやくカナタが気付くとグリアーレはにこっと全く穏やかではない笑顔を見せる。

 反射的に、カナタはすぐに立ち上がって背筋をピンと伸ばした。


「ふふ、カナタ……励んでいるな?」

「は、はい……」


 そう言って無言で近付いてくるグリアーレの圧は凄まじい。

 怒られる事を覚悟して背筋を伸ばすカナタの耳をグリアーレはぎゅっと引っ張り上げた。


「裏庭から魔力を感じたかと思えば貴様というやつは……!」

「いだだだ!」

「明後日には出立だというのにどうして問題になりかねん事をするのだ!」

「ごめんなさいごめんなさい! 思い付いたらいてもたってもいられなくて……!」


 そもそもグリアーレが指導してくれたのは、魔術を暴発させて寝袋を燃やすようなトラブルを起こさせないため。

 なので魔術を唱える前段階から魔力を感じ取ろうとするのはカナタにとっては妙案であってもグリアーレからすれば本末転倒……ほとんど根拠のない実験に等しいのである。


「お前の魔術は未知数なんだ。万が一ここの洗濯物が燃えたら誰が! どう! 言い訳するんだ!」

「お、おへんなひゃい……」

「ったく……」

「いでっ」


 耳の次は頬を限界まで引っ張られるカナタ。

 つねられた頬は少々赤くなっているが、傷になるほどではない。

 まるで母親が子供を叱る時の仕置きのようで、口にはできないがカナタは少し嬉しかった。


「私を含めて魔力を感知できる者はいる……。他の者からウヴァルの耳に入ったらどうする……追い出されたいのか?」

「ご、ごめんなさい……」

「全く……昨夜についての話になったら私が魔力操作の夜練習をしたと話を合わせてやる……感謝しろ」

「グリアーレ副団長……!」


 呆れながらも口裏は合わせてくれるグリアーレにカナタは少し感動する。

 耳と頬を引っ張られた痛みもどこかへ飛ぶ勢いだった。


「早く戻れ。罰として明日の朝食は抜きだ」

「え」

「抜きだ!」

「は、はい! ですよね!」


 カナタはこれ以上の怒号をグリアーレから引き出さないように急いで部屋へと走る。

 グリアーレとて庇ってくれるからといって怒っていないわけではないのだ。

 口裏合わせのためかグリアーレはカナタは追わず、そのまま裏庭に残る。


「魔術から魔力を逆算したのか……子供というのは発想力があるというか何というか……」


 立場上、そして状況的に本人に言えなかったが……カナタが取った手法についてグリアーレはひそかに賞賛する。

 見本や正解から過程を辿るというのは無作為に探るよりも合理的と言える。魔力や魔術においてめちゃくちゃな順序ではあるが。


「意外に筋がいい……のか……?」


 自分の考えに自信が持てずグリアーレは首を傾げる。

 何せカナタのように魔術を扱うのが先というのは見た事無く……グリアーレ自身も判断がつかないのであった。

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