5.湧きあがる欲

「何か……ここってずっと戦ばっかりだねカナタ……」

「うん……」


 グリアーレから課題を出された翌日、カナタは新しい寝袋を求めて町へと繰り出していた。

 せっかく町まで戻ってきたが、領主の指示ですぐに戦となるらしい。

 戦場漁りとしては稼ぎ時ではあり、生きるためにはやらなくてはいけないが……それでも恐怖はある。

 カナタの隣で俯きながら歩くロアは特に、一向に終わらない今回の戦に嫌気が差し始めていた。


「道を開けよ! 領主様のお通りだ!!」


 大通りのほうから聞こえてくる声にカナタとロアが視線を向ける。

 横の小道を抜けて、ざわついている大通りへと抜けると、二人でも一目で高価なのがわかる豪奢ごうしゃな服を身に纏い、周囲を騎士で固めたふくよかな男性が馬に乗って大通りをゆうゆうと歩いていた。

 活気づいていた大通りは領主とその騎士達が通るために住民達が道を開けていて、普段とは違うざわつき方に変わっていく。


「皆の者安心するといい! この不毛な戦を終わらせるべくこのダンレス自らが出向いてやろうとも!」


 馬の上から領民に向かって手を振っているが……領民に歓迎されている空気でないのはカナタにもわかる。

 表向きは領主を歓迎しているように見えるが、ひそひそと領主への陰口がやたらと聞こえてくるからだ。


「領主……貴族様だね。私達の今回の雇い主のダンレス・ジャロス子爵」

「そうなの?」

「うん、近い内に戦線に出るって噂だったけど……本当だったんだ」


 カナタとロアは人混みの隙間から大通りをゆっくりと歩くダンレスとその騎士団達の様子を窺う。


「馬車も乗らずにこうやって大袈裟に登場して……戦場に出る事をアピールしてるんでしょ……。どうせ前線に出ずに後ろでうだうだやるだけなのにさ……」


 作り笑顔を浮かべながら民衆に手を振ってアピールするダンレスの姿にロアは舌打ちをする。


「何でわかるの?」

「戦が長引いてるの事を領民がよく思ってないから領主自ら出てアピールしようってんでしょ……。戦を仕掛けたのはこっちの領主で、その戦が長引いて物流とか安定しないんだから……そりゃ領主に怒りたくもなるわ」

「へー……ロアは物知りだなあ……」

「まぁ、ダンレス子爵は結構強い魔術師だから誰も正面切って言えないけどさ」

「え、そうなの」

「興味持つのそこ? ほら、杖が腰にあるでしょ」


 呆れながらロアが指を差す。

 手を振るダンレスの腰には剣と短い杖が差してあった。杖には宝石が施されているのか日の光を反射してやたらと眩しい。


「あの杖は魔術学院を卒業した人だけが持ってる魔道具……なんだってさ。グリアーレさんが教えてくれた事あるの」

「へぇ……確かに豪華だぁ」

「普通は記念品的な意味で飾るらしいけど、あの豚はわかりやすく優秀な魔術師だってアピールできるからその為に持ってるんでしょ……反感買ってる領民に変な手出しされないための威嚇よ威嚇……あー、やだやだ」


 大通りの中央を眺めながらそんな話をしているとカナタとロアの肩に手が置かれる。

 領主の陰口を吐き出していたからか、ロアはびくっと全身を震わせた。


「誰だー? 俺らの雇い主の悪口を言ってるやつは?」

「お、お頭……」

「びっくりした……」


 二人の両肩を叩いたのは昼間から酒の匂いをさせている団長のウヴァルだった。

 無精髭に古傷を刻んだ顔がこちらを覗き込み、ロアはばつが悪そうに目を伏せている。


「おいガキ……雇い主様に聞かれたらどうすんだ? 俺達はあれから金貰ってるってわかってねえのか?」

「ご、ごめんなさい……」

「俺達はああいうのから仕事貰って生活してんだ……聞こえるかもしれないようなとこで話してんじゃねえ」

「は、はい……ごめんなさい……」


 静かに説教をするウヴァルと目を合わせられずぶるぶると震えるロア。

 戦場漁りは傭兵団に温情で置いて貰っているだけの孤児ばかり。ロアもまた例外では無い。傭兵団の長であるウヴァルに見限られれば明日から路頭に迷ってしまう。

 ロアは追い出されるかもしれないという恐怖で目をぎゅっと閉じた。


「ロアは俺に説明してくれてただけだよ」

「んん?」

「か、カナタ……」

「俺が色々聞いたんだよお頭」


 そんなロアの横でカナタは真っ直ぐとウヴァルの目を見つめていた。


「ほう……へぇ……」


 そんなカナタをウヴァルは興味深そうに眺めている。

 ひとしきり観察し終わる頃には、領主ダンレスと騎士団は大通りを通り抜けていった。

 大通りは徐々に元の状態へと戻っていくが、三人はそこに留まったまま。


「ならお前が罰を受けるか?」

「うん、いいよ」

「次に手に入れた魔術滓ラビッシュを寄越せとかでもか?」


 ウヴァルの提案にカナタは一瞬固まる。

 カナタにとって唯一の趣味、戦場漁りをやる上での楽しみが突然天秤にかけられた。


「う……う……う……うん……!」

「かばった割にはずいぶん迷ったなおい」


 見えない抵抗があるかのようにぎこちなく頷くカナタの様子がよほど面白かったのか、ウヴァルは大声で笑いだす。

 周囲の町民が少しこちらに視線を向けたが、このくらいはどこも似たようなもので気にする者はいなかった。


「ったく、一瞬見直し掛けたが……お前が男らしくなるのはまだまだ先だな」

「俺は男だよ?」

「そういうこっちゃねえよ。まぁ、その意気に免じて罰は軽いもんにしてやる」

「じゃ、じゃあ魔術滓ラビッシュは大丈夫……?」

「前も言ったが、あんなゴミ頼まれたっていらねえよ」


 そう言い残してウヴァルは二人の肩から手を離す。

 ぶるぶると震えていたロアは解放された気分なのか、胸を撫でおろしていた。


「金払いのいい雇い主は絶対……どうしても我慢できないなら誰もいないとこでやれ」

「はい……」

「はい」


 そう言い残してウヴァルは再び酒屋のほうへと足を向ける。

 どうやらまだまだ飲む気らしい。


「あ、そうだお頭。お頭は魔剣士だけど魔術使えないの?」

「あん? 使えるわけねえだろ。魔術はお勉強したお坊ちゃんお嬢ちゃんが使うもんなの。俺様に学があるように見えるか?」

「じゃあ何で魔力が使えるの?」

「何だ急にそんな事聞いて……まさか、お前魔剣士になりたいのか?」


 違う、と言い掛けてカナタはグリアーレの言葉を思い出す。

 ――ウヴァルだけには絶対ばれないようにしろ。

 グリアーレの話によればウヴァルは魔術師嫌い……ここで違うと言えばカナタは自分の魔術の事について説明する流れになりかねない。

 ぎりぎりのとこで声を抑えて、カナタは再びぎこちなく頷いた。


「戦場漁りから傭兵に、ね……全く夢の無い話だこと……」

「あ、お頭!」


 ウヴァルは寂しそうに呟いて、カナタ達に背を向ける。


「手本になる奴がいたんだよ。正解を知って訓練すればそれだけ早い……ま、俺は天才だったからな。見りゃ十分だったってわけさ」


 そう言い残してウヴァルは酒屋の中へと入っていった。

 その背中を見送ると、ロアはカナタの袖をちょいちょいとつまむ。


「ごめんねカナタ……私のせいで罰だなんて……」

「いいよ、俺お頭あんま嫌いじゃないからさ」


 戦場漁りの子供達はその風貌のせいかウヴァルを嫌ったり恐がっている者も多いが……不思議とカナタは気になっていなかった。

 酔っぱらってだる絡みをされるのが玉にきずではあるが。


「……正解……?」


 カナタはウヴァルからのアドバイスを呟き、何か気付く。


「そっか!」

「え? な、なに?」


 今度はカナタに両肩を掴まれてロアは驚きで目をぱちぱちさせる。


「そっか! そうだよ! あ、でも怒られるかな……でもこれなら出来そうだし……」

「私の代わりに罰受けるのに追加で怒られるような事するわけ……?」


 不思議がっているロアを横目にカナタは抑えきれずにやりと笑みを浮かべる。

 魔力をどうやって感じ取れるのか。ウヴァルがてきとうにしたであろうそのアドバイスは確かにヒントになっていた。


「……こっそりやるか」

「うわ……あんたそんな悪い顔できるのね……」

「お頭も言ってたろ? 誰もいないとこでやれってさ……!」

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