回転寿司選手権

サクライアキラ

回転寿司選手権

 大輔は4年間のアメリカ生活を終えて、日本に帰ってきた。英語の先生と仲良かったことがきっかけで、日本の高校から直接アメリカの大学に進学した。元々は何度か日本に帰ってくるはずだったが、そこに未曾有の感染症が直撃した。渡航が禁止され、ようやく渡航可能になっても帰るタイミングを逃し、4年間一度もアメリカから出ることなく、ようやく今日日本に帰ってくることができた。


 空港に降り立った大輔は久々の日本の空気を確かめていた。どこに行っても日本語なんてほとんど聞けなかった世界からやっと日本語の世界に帰ってこれた。


「おかえり、お兄ちゃん」


 大輔にとっては見知らぬ高校生が待っていた。妹の美鈴のようだった。4年前は中学生だったが一気に大きくなり、一瞬誰かわからない。既に薄いながらも化粧もしていて、芋っぽさはなくなっていた。


 美鈴の隣には、白髪が増えたようにも見える父の徹、しわが増え少し老けた印象の母の晶子がいた。家族総出でわざわざ空港まで迎えに来てくれたらしい。


「わざわざ来なくて良かったのに」


「何言ってるんだ。留学してから4年も一回も帰ってこなかったんだ。迎えにも来るだろう」


「ごめんって」


「でも良かったわ、アメリカの大学卒業したんだもの、就職も安泰で安心だわ」


「私だって、もう高校卒業だよ」


「そっか、4年って早いな。本当に大きくなった」


「えへへ」


「それであのさ、話があるんだけど」


「とりあえず、後は駐車場で話しましょう。お父さん車出してくれたから」


「助かる」


 久々の家族再会だったが、4人の会話はテンポよく進んだ。



 4年前と同じ4人乗りの軽自動車、父が運転し、助手席に母、その後ろに大輔、隣に美鈴が座る。帰ってくるときの荷物はかなり大きめのスーツケースだったので乗らないことを懸念したが、さすがに大きいといえどもスーツケース1つだったので、向きを工夫することで余裕で入った。


「お兄ちゃん、お腹空いたでしょ」


「うん。帰ってきて日本食食べようと思って、あんま飛行機で食べなかった」


 アメリカでも和食のレストランはあるにはあったが、割と値段的にも高く、手を出せなかった。


「なら良かったわ。回転寿司とかどうかしら?」


「懐かしい、回転寿司とか久々に行くわ」


 鴨居家は1か月に1回外食に行くのが決まりだったが、その中でも7割を占めていたのが回転寿司だった。


「そうか、海外に回転寿司ないんだよな」


「まああるのかもしれないけど、俺の住んでたところの近くにはなかった」


「そうなんだ、なんか海外って損だね」


 別に回転寿司がないくらいで、損かどうか考えたこともなかったが、あった方が便利だとは思う。


「お母さん、ちゃんとLIVE3のあるところにしてよ」


「わかってるわよ、ちゃんと探してるから。でもあの機種新しいから、そう簡単には」


「晶子、最悪LIVE2でもいいからDRAGONは嫌だからな。あれに行くくらいなら行かないからな」


「うるさいわね。だったら、自分で調べたらいいじゃない。そんなこと言ってたら、どっちもないところ選ぶわよ」


「それだけは絶対やめて」


 さっきから何を言っているのだろうか。大輔は話がついていけない現状に少し焦りを感じていた。


「母さん、さっきから何の話?」


「ごめん、見つかった。ちゃんとLIVE3、しかも50台だって」


 晶子は興奮するようにそう言った。そして、大輔の声はかき消された。


「やばすぎない?50台って、やっぱり空港近くはすごいね」


「ネットで見た感じだと、国内最大級らしいわよ」


「晶子、場所案内してくれ」


 大輔は何の話か理解できなかったが、聞けずにいるままいつの間にか店に到着した。



 15時過ぎという時間で、土曜と言えども外食の店としては空いてくる時間ではあったはずだが、店内はほとんどのテーブルが埋まっていて混雑している。そして、かなりにぎわっている。ただ、にぎわい方がゲームセンターのようなにぎわい方で、ものすごく騒がしい。人の声はもちろん、機械の効果音がとにかくうるさい。


「なんだ、この空間は」


「もしかして、お兄ちゃん、SUSHI LIVE知らない?」


「何それ?」


「そっか、じゃあ楽しみにしてて」


 美鈴は教えてくれなかった。



 混んでいたが、数席空いていたようで、待ち時間なく席に着くことができた。テーブル席に、美鈴と大輔が並んで座り、向かいに父と母が座る。

 座って驚いたが、4年前と比べて回転寿司は大きく進化していた。


「寿司が回ってないんだけど」


 回転寿司のレーンは2列あるが、寿司が流れていなかった。


「お兄ちゃん、そんなことも知らないんだ」


「もう今は進んだのよ、回転寿司も」


「何と言ってもSDGsの時代だからね」


 もう頷くことしかできない。確かに4年前から回転寿司なのに寿司が回っていない場所はあるにはあった気がしたが、それ自体が売りになるほど珍しかった。それがいつの間にか当たり前になっていたことに驚く。そして、前まで中学生のただの芋の妹がSDGsという言葉を知っているにも驚いた。4年というのはここまで変わるものだと実感してきていた。


 ただ、最も大きな変化は、違うところにあった。


「このモニターって何?」


 各テーブルの一番前、レーンの上に32インチほどの大きなモニターが置いてあった。そして、そのモニターの上には小さいながらカメラが付いていた。


「そっか、知らないんだよね」


 美鈴は少し馬鹿にしたように笑う。


「始めればわかるから」


 美鈴がテーブルの上に置いてあったタブレットを操作すると、モニターには大きな効果音とともに「SUSHI LIVE3」と表示される。


「何これ?」


「いいからいいから、とりあえず挑戦するよ」


 父と母は早くしてくれと言わんばかりに強く頷く。美鈴はさらに操作し、画面上に突然手を振っている巨漢の男が表示される。美鈴、父、母は手を振って、お辞儀する。


「誰だよ」


「ちょっとお兄ちゃんも手振ってお辞儀して。失礼だから」


 巨漢の男も手を振ってお辞儀をしてきた。どうもリアルタイムでつながっているらしい。とりあえず、大輔も手を振ってお辞儀する。


 全く意味が分からない。


 回転寿司なんて回ってきた寿司を取って、あとはどうしても食べたいものを注文する。それだけの簡単な外食だったはずだ。それがゲーセンの機械のようなうるさい効果音とともに、突然巨漢の男とリアルタイムで繋ぐとは、一体これから何をするのだろうか。大輔はここに来て、一気に不安になった。


 モニターには大きな効果音とともに、「GAME START」と表示された。


 その途端に、上のレーンと下のレーンからマグロ、サーモン、はまちの2貫皿が、それぞれ4皿来る。ここからが連携がすごかった。

 美鈴が人と思えないような素早さで4人の前に置く。父は全員のマグロの皿にガリを素早く乗せる。母は全皿のネタに醤油をかける。この間、わずか8秒だった。


「いただきます」


 大輔を除く鴨居家3人がそう言って、食べ始める。もはや、「お兄ちゃん、遅い」とも言ってくれない。大輔も遅れて、「いただきます」と言って、ふとテーブルを見ると、いつの間にか熱いお茶と箸も準備されていた。


 なんなんだ、この家族は。


 4年前までの回転寿司でのことを全て覚えているわけではないが、少なくともこんな手際よく食べる準備をされていたこともなかったはずだし、何も聞かれないまま寿司が注文されてくることもなかった。


 どうなっているんだと思ったが、とりあえずまぐろを口に運び、久々の寿司を噛みしめていると、美鈴も父も母も既に4皿完食している。


「お兄ちゃん、遅い」


 さっき言われると思った言葉はようやく言われた。が、冗談としての言葉ではなく、本気の怒りの言葉だった。父と母も大輔の方を呆れて見ていた。

 大輔は急いで食べながら、チラッとモニターを見ると、巨漢の男の前には既に食べ終わり済みの10皿が置いてあり、箸を使わず両手でサバ2貫を口に入れている。


「うーわ」


 さすがにドン引きした。食べ方が端的に汚いと思った。別に食べ方を気にするタイプではなかったが、巨漢の汚い食べ方を見ながら、ご飯は食べたくないと思った。「モニター消そうよ」と言おうとしたら、美鈴がこう言った。


「これ相手スタッツ15だって」


 また謎の単語が出てきた。「おけまる水産よいちょ丸」的な若者のトレンド言葉だろうか。日本にいない分大輔はトレンドに疎かった。


「15はやばいな」


「私たち3人でやっとスタッツ8くらいなのにね」


 父も母もスタッツという謎の言葉を当然のように使っていた。どうも若者のトレンドではなかったらしい。


「なあ、さっきから何の話してるんだよ」


 大輔は4皿食べ終わり聞く。そうすると、同時にレーンからいくら、かにみそ、いかの2貫皿が4皿ずつ来る。


「やっと来た」


 美鈴が言って、さっきと同じように人間離れした素早さで皿を仕分けていたところで、モニターから「FINISH」という声が聞こえた。


「ああ、負けた。あいつ強すぎ」


 美鈴が悔しがっている。モニター上の巨漢の男はガッツポーズして喜んでいる。


「次行きましょう」


 母がそう言うと、美鈴がまたタブレットを操作し出した。


「なんだよ、これ。どうなってるんだよ?」


「そうだよね。説明しないとわからないよね」


「なんだ、海外だとないのか」


「あるわけないだろ、こんなわけわからないやつ。日本でしか流行ってねーよ。そもそもなんで知らない巨漢のおっさんと飯食わないといけないんだよ」


 これまで堪えていた言葉が一気に出てきた。大輔は少しすっきりしたが、強い視線を感じた。家族からはもちろん、隣のテーブル、それどころかレーンを挟んだ向かいのテーブルからも視線を感じる。


「なんだよ」


 美鈴は母の方を見る。「しょうがないわね」と言わんばかりに、母は言った。


「何も知らないのね。今や回転寿司は立派なスポーツなのよ」


 4年間会わないうちに、家族はおかしな方向に進んでいったらしい。


「何言ってんだよ、どうしたんだよ一体。ただ食べることでスポーツになるわけないだろ」


「お兄ちゃん、eスポーツってスポーツなの?」


「もちろん、あれはアメリカでももう立派なスポーツとして成り立ってるよ」


「じゃあ回転寿司は?」


 いや、一緒なはずはないだろう。


「なんだ、お前はいわば日本人の代表として留学していたのに、回転寿司がスポーツだってことを知らないのは、日本人の恥だ」


 父からキレられたのは人生で初めてだったかもしれない。弁護士の父は誰よりも常識人だったはずだ。その父まで変えてしまったのか……。


「ねえ、パパー。あのお兄ちゃんバカだよ」


「ゆうすけ、あんな人にはなっちゃダメよ」


 横のテーブルで見ていた小学生くらいの男の子と横のお母さんが大輔を見ながら、そんなことを言った。


「お兄ちゃん、もう回転寿司は日本の国技だよ」


「いやいや、相撲は?」


「2大国技だよ」


 そんな馬鹿なと思う。


「ネットで調べてみればいいよ」


 そんなわけないはずなので、スマホで国技を調べてみると、実際に国技は相撲だけでなく、回転寿司も追加されていた。


「うわ、まじかよ」


「とあるゲーム会社がダーツのオンライン対戦システムを回転寿司に応用しようと作ったのがこのSUSHI LIVEだ。できたときはお前のようにバカにするやつが多かったし俺らもそうだったが、その会社が作ったアニメ『回転寿司選手権』が大ヒットしてな。それから全国にSUSHI LIVEが徐々にできるようになってな」


 父の丁寧な説明で少しずつわかってきた。いない間に、こんなにも回転寿司界が進化するなんて思ってもいなかった。確かに「回転寿司選手権」というアニメは「SUSHI CHAMPION」アメリカでも配信されていて、かなり人気作品だったが、残念ながら大輔は一度も見たことがなかった。


「でも、それだけで国技には……」


「それに日本は世界的な漁業大国だろ。お前が留学に行ってる間に一時期風評被害で輸出できなくなって、国内でもあまり食べない時期があったんだ。そんなとき、国が最後に助けを求めたのが、SUSHI LIVEだったんだ。国技に無理やり認定して補助金を出すことになって、そこから爆発的な人気となった。補助金にあやかって、他のゲーム会社もこぞって似たようなものを出して、全国の回転寿司にオンライン対戦の機械が一気に普及した。その後、M&Aが繰り返された結果、今残ってるのがSUSHI LIVEとDRAGONだ。そして、今SUSHI LIVEもバージョン3になった」


 ようやく車の中での会話の意味がわかった。全て回転寿司の機種の話だった。


「これまでは何貫食べられるかっていうだけのスピード勝負だったんだけどね、それがこのLIVE3では新しい部門が入ったのよ」


 回転寿司がスポーツという時点でおかしな冗談としか思えなかったが、そこにも種類があるとはもはや笑えてくる。


「食べる順番などでの芸術点を競う芸術部門が楽しめるんだよ、すごくない?」


「なんだよ、寿司に芸術とかあるのかよ」


「それらの個人部門と団体部門で、全部で4種類の部門があるんだよ」


「なんだそれ」


「今日本人ならみんな挑戦してるよ。やってないなんてもったいないよ」


「そんな馬鹿な」


 そもそもこんな多様性の時代にみんなやってるなんて言葉、もはや詐欺以外で使われるとも思えなかった。


 ふと周りのテーブルを見ると、モニター越しにガッツポーズをしていたり、悔しがっていたり、モニターをたたいていたり、50枚以上の食べ終えた皿が置いてあったり、色々なテーブルがあることがわかった。さっき大輔のことを馬鹿にした男の子もそのお母さんと思しき人とともに、モニターに向かって手を振ってお辞儀している。


「うっそだろ」


 政策的な理由だけで、ここまで浸透する日本人の安易さに呆れる気持ちしかなかったが、もはやこの回転寿司をスポーツとして楽しむ人が大多数になっているという現実と、そんな圧倒的マジョリティーに反対することはできないとようやく大輔は悟った。


「せっかく帰ってきたんだから、日本文化楽しもうよ、ね?」


 そう言う美鈴の声に頷かざるを得なかった。


「せめてもっと落ち着いたやつやりたいんだけど」


「わかった、次芸術部門にするから」


 回転寿司のスポーツの芸術部門が何かわからないが、もはや何もわからないので、とりあえず頷いておく。


「そうだ、お兄ちゃんのセンスに任せてみてはどうかしら?」


「確かにアメリカ帰りの方が良いかもね」


 美鈴がタブレットを操作すると、今度はモニターに同じような年代性別構成の4人家族が表示され、手を振ってくれるので、こちらも手を振る。

 大輔は美鈴からタブレットを預けられる。


「お兄ちゃん、後お願い」


 芸術部門の意味はわからないが、とりあえず寿司を注文すれば良いということがわかった。わからない以上もう好きなものを頼もうと大輔は開き直った。



 最初の注文をすると、ゲームスタートといううるさい効果音と演出がモニター上でされる。

 初手はハンバーグ、ローストビーフ、鳥皮ポン酢が4皿ずつ来る。生魚をアメリカではあまり食さなかったため、少し魚を控えたいと思い、注文した。


 すると、父が突然声を上げた。


「これは、牛豚鶏のトリプルアクセル」


 確かに、牛と豚と鶏の3種類に意図せずなったが、何をもってトリプルアクセルなのだろうか。回転寿司だからというこじつけで3回転まではまだわかるが、半の意味は分からない。


「こんなの見たことないわ」


 母はそう言った。いやいや、誰でも注文するだろう。むしろ魚食べれない人にとっては結構オーソドックスな注文だと思う。


「普通に注文したんだけど」


「お兄ちゃん、見て」


 美鈴はモニターを指さしていた。モニターにはパチンコの確変演出のような派手な映像が流れる。そして、トリプルアクセルと大きく表示される。


「は?」


 さっきは父が勝手に名付けただけの寒いギャグかと思ったが、どうも公式らしい。おそらくフィギュアスケートの技名を参考にこの競技は作られたんだと察した。


 画面上には、大島家0pt、鴨居家0ptという表示が出ていたが、鴨居家にいきなり10万ptが加算される。


「なんだこれ」


「お兄ちゃん、すごい」



 続いて、大トロ、蜜柑ぶり、うにが来た。今度は魚系で一番おいしそうだと思ったものを注文しようとこの3つを選んだ。


「最高級皿のトリプルループ」


「高かったの?ごめん」


 嫌味にしか思えなかったが、どうも違ったらしい。昔は少しでも高い皿を頼むと怒られたが、今日はそうでもない。大輔には何の規則性も見いだせなかったが、母もトリプルアクセルとトリプルループの違いがわかるらしい。


 鴨居家にさらに5万pt加算された。



 サーモン、エビ、まかない軍艦が来る。いつも食べている寿司で今日まだ食べていないものをセレクトした。


「原価安い3点盛り」


「なんか損した気分だな」


 美鈴がフィギュアスケートの技名を言わなかったので、この芸術部門をわかっていないんだと思ったら、モニター上でも三点盛りという表示がされていた。ネーミングに統一性はあまりないらしい。


 鴨居家に3万pt加算された。



「これが最後な」


 そろそろお腹が限界だった。最後は軽く食べられるものとデザートということで、サラダ、もずく、大学芋が来る。

 トリプルアクセルとか言われるのかと思ったら、3人とも黙っている。


「何だよ」


 モニターに映っている相手の4人家族も固まっている。


 すると、モニターから割れんばかりの音が鳴りだし、「HAT TRICK」と表示される。


「お兄ちゃんすごい」


「おめでとう」


「やったわね」


 周りのテーブルの人たちがわらわらと集まってきて、拍手する。モニター越しの4人家族も拍手している。


「兄ちゃん、見直した」


 さっきの男の子も拍手していた。


「えぇ!」


「お兄ちゃん、センスあるよ。プロになれるよ」


「そうかな」


 褒められると嬉しくないわけじゃないが、いかんせんルールがわからないので、何とも言えない。


「このハットトリックって誰も出したことない組み合わせで、しかもAIが素晴らしいと判定したものしか出ないんだよ」


 まさかの芸術点はAIが判断していた。


「それにこれまでの注文の順番も考慮されるから、ハットトリックなんて出ないんだから、本当にすごい、お兄ちゃんおめでとう」


 時間は既に16時半になり、店内どころか外にまで行列ができていたが、全員大輔を見て拍手している。


 大スターにもなった気分だった。


 店長という名札を付けた40代くらいの男が出てきて、マイクを持ってきた。


「すみません、せっかくなんで一言もらえますか?」


 野球選手のヒーローインタビューさながらの雰囲気になってくる。

 断ろうと思ったが、もはや話さないと帰れる雰囲気でもなかったので、マイクを持つ。


「ええと、この度はありがとうございます」


 歓声が上がる。こうなってくると、テンションが上がってきてしまう。


「留学していたので、こんな回転寿司がスポーツになってるなんて何も知りませんでした。バカらしいなと思いながらやってましたが、意外に楽しいなと思ってきました」


 会場のボルテージが上がってくる。そうなってくると、こっちも思いの丈をぶつけるしかない。


「正直アメリカで留学して、実は何もなせなかった。ここで初めて言いますが、実は大学を卒業できませんでした。でも、今日こうして何かわからないけど、祝ってもらえてうれしいです、ありがとうございました」


 会場から歓声が聞こえてきて、家族から祝福される。


 そんなわけはなかった。さっきまでの盛り上がりは一瞬にして冷め、観客はシーンとしていた。


「お兄ちゃんどういうこと?」


「お前、卒業できてないってどういうことだ?」


「あんなに授業料高かったのに、どうなってるの?」


 さすがにごまかすことはできなかった。






 日本に戻ってきて1年が経った。


 大輔は大学中退ということで、就職できる会社はなかった。


 その代わりに、今横浜のとあるライブ会場のステージの真ん中にいた。


「回転寿司選手権決勝。鴨居大輔選手、現在100皿突破。最後注文するのは……、サラダ、もずく、大学芋……、鴨居スペシャルだーーー」


 実況の叫び声が響き渡る。大輔は観客に見せつけるように丁寧に食していく。

 最初に鴨居家に負けを付けさせた巨漢の男は隣で戦っていたが、机に突っ伏してしまった。


「勝者、鴨居大輔!」


 3万人の観客から大輔コールが湧き上がる。

 最前列には、美鈴と父、母が笑顔で見ている。


 就職できなかった大輔は、現在回転寿司のプロ選手として生計を立てている。

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