第4話 ナツヒコ君の真似をしても




「タイヨウ君ー!」


 隣の教室に行って呼ぶと、タイヨウ君が「どうした?」と返した。

 その途端、ざわっと一斉に皆がこちらを見る。

 ……と、いけないいけない。

 ゴホン、と咳払いして、私は前髪をかきあげ、声を低くした。


「おい、タイヨウ。今日のテストはどうだった?」


 ブハー‼

 突然、タイヨウ君のとなりに座っていたナツヒコ君が、飲んでいたモンドリを噴き出す。モンドリ特有の、甘い匂いが広がった。


「ああ、それなりに。ミヅキはどうだった?」

「俺は完璧だったんだぜ」

「そうか。……ミヅキさん」

「何だ?」

「ナツヒコはテストの話はしません、絶対に。あとテストの点数は最悪です」

「あ、そうなんだ」

「おいそれ俺か⁉ 俺の真似なんか!?」


 口元からモンドリをこぼしながら叫ぶナツヒコ君に、タイヨウ君が「汚いぞ」とたしなめる。

 

「すごいよミヅキさん! 今の声真似、ナツヒコにそっくりだった!」


 タイヨウ君のクラスメイトの女の子が、興奮気味に褒めてくれた。


「ミヅキさん、ソプラノなのに、そんなカッコイイ声も出せるんだね!」

「ふん、まあな。これでも中学校時代は男役やってたからな」

「ふぁー‼」

「やべえ。ナツヒコの声でキザなことされると、すげえ笑いが込み上がって来る」


 今度はクラスメイトの男子が、笑いをこらえながらやって来た。


「ちょ……その声で、『おやつ選びは実力行使だが……テストは直感行使なんだぜ?』って、チョコをワイングラスで持つ感じでやってみて」

「俺の‼ 声の‼ 肖像権ー‼」

「ナツヒコ。現時点で音声は肖像権に含まれないぞ」


 真面目な顔をして突っ込むタイヨウ君。

「いいからお前も止めろ!」とナツヒコ君に怒鳴られても、飄々とした態度で受け流していた。

 ……いいなあ。

 教室のざわめきが、一気に遠くなる。

 




「ど? 作戦うまく行ったでしょ」


 終業式まで残り三日。

 ハルコちゃんの言葉に、私は考え込んだ。


「うーん……ちょっとは敬語なしで喋ってくれたけど、クラスメイトの皆さんに囲まれて殆ど会話できないんだよね」

「まあ、あんたの見た目からして、ギャップがあるだろうね。中学時代知らない人間からしたら」

 

 ちやほやされたでしょ、と得意げに話すハルコちゃんに、私は思わず苦笑いする。確かにちやほやされたし、嬉しかった。


「……でも、やっぱりタイヨウ君は、ナツヒコ君と一緒にいるのが楽しそう」


 明らかに、リラックス度が違うんだ。

 気の置けない関係っていうか、遠慮なく話せる相手というか。

 いいなあ、あんな風に話せたらよかったなあ、なんて。

 ナツヒコ君の真似をしても、結局私に対してあんな態度を取ってくれるわけじゃない。

 私はナツヒコ君より長い付き合いのはずなのに、あの二人には時間なんて関係ないんだ。


 私がナツヒコ君なら、寒い中、私のために彼が待つこともなかったのに。

 それを嬉しいと思ってしまう自分に、「遠慮の無い関係」を求める権利なんてないのに。

 

「……ミヅキ」

「ありがとう、ハルコちゃん。作戦考えてくれて。でも、もういいや」


 胸はやっぱり痛くて、頭の中からこびりついて離れない。

 でも、こういう風に、誰かを自分の都合のいい方へ差し向けようなんて、やっちゃいけないことだ。あとナツヒコ君に申し訳ない。


 いいじゃん、敬語使われても。ナツヒコ君みたいに扱われなくても。

 タイヨウ君は、私のそばにいてくれるんだから。

 

 ……でも、さみしい。

 たったそれだけの感情が、私の頭をぐちゃくちゃにする。


「…………あー、そっかあ」


 ようやく自分のモヤモヤが何か気づいて、空を仰いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る