第5話 本当に不安だったこと






「劇、お疲れ様でした。とても面白かったです」


 人があまりいない帰り道、タイヨウくんがそう言ってくれた。


「王子と魔法使いが、王様をボコボコにするシーン、とてもナツヒコみがあって最高でした」

「ナツヒコくん、大活躍だったね」


 今度こそ肖像権を訴えられるかと思ったけど、「もう面白いしいいや」と諦められた。

 タイヨウくんが最後まで練習に付き合ってくれたから、隣のクラスの子たちがずいぶん楽しみにしてくれた。色んな人から、「良かったよ!」と言われて、嬉しかった。

 作戦は上手くいかなかったけど、いいこともあったな。やっぱり私、劇が好きみたい。

 もっと劇、やってみようかな。先輩たちからも、同級生の皆からも、「やろうよ!」って誘ってくれるし。

 だけど、その前に。


「タイヨウくん。もう、いいよ」


 公園前で足を止めて、私はタイヨウくんの方を見る。

 タイヨウくんの「え?」と言う言葉が、白い息とともに出た。


「もう、私のお世話、しなくていいよ。まだ、大丈夫とは言えないかもしれないけど。

 でも、これ以上タイヨウくんの時間を奪うわけにはいかない」


 依存しすぎてた。

 お母さんが死んで、ショックで、喉も通らなくて、タイヨウくんにたくさん心配をかけた。

 そう言えば、初めてタイヨウくんがスタバに行ったのは、私を励ますためだったっけ。

 本当に嬉しかった。あの日からご飯が沢山食べられるようになった。でも。


「タイヨウくんは、私の事より、タイヨウくんがやりたいと思うことに、時間を費やして欲しいんだ」

 

  ――本当は、その優しさが、さみしかった。


 対等な存在じゃなくて、可哀想な存在のまま見られている。

 ずっと私は、そこに負い目を感じていたし、いつ彼の手で終わるのか不安だった。敬語なんて、その不安の一部でしかなかったんだ。ナツヒコ君と楽しそうにしているタイヨウ君を見ていると、それを突きつけられている気分になった。


「……そう、ですか」


 タイヨウくんの顔は、強ばっていた。

 ……傷つけてないかな。不安になる。

 きっとタイヨウくんは、善意でやってくれていた。それをはねつけられたように思ったかもしれない。


「あのね、余計なお世話とか、そういうのじゃないんだよ。ただ、自分がずるいと思ったから」

「……ずるい?」


 どうしよう。

 ドキドキしてしまう。これで関係が終わってしまうかもしれない。

 ずっと、タイヨウくんがどこかに行ってしまうのが怖かった。あの家から離れてしまうのが怖かった。だから、ずっと可哀想な自分でいた。そうしたら、タイヨウくんはどこにも行かないと思ったから。

 でも、――ちゃんと終わりにしよう。


「私、タイヨウくんのことが好きなの」


 心臓の音が、頭の中でガンガンする。

 それぐらい、音はなかった。タイヨウくんは、何も言わなかった。

 後悔するな。

 沈黙に負けないように、心の中で何度も繰り返す。


 ……いや、でも沈黙長すぎじゃない?

 さすがに無反応すぎて、逆に心配になる。息してる?

 彼の目の前で手を振ろうか悩んだ時、はっとある可能性に気づいた。

 ――もしやタイヨウくん、これを告白だと思ってないのでは!?


「あのね!? likeじゃなくて、loveの方だからね!? 恋愛的な方!」


『友情オチ』とか、そんなラブコメあるあるな勘違いされちゃ困る! 二度やれと言われてできるほど、私のメンタルは強くないよ!

 そう言うと、ようやくタイヨウくんは動き出した。


 と言っても、しばらく目元を手で抑えていて、またしばらく固まっていたけれど。


「………………ミヅキさん」

「な、なんでしょう」

「俺のやりたいこと、やっていいですか」

「うん……うん?」


 ジャリ、と、公園の砂の音がした。 

 私なら五歩ぐらい歩かないと行けないその距離を、彼は三歩で詰め寄った。

 私よりずっと背の高いタイヨウくんが、少しかがんで私の目線にまで合わせてくる。

 長くて細いのに、ごつごつした関節を持つ指が、私の首と頬と耳を撫でる。

 口を開くと大きくて、噛むように私の口に寄せられる。

 濡れた感触が伝わったとたん、喉ぼどけが、ごくん、と動いた。

 

 きれいだと思った。

 自分には無い彼の体の部位が、とてもきれいだと思った。


 ゆっくりと、彼の顔が離れる。

 私の手は彼の胸あたりにあって、ものすごいほど早打ちする心臓がそこにあった。

 

「……ごめん」


 ――真っ赤になった顔と、急なタメ口に、顔が一気に沸騰した。

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