第3話 劇に参加


「どーしたら、私にタメ口使ってくれるんだろ……」

「何? タイヨウ君?」


 ハルコちゃんが、いちご牛乳をギューッと飲む。


「そんなの本人の都合なんだから、放っておけば?」

「それが! 出来ない!」


 目の前でタメ口で話しているタイヨウ君を見ると、胸がギューッとなってしまう。それは鈍い痛みとして、ずーっと頭の中を占めてしまうのだ。

 そう言うと、


「……これで無自覚か」


 ボソッとハルコちゃんが呟いた。


「え、何?」

「なんでもー。タイヨウ君、苦労するなーって」


 なんでタイヨウ君が苦労するんだろう。ハルコちゃん、たまによくわからないことを言う。


「ま、それはともかく。アンタ、終業式の劇に参加しない?」


 ハルコちゃんに言われて、私は顔を上げた。


「二学期は先輩たちが部活引退してさ、数が足りないのよね。お楽しみ会の一つだから、そんなに肩ばってやることでもないし。……アンタ、今も劇好きでしょ?」


 中学時代、私は演劇部に所属していた。けれど、お母さんの体調が激変して、私は最後まで部活をやることが無かった。

 高校に入ってからも、なんとなく、お父さんやタイヨウ君との時間が無くなりそうで入りづらかったんだけど。

 

「やりたい!」

「OK。先輩たちと相談してくるわ。放課後、演劇部でね」


 そう言って、ハルコちゃんはスマホを持ったまま教室を出た。

 演劇をまたやれるなんて。嬉しくて、そのままタイヨウ君の教室に凸った。


「タイヨウ君!」


 ざわ、と教室にいた人たちが一斉に私を見る。

 私、そんなに声大きかったかな。ちょっと恥ずかしい。


「……ミヅキさん?」


 ナツヒコくんと話していたタイヨウくんが、ビックリしたようにこっちを見た。


「どうしたんですか? 珍しいですね」

「あのね! 今日から、演劇部の練習に入ることになったの!」


 そう言うと、タイヨウ君はさらに驚いた顔をした。


「演劇……」

「あ、終業式でやるヤツね。別に演劇部に本格入部するわけじゃないよ」

「ああ、なるほど」


 腑に落ちたらしく、タイヨウ君の表情が和らぐ。

 

「でね、多分帰るの遅くなるから、先に帰ってて欲しいんだ」

「……そう、ですか」


 少し考え込むそぶりを見せてから、


「わかりました。頑張ってください」


 と言ってくれた。







 くたくたに疲れた。

 今回、脚本担当のハルコちゃんが私を当て書きしたという王子をやることになった。中学校時代は女子校だったから、身長もあって男役やってたんだよね。皆に褒められて懐かしくなっちゃって、つい調子に乗っちゃった。

 人の期待に応えるのは好き。人の期待を上回るのも大好き。

 王子と呼ばれるあの頃の私は、怖いものなんて何も無かった。

 

「すっかり日が暮れちゃったなー」


 暖房が切られた校内は、手がかじかむほど寒くて、薄暗い。

 ……なんだか、お母さんの診察を待っていた時を思い出す。心細くて、身体が思うように動かせなくて、寒いのか心が痛いのかわからないほど震えていた。

 正直、お母さんが死ぬ時より、余命宣告を受けた前後がしんどかった気がする。真っ暗な道を、手探りでずっと歩き続けなきゃいけない気がして、薄暗い廊下を歩くのが怖かった。


 昇降口は廊下よりほんの少し明るかった。

 自分の靴が入っている場所は、昇降口に一番近い場所だった。そこに近づいた時、ふと死角になるロッカーの側面に、誰かがいることに気付く。

 ……まさか。

 慌てて側面を覗くと、そこには、ロッカーを背もたれにして本を読んでいるタイヨウくんが居た。


「タイヨウくん!?」

「……あ、ミヅキさん」


 パタンと本を閉じてから、耳に着けていたヘッドフォンを外すタイヨウくん。

 彼が立ち上がると、女子の中でもそこそこ背の高い私でもすっぽり覆われてしまいそうだった。


「練習、お疲れ様です」

「ありがとうずっと待っててくれたんだよね!? 本当にゴメンね!?」


 慌てて手を触ると、めちゃくちゃ冷えていた。


「うわ冷たっ!! 今なら刺身も凍らせそうだよ!?」

「一応カイロ触ったりしていたんですが、あんまり役に立たなかったですね……」


 ネックウォーマーで鼻まで覆って、ヘッドホンで耳を保護しても、手袋はしなかったらしい。わかる。本読んだりスマホいじるには邪魔だもんね。

 私は近くの自販機であたたかいお茶を買い、彼に渡した。


「これ! 持ってて!」

「ありがとうございます……」


 ほう、とタイヨウくんの顔がゆるんでいく。それを見て、私もホッとした。

 タイヨウくんの性格的に、先帰ってて、と言っても、帰れなかったんだろうな。前、夜道は危ないと一緒にコンビニへ行ってくれたことを思い出す。

 それに私も、ついさっきまで心細かったのに、すっかり無くなった。


「……ふふ」

「どうしたんですか?」

「ううん。なんでもない。帰ろ!」


 私がそう言うと、はい、とタイヨウくんはうなずいた。

 昇降口を出ると、雪がちらほら降っていた。こりゃ寒いわ。さっきのお茶もすぐに冷めてしまうんだろうな。


「ところで、ミヅキさんはなんの役をするんですか?」

「私は王子様役だよ」


 クルッと回って、タイヨウ君の手をとる。


「『こんにちは、友よ! 今夜は素晴らしい夜だね』」


 いつもより低い声に、タイヨウくんが目を丸くした。


「どうかな? 王子と魔法使いの友情の物語なんだよね」


 王子の婚約者を探すためのパーティーが開かれるんだけど、そこに王様を恨む悪い魔女がやってくる。国の存亡をかけて、王子と魔法使いは力を合わせ、最後は魔女に同情した二人が王様をボコボコにする物語だ。


「そこは魔女を倒す流れじゃないんですね……」

「ハルコちゃん、悪役が同情すべき存在だった、みたいな話が好きだから」

 

 あと今はBLよりブロマンスがブームらしい。恋愛のように深く濃いウェットなつながりを持ちつつ、一つの目的に向かっていくアツくてドライなバディ関係が好きとかなんとか。


「でも、私ブロマンスはやったことなくてさ、男の子同士の友情っていうか、距離感がわからないんだ」


 中学校時代は、基本お姫様を助ける王子様の役が多かった。だから女の子が考える王子様を演じればよかったんだけど、今回は違う。


「リアルティが欲しいんだよね。だからタイヨウ君!」

「はい!?」

「演劇の練習として、私をナツヒコ君だと思ってやってくれないかな!?」


 私がそう言うと、タイヨウ君は目を瞬かせた。

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