第2話 私の家

 放課後、約束した通り、私たちはチェーン店のカフェに向かっていた。

 抹茶シフォンケーキを口に運んで、パア、とタイヨウ君が顔を輝かせる。

 

「ミヅキさん、これ美味しいですよ。半分あげますね」

「わ、わー。嬉しいなー」


 ……やばい。改めて気になる。

 なんでタイヨウ君、私にだけ敬語使ってるの⁉


「タイヨウ君!」


 我慢できなくなって、私は切り出した。

 勢いあまってテーブルを叩いてしまい、タイヨウ君が頼んでいたドリップコーヒーがとぷんとゆれた。

「どーして君、私にだけさん付けで敬語なの!?」

 そう言うと、タイヨウ君は目を丸くする。


「知り合って日の浅いクラスメイトならわかるよ!? でも私たち、今年で十年目だよね!? なんなら『親しき仲にも礼儀あり』から『礼儀』を取り除いて、一番ぞんざいに扱う存在だよね! 私にも敬語を使わないでフツーに話してよ!」



 言えた。高校に入ってから、ずっとモヤモヤしていたことを言えた。

 どばーっと勢いよく言ったため、肩で息をする。


「……ミヅキさん」


 タイヨウ君が、溜めていった。

 

「それは無理です」


 口元を押さえて、顔を青ざめさせる。


「ナンデー!?」

 私の声は、冬空に吸い込まれていった。






 その後、何事もなかったかのように卵とゴミ袋を買い、家に帰る。

 クリスマス一色に染まったアーケード。あちこちイルミネーションの飾りが張り巡らされ、広場には巨大なクリスマスツリーが立っていた。

 

 私の家は商店街の一角にあるのだけど、一階が喫茶店になっていて、お父さんが切り盛りしている。


「ただいまー」

「おー、お帰り」

「あらー、ミヅキちゃんとタイヨウ君、お帰りなさい」


 カウンター席には、近所のヨシコさんが座っていた。こんにちは、とタイヨウ君と口を揃えて言う。

 スン、とお父さんが鼻を鳴らして笑った。


「なんだ、また浮気したのかよ。うちという喫茶店がありながら」


 匂いでスタバ行ったことわかったのかあ。わが父ながら怖い。


「浮気って、スタバだもん。敵情視察だもん」


 私がそう言うと、「どうだか」とお父さんが苦笑い。


「タイヨウ君も悪いな、付き合ってくれて」

「いえ。夕食の準備してきますね」

「おう、頼むわ」


 お父さんにそう告げて、私たちは奥にある生活スペースに入る。


「お母さん、ただいま」


 和室にある、お父さん自作の棚に置いた遺影に、私は声を掛けた。

 お母さんは一昨年の十月に亡くなった。末期がんで、あっという間だった。

 お父さんも私も、とてもショックだった。それこそ、お父さんは店を休んでいたし、私はほとんどご飯を食べられなかった。

 立ち直れたのは、タイヨウ君のおかげだ。中学校に上がる前、隣県に引っ越したタイヨウ君だったけど、一年に数回は会いに来てくれたり、そうじゃなくてもSNSでずっと連絡を取っていた。だからお母さんが危篤だと話した時、すっ飛んで来てくれたのだ。

 

 それから、タイヨウ君は、私たちが立ち直るまでずっと一緒にいてくれた。

 受験生になって、「この高校に通いたいので、下宿させてください」と頭を下げられた時は驚いたけど、あれも私たち父子を心配していたんだろう。


 元々、敬語とため口が混ざったような喋り方をしてはいたけど。

 年上以外で、私だけに敬語を使うようになったのは、あの頃からだったと思う。



 そんな悲しみも大分癒えた、高校一年生の冬。

 ニンジンを刻みながら、私は先ほどのタイヨウ君の発言の意味を考える。

 顔が青ざめるほど無理って、何。それほどため口で話すのが無理ってこと? え、私嫌われてるの?

 でも嫌われてるなら、わざわざクーポン当たったって言ってカフェに誘う? 多分『付き合ってる』か『親友』認定される関係だよ。もう家でご飯食べて寝泊まりしている時点で、家族同然な関係だけど。


「……ねえ、さっきの話さあ」

「はい」

 たまねぎを剥きながら、タイヨウ君が相槌を打つ。

 ――私が嫌いってわけじゃないんだよね?

 そう聞くのは、なんだか重い感じがして、私は目を泳がせる。


「か、カレーと……肉じゃが、どっちにする……?」

「そうですね。今日は寒いし、カレーがいいです」

「りょー……」


 さっきまでの勇気はしぼみ、私は何も言えなかった。

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