最終話 雫の部屋で
ずっとこうしていたい気分だったけど、このまま路上でいちゃついているわけにもいかないので、気恥ずかしさを感じつつ、再び帰路に就く俺たち。
こうして一緒に下校するだけで、こんなにも幸せを感じてしまうのだから、どうしてもっと早くに行動に移さなかったのだろうと思ってしまう。
来年からは、登下校の時間を、雫となるべく合わせることを約束した。
俺たちはお互いに、てっきり友達と登下校を共にする約束をしていたものだと思っていたけど、実際そんな取り決めはなかったことを知った。
俺は隣のクラスの元中のヤツとたまたま一緒のタイミングになれば…といった感じだったが、彼女もまた、俺と同じだったらしい。
先約があるのならと遠慮してたけど、結局は友達と約束してたわけではなかったのに、お互いに気を遣っていただけだった。
友達も大事だけど、言うまでもなく雫のことだって大事だ。だから、登下校だって、できることなら雫と一緒に過ごしたい。
それにもし、途中で友達に偶然会えば、そのときはそのとき。そいつも混ぜて一緒に登下校すればよかっただけじゃないか。
もし友達とだけで登下校したくなったら、そのときだけお互いに連絡すれば良いってだけじゃないか。
なんて単純なことだったのだろう。
でも、つい昨日まではそれができなかった。
一緒に帰ろうなんて言ったら、みんなの目があるからって嫌がられると思ってた。
今日は一緒に帰りたくないなんて言ったら、それを機に誤解が生まれると思ってた。
でも、そういう遠慮や束縛がなくても心が通い合うような関係になれたんだ。そう思うと、なんだか誇らしい気持ちになった。
俺が雫のことを想っているのと同じくらい、いや、それ以上に、彼女は俺といる時間を大切に感じてくれていたみたいで。そのことが堪らなく嬉しかったんだ。
それに、雫に男として意識してほしいとか思いながら、雫のことは女の子と見ないようにしてて。
そういう俺の行動が、かえって雫を悩ませていただなんて……考えもしなくて。
だから、俺は……
―――雫の家の前に着いたとき、昨日はうやむやになってしまった彼女の誘いに、思い切って乗ってみることにした。
♢♢♢
!!!
―――結論から言えば、皆が想像するようなあれやこれやは起こりませんでした。
雫の親がいない、2人きりの空間で、ただ、一緒にテレビゲームをするだけ。
でも、それがとても楽しかった。
友達と遊んでいるのと何も変わらないだろ、って思う人もいるかもしれないけど、違う。
全然違うんだ。
部屋の中はきっちり整理整頓がなされていて、それなのに、少し落ち着かなくて。
友達の家なら簡単に腰掛けられるベッドの上に座るのにも、ちょっと抵抗があって。
彼女の隣でコントローラーを握っていると、優しくて甘い香りが俺の鼻をくすぐってきて……
無意識のうちに、俺は彼女の長い髪をそっと撫でていた。
それくらい、俺たちの距離は近づいていたんだ。
雫も全く抵抗しないし、そのせいで俺は左手をコントローラーから離していることを思い出すのが遅れて、勝負には不覚にも負けてしまった。
俺に触れられながらも最後までゲームをやり抜き、ひょうひょうとしている高篠さん。
それがなんか悔しくて……
―――だから俺は、雫をそのままベッドの上に押し倒して、そっと唇を奪った。
とうとうファーストキスの瞬間まで、雫は顔色1つ変えることはなかったが、よく見ると先程まではほどいた長い髪に隠れていた彼女の耳が、すっかり真っ赤に染まっていた。
本当はもっと照れた表情とかも見たかったし、ここからもっと……
可愛げがないからちゃんと甘える、とか言っていた数時間前の雫はどこへ行ってしまったのかな。
「わ、私……」
だが、俺の下で仰向けになった彼女は、乱れた髪の先を見つめるように目線を斜め下に落としながら、俺に何かを言いたそうにしていた。
それが何なのかは全く予想がつかなかったのだけど、俺はゆっくり彼女が話し出してくれるのを待つことにした。
「実は男の人が少し苦手だったの」
やがて彼女が口にしたのは、クラスの男子たちの憧れで、高嶺の花であった子の口から出るなんて、本当に予想外の内容だった。
「小さい頃、お母さんとお父さんがいつも喧嘩してて。お父さんの怒鳴り声が、怖くて、その…お父さんは家を出ていったけど、それでも、クラスの男子たちが大声で騒いでいるのとか聞いてると、つい無意識に身構えてしまって……」
それを聞いて、俺は慌てて雫の上から身を離した。
「ごめん、急に、その、強引に、えっと」
ああ。
俺は、前に進むとか言って、取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
そう悟った。
自分の欲望がまま、強引にして。
大切な彼女の心に、消えることのない傷を……
だけど、そんな俺に、彼女はそのままの仰向けの体勢で、俺の左腕を掴んだ。
「大丈夫。うん。だからちょっと緊張してたって言いたかったの……。きっと、顔が強張ってたと思う。自覚は、あるの。でも、違うの。嫌じゃなくて……ううん、それも違う。蒼真くんは、その、特別だから、嬉しくて……」
「……!!」
雫の言葉を聞いて、俺は……
自分の心臓が、どうしようもなく激しく脈を打ち始めて。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、雫は俺の左腕を、掴んでいた右手でぎゅっと引っ張って。
俺は雫に引き寄せられるようにして倒され、そのまま……
二度目の口づけを交わした。
自分のタイミングでした一度目とは違って……
心の準備が出来ていなかった俺は、見事に雫にお返しされて、なすすべなくやられてしまったのだった。
これからは雫のことをしっかりリードできるようになりたいな、なんて思いながら、今日打ち明けてくれた雫の過去を思えば、逆にヘタレで踏み込めなかったことは悪かったわけではなくて、結果オーライだったのかな、なんて思い、苦笑いを浮かべるのだった。
かつて一週間俺の告白が保留になった理由も、今思えばそういうことだったのか、と腑に落ちる。雫の無表情な返事は、俺のことを過剰に男として認識しないようにするための、彼女なりの心がけだったのだろうけど、今ならああはできないだろう。それを想像すると、どうしようもなく嬉しい気持ちが込み上げてくる。
そしてこの先も、俺との関係を進めていきたいと思ってくれている雫のことが、これまで以上に愛しくてたまらない。
急がなくていい。
焦らなくていい。
俺たちのペースでいいんだ。
……でも、何もせずにずっと気づかないふりをしていてはダメだって知ることができて良かった。
これからも、2人でゆっくり、歩んでいくと決めた。
【完結】クリスマスをぼっちで過ごすと思われてる俺、実は学級1の美少女と付き合ってます。あと足りないのは自信です。 よこづなパンダ @mrn0309
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