夕暮れの殺人
ナナシリア
夕暮れの殺人
「あの子、やばくない?」
陽キャ女子たちがげらげら笑いながら、クラス中に問いかけた。
だが誰も、なにも答えない。
なぜなら彼女の言葉は、問いかけという形式をとっていても決して問いかけではなく、ここでなにを発言しても変わることはないからだ。
だからクラス中の生徒は、揃って話題の中心となっている、陽キャ女子グループにいたはずの少女の方を見た。
彼女は顔を真っ赤にした。果たして彼女は怒りを堪えているのか涙を堪えているのか、もしくはそれ以外のなにかを堪えているのか。
「ワタシにどんな酷いことをしたと思う? なんとね、——」
彼女が外された少女を晒し上げるのを、僕たちは見ていることしか出来なかった。
でも。
「待って! それは、自分の責任もあると思う」
誰もなにも言わないし、なにも言わなくても誰も責めないというのに、僕の隣の平凡で平均的で大人しく真面目な少女は立ち上がった。
当然彼女は陽キャ女子の狙いの的にされてしまう。
「だってぇ、ワタシ弱いからぁ。誰かのせいにしないと、心折れちゃうぅ」
自分の弱さを受け入れられなくて、他人のせいにしてしまう陽キャ女子のことを、僕は心から軽蔑した。
しかし、甘く媚びるように言った陽キャ女子に、誰もなにも言わなかった。
それからの日々は、標的を僕の隣の少女とする苛烈ないじめが始まった。元から苛烈だったいじめは、日がたつごとにエスカレートしていき。
「えー、残念だが、階段から落ちた委員長は入院することとなった。見舞いに関しては、行かなくて結構だ。以上」
いじめのことなど欠片も知らないような担任教師が腹立たしく思えるが、僕だっていじめのことを認知しておきながらなにもできない。
それからしばらくして、僕の隣の少女の入院期間が終わった。いくら陽キャ女子でも、先生が病院を告げなかったのに特定することは出来なかったのだろうか、少女が登校する表情は入院する直前よりも少しだけ晴れ晴れとしているように見えた。
その、翌日。
彼女は上靴を履かずに教室へやってきた。まだ教員が誰もいない教室の中で、ひそひそと小さな笑い声がやけに大きく響く。
クラスメイトの中で数人は目を逸らし、数人は陽キャ女子たちの方を見た。教室へやってきた少女は、僕の目を覗き込んだ。
どうして僕の方を見るんだ、僕は君をいじめていないし、僕は――無関係だ。
僕は目を逸らした。
しかし、少女が僕の方を向いたのを見たのか、陽キャグループも視線を僕の方へ持ってきた。僕の方を見るな、僕はなにもしていない。
陽キャグループは僕の方を見てひそひそ話をした後、再び視線を少女の方へ戻した。
標的が少女の方へ再び移り変わったと感じて、僕は僕より先に隣の少女が選ばれて良かった、そんなふうに安堵してしまった。
だって僕だって、いじめられたくはないから。
僕はそれ以降なにもしなかったが、今日もいつもと同じように少女はいじめられ、いつもと同じように授業が終わった。
「イインチョー、放課後チョットイイカナ?」
少女はなにも言わなかった。
「イインチョー、ムシシナイデヨォ!」
陽キャ女子たちは示し合わせたかのように笑いあった。
それを聞いた少女は、なにも言わず頷いて教室から出て行った。なにをしに行くのか、気になった僕は彼女の後について行くことにした。
彼女はひたすら階段を登った。三階、四階、五階まで来てあとは屋上だけだと思ったが、彼女は階段を登り続けた。
僕はなぜ屋上まで行くのか、不思議になって、見つかってしまうかもしれないと少し躊躇ってから彼女と同じように階段を登ることにした。
授業が終わっただけあって、屋上は夕日によって紅く染められていた。
少女の姿はどこにあるのか、少し探して思ったより遠くに少女の姿があったから、僕は走り出そうとした。
身体が動かない。後ろを振り向くと、そこには陽キャ女子たちがいて、僕は道の脇へ自ら退いた。
少女は既に屋上の柵を乗り越えていた。
「やめ、て……」
僕は大声で叫んで彼女を止めるつもりで言ったが、僕の声はどこにも届かず、音となることもなかった。
陽キャ女子は彼女が柵を既に乗り越えているのを見てにやにやしていた。
「なに? 自殺アピールぅ? イタいよ、そういうの!」
陽キャ女子の言葉を無視して、彼女は前へ一歩、踏み出した。
彼女が落下する直前、僕の目は彼女の瞳を捉えた。
あまりの衝撃に、世界はゆっくりと進んだ。
彼女は、僕を恨みと憎みと怒りを込めて見据えていた。
僕はどこを見たらいいかわからなくなって、視界の端に陽キャ女子を映らせながら誰もいなくなってしまった屋上を染めた夕日を見た。
夕日も、僕に恨みと憎みと怒りを叩きつけた。
夕暮れの殺人 ナナシリア @nanasi20090127
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