ヴァレー・ラビット

@kyuuya

第1話

 飯が美味くない。体調が悪いわけでもないのに。今年度、23歳になった田中晴樹は同窓会のため、バイパス沿いの居酒屋に来ていました。が、ポテトすら食う気になれないのです。同級生たちが集まる場に、違和感があったのです。何も食べないまま、飲み会は終わりました。

 解散して、車に向かい、ロックを開けて、ドアを開いて乗り、エンジンをかけようとした晴樹を、

「待て!」

「うわぁ!」

車のフロントガラスを上から覗き込む、紺色の髪の学ランの少年に止められました。

「ディプレッション・コレクター!ヴァ・・・」

「うぉ!?」

そして少年は車に薄く積もっていた雪に足を滑らせ、車のフロントを滑り落ちていきました。

「大丈夫!?」

晴樹は車から下りました。

「大丈夫ス・・・。」

頭上に星が回っているようでしたが、何とか無事のようでした。晴樹は後部座席に少年を乗せました。というのも、彼には心当たりがありました。

「ヴァレーくんだね?ディプレッション・コレクターの。」

少年は頷きました。

ディプレッション・コレクターとは、ヴァレーとラビットという不思議な力を持つ男子高校生二人組の一人です。ヴァレーの本名は谷崎一郎、ラビットの本名は兎崎一郎です。町の人々の希望と絶望を集め、均衡が保たれているか、程よく戦い続けているか計測しています。絶望を集めているのがヴァレーです。町の広報で、その存在は地域の人々にも伝わっています。そして、ターゲットになるのは、今の晴樹のように落ち込んでいる人です。

「そんじゃあまず、お兄さんの家まで帰ってほしい。」

晴樹は車を走らせました。

「楽しかったスか?飲み会。」

「うん、それなりに。」

運転中は、自己紹介と今日の出来事について伝えることに費やしました。そうこうしているうちに、晴樹の住むアパートの駐車場に着きました。

「よし、じゃあ協力してもらいますね、俺のミッションに。」

そう言ってヴァレーは、助手席に乗り移りました。

「飲み会でどんな話しました?」

「・・・あんまりできなかった。」

「えー、勿体無い。せっかく集まったのに。話しにくいやつでもいたの?」

「明るすぎるやつに合わせるのが、ちょっと大変だったかな。」

「ウザいやついるじゃん。」

「悪いやつじゃないよ。周りまとめてくれるし、明るいのはいいことだし・・・。」

「無理すんなよ。人のこと全部好きになるなんて、人間には無理だぜ。」

「全部とは言ってない。少なくともあいつは・・・。」

「嫌いだろ。」

「・・・合わせにくいだけだよ。」

「そいつどんなだった?学校時代。」

「・・・陽キャだった。」

「ウザかったろ。正直に。」

「・・・あんまり言いたくないけど、当時の学校の治安って、すごく悪かったんだ。」

「ゆっくりでいいから、具体的に聞かせてくれ。」

「・・・俺のクラスは、先生のモラハラがきつくて、問題行動も多かった。」

「その調子。」

「嫌がらせもあった。特に、俺の友だちの神谷博之って子、ターゲットになりやすくて。それでもそいつは学校来て、勉強頑張ってた。ダメージ受けながら。」

「それって止められたよな。」

「・・・」

「あんたが止める選択もできたよな。」

「俺強くないんだ。話はここまでにしよう。夜も遅いし。」

晴樹は車から慌てて降りました。駐車場を出ようとしました。

「逃げんな。」

ヴァレーが晴樹の前に立ちふさがりました。しかも、宙に浮いているではありませんか。

「・・・許して・・・」

晴樹はもう、身体が動きませんでした。それもそのはず、彼は絶望に捕まって、抱きしめられていたのです。

「あんたがやったこと教えてやろうか。『いじめ』だよ。立派な虐待だよ。友だちのために動けなかった、いじめてる奴らと同罪なんだよ。あんたは博之さんに、一生消えない傷をつけた。」

晴樹の心臓がドクン、と鳴りました。すると、黒い霧状のものが晴樹を包み込みました。霧の中で、晴樹が着ているスーツやシャツが溶け、黒く輝く身体に、リボンのように再び巻きついてゆきます。スーツよりぴっちりとして、腕から残った布が伸びていました。墨のような涙が流れる両目は濃い黒のアイシャドウで囲まれ、唇にも深い黒がつきました。晴樹が完全に変身すると、黒い霧が晴れ、力無くヴァレーを睨んでいました。

「俺ハ、二度ト許サレナイ。生キテラレナイ。生キル価値モ、何モナイ!」

晴樹はヴァレーを捕まえようとしますが、ひょいとかわしてしまうのでなかなか捕まりません。

「オマエモ!ヒロユキモ!ダイキライダ!」

ヴァレーは試験管を持って、絶望を集め始めました。ヴァレーは絶望が試験管いっぱいにたまったところで、上からコルクで栓をした後、ぴったりのケースに入れました。そして誰かに電話します。

「もしもしラビット?イライラパワー回収完了だ。ぬくぬくパワーを、おっと!集めに来い。現在地は公民館近くのアパートだ。おう。」

攻撃回避の片手間に何やら連絡しました。

「生キラレナイ!生キラレナイ!キハハハハハハ!」

奇声をあげながら絶望を吹き出し笑う晴樹の攻撃は一向に止む気配がありません。ついにヴァレーはわざと捕まったふりをして、頭突きをかましました。空き地の草むらに落下する晴樹。起き上がってヴァレーめがけて飛び上がろうとした途端、誰かに捕まりました。白い髪の学ランの少年、ヴァレーの相棒、ラビットです。

「お兄さん、それくらいにしときな。」

ラビットが宥めますが、晴樹はギャアギャア言ってなかなか落ち着いてくれません。

「それでも生きたいんでしょ!?」

ラビットが叫ぶと晴樹はぴたり、と動きを止めました。

「あんたは分かっただけ偉いよ!いじめを水に流さないなんて、偉いじゃないか。きっと本当は芯が強いんだ。きっと、もっと上質に生きられる。」

晴樹はフッと意識を手放しました。ラビットの腕の中で、晴樹は白い霧に包まれて浄化されていきます。ラビットは試験管を取り出して白い霧を集め、コルクで栓をしました。

「いただきました。」

「いただきました。」

ヴァレーとラビットは、変身が解け、草むらに眠る晴樹にお辞儀しました。晴樹のポケットから車の鍵を出して、座席に寝かせると、ヴァレーが何やら書き置きを書いています。

「ちゃんと謝るんだよ。」

ラビットが言いました。

「もち。」

ヴァレーが返します。

「晴樹さん。本当に偉いね。いじめのことで、あそこまで悩んでくれるなんて。俺たちは悪い人にお仕置きするタイプのヒーローじゃないから。自分の醜さを分かってる人は偉いよ。」

「本当だよ。」

二人とも、自分達のミッションがあまり良いことではないことが、分かっているのです。わざと人間を傷つけて治す訳ですから。

 翌朝、晴樹は自分の車の中で目を覚ましました。鍵はドアのポケットに入っていました。そこには、


幸あれ


ディプレッション・コレクター ヴァレー

ホープ・コレクター ラビット


と印刷されたカードの裏に、


傷つけてごめんな

乗り越えたアンタは立派だ

V


と、少しワイルドな字で書いてありました。

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