第二話

 …ギリさん、カタギリさん!

 昼休憩後、午後一で片づけなければならない書類を前にしてなんとなくぼんやりしていると部下のチョウの呼びかける声が耳に飛び込んできてふと我に返る。

「あ、ああ何?」

「片ギリさん、今日なんか変ですね。朝からぼーっとして。なんかありました?」

「別になんもないよ。ただの寝不足」

「そうっすか、最近働きすぎじゃないですか?ちゃんと休んだ方がいいですよ」

 部下のチョウ野は黄色い羽根を優雅に広げ伸びをした。

「片ギリさんって休みの日なにしてるんですか?」

「休みの日?何してるかな。洗濯したり、掃除したりかな」

「ふつうっすね」

 チョウ野は部下のくせにちょいちょい失礼なことをいう。

 だが、こういうことを言っても彼が許されるのは持ち前の愛嬌ゆえだ。

「趣味とかないんですか」

「ないね」

「即答っすね」

「仕事が趣味みたいなもんかな」

「うわ、俺そういう上司嫌です」

「そういうお前は?休みの日何してるの?」

「カフェ巡りっす」

「…それ面白いの?」

「面白いというか空間が好きなんですよね。ああいうところいくと気持ちも切り替えられるんですよ。家と職場の往復だけじゃ、家に帰っても仕事と地続きな感じがして。ああいうリラックスできる空間って大事だと思うんです。自分が自分でいられる場所というか。休みの日はそういうところに行って好きなコーヒーを飲んでリフレッシュすると、いろいろやりたいこととか出てくるんです。行きたい場所とか、見たい映画や、読みたい本や、作ってみたい料理とかそういうのが次々湧き出てきて、そういうやりたいことをやるためにまた仕事を頑張ろうって思えるんですよ」

「ふうん」

「あれ、あんまり興味ない感じですか?」

「ないなあ」

「片ギリさんって新人の頃からそんな感じでした?」

「新人の頃はもうがむしゃらに働いたよ」

「ああ、それがいけなかったんですね」

「いけないってなんだよ」

「本当に自分が心からやりたいことだったらがむしゃらにやってもいいと思うんですよね。でも、それ以外のことでがむしゃらにやらなきゃいけないことなんて世の中にそんなにないと思うんですよ」

「上司の前でそれ言う?」

「片ギリさんが仕事をがむしゃらにやってきてそれで得られたものってなんですか?」

 俺ががむしゃらにやってきて得られたもの…信頼、社会的地位、安定…

「それと引き換えに失ったものってないんですか?」

「…」

「すみません。ちょっと生意気すぎました。俺、片ギリさんのこと本当に尊敬してるんです。仕事に本気の大人ってすごくかっこいいし憧れます。でも、俺はあまり強くないのでそんな生き方はできないから。片ギリさんみたいにバリバリ働けるようになりたいという気持ちもあるんですが、そうやって働いて自分をまた見失うのが怖いんですよね」

 チョウ野は三年ほど前中途採用でこの会社に入社した。

 以前の職場で一度体を壊したことがあると噂で聞いたことがあった。

 おしゃべりな彼なのに以前の職場での話は本人の口から聞いたことはなかった。

「まあ、体力も精神力もひとそれぞれ違うからな。それぞれのペースでやればいいんじゃないの」

「そうですよね。というわけで、片ギリさんも少し気分転換しましょう」

「急だな」

「最近の片ギリさんは働きすぎです。今度の休みちょっと付き合ってください」

「付き合うって、何に?」

「“アリとキリギリス”のライブに行きましょう!」

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アリとキリギリスとキリギリス 凪 志織 @nagishiori

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