アリとキリギリスとキリギリス

凪 志織

アリとキリギリスとキリギリス


 僕はキリギリスを尊敬していた。

 自分の好きな音楽でたくさんの人を楽しませて、わずかな収入でも文句ひとつ言わず、自分の境遇を嘆くこともなく、他人と比べず、ただただ自分の信じるものと向き合っていた。


 それゆえ、僕は彼に少し意地悪を言いたくなった。

「金にならない音楽なんかやって何になるのさ」「だいたい君の音楽はみんな似たようなものばかりなんだよ」「音楽のパターンはもうとうの昔に出尽くしているのさ。君がいくら頑張ったところで新しい音楽はもう生まれることはないんだ」


 いつも陽気なキリギリスが何も言わず悲しそうな眼をしたので僕は嬉しくなった。

 それからキリギリスの姿をみかけなくなった。

 少し言い過ぎたかなと胸が痛んだが、これでキリギリスが音楽をあきらめてまじめに働くようになればそれはそれでよいことではないか。そう自分に言い聞かせ、仕事帰りいつもの風見草の下を通りかかった時、群衆が出来ていることに気づいた。


 奥から聞き覚えのある歌声がする。

 群衆をかき分けその先をのぞき込んだ。


 キリギリスはアリとデュオを組んでいた。


 彼らの足元には段ボールで作ったチープな看板が立てかけられ『アリとキリギリス』と書かれていた。

 相変わらず音楽以外センスのないやつだ。

 あの頑固で真面目なアリをどうやって口説いたのかはわからない。だが、そんなアリを仲間に加え新たな音楽に挑戦するあいつのことを同じキリギリスとして僕はすごいやつだと改めて思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アリとキリギリスとキリギリス 凪 志織 @nagishiori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ