アリとキリギリスとキリギリス

凪 志織

第一話


 俺はキリを尊敬していた。

 彼は自分の好きな音楽でたくさんの人を楽しませて、わずかな収入でも文句ひとつ言わず、自分の境遇を嘆くこともなく、他人と比べず、ただただ自分の信じるものと向き合っていた。


 それゆえ、彼に少し意地悪を言いたくなった。

「金にならない音楽なんかやって何になるのさ」「だいたいお前の音楽はみんな似たようなものばかりなんだよ」「音楽のパターンはもうとうの昔に出尽くしているのさ。お前がいくら頑張ったところで新しい音楽はもう生まれることはないんだ」


 いつも陽気なキリが何も言わず悲しそうな眼をしたので俺は嬉しくなった。

 それから俺はキリをみかけなくなった。

 少し言い過ぎたかなと胸が痛んだが、これでキリが音楽をあきらめてまじめに働くようになればそれはそれでよいことではないか。そう自分に言い聞かせ、仕事帰りいつもの風見草の下を通りかかった時、そこに群衆が出来ていることに気づいた。


 奥から聞き覚えのある歌声がする。

 群衆をかき分けその先をのぞき込んだ。


 キリはアリとデュオを組んでいた。


 彼らの足元には段ボールで作ったチープな看板が立てかけられ『アリとキリギリス』と書かれていた。

 相変わらず音楽以外センスのないやつだ。

 あの頑固で真面目なアリをどうやって口説いたのかはわからない。だが、そんなアリを仲間に加え新たな音楽に挑戦するあいつのことを同じキリギリス族として俺はすごいやつだと改めて思った。

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