第十二節 第十二話 誤算

 ユミは笑顔を張り付けたまま抱いていた子――ハリ――をクイに差し出した。クイは黙って我が子を受け取る。

 そして、未だ顔を真っ赤にしていたキリの背後に回り込み抱きしめた。これは私のだ、誰にも渡さない、とでも言うように。

「……何をしているんです、ユミさん?」

 クイにとって予想通りの反応ではあった。しかし、ユミを説き伏せてこその対話である。成果が現れるまで手を尽くすべきなのだ。

「何をって、私はこれからキリを連れてウラヤに帰るんだよ?」

「それを許すわけにはいきません。孵卵でもないのに少年を村から連れ出すわけにはいかないのです。アサさんもおっしゃっていたでしょう?」

 

 これまで考えることを避けてきたが、キリがいなくなったことについて、ラシノではどのように対処されているのだろうか。

 さすがのアイでもキリの失踪について、ラシノに駐在する鳩へ報告しているはずだ。そしてその鳩からトミサへと情報は伝わる。

 クイが懸念しているのは、キリの行方不明について自身の責任を問われることだ。

 言ってしまえば、1人の少年を誘拐して来たのだ。真実が露呈すれば、鳩の縛めに従い烏の烙印を避けられない。

 

 また同様に、クイとヤミが孵卵の試験監督に出たきり、一向に帰ってこないことについてはどう思われているのだろう。

 トミサの視点に立った時、キリがいなくなったこととクイらが戻らないこととを結びつけることはできるだろうか。

 

 本来ならユミとミズとともに帰還した時点で、ウラヤに駐在する鳩へ報告するべきだったのだが、それを意図的に行わなかった。ヤミが人質に取られていたため、なるべくことを荒げたくなかったからだ。

 しかし、それは問題と向き合うことを先延ばしにしただけであり、いずれは報告せねばならない。

 保身、と言うと聞こえは悪いが、避けられる厄介ごとは避けるべきである。ましてや新しく守るべきものが出来た。もはや自分の身は自分だけのものではないのだ。

 

 少し考えを巡らせるとキリがいなくなったことについて、クイの関与が疑われる可能性を否定できないという結論に至った。

 不可解な事象が2つ同時に発生した時、その因果関係を追究することで合理的な真実に辿り着く場合があるのだ。

 アイはキリの失踪についてどのように報告しただろうか?

 親になった身で考えたくないことではあるが、アイにとって大事なものはキリよりユミなのだろう。

 ユミの姿を誰にも見せようとしなかったぐらいなのだから、ユミがラシノに辿り着いた時点で鳩への報告は行っていなかったかもしれない。


 しかし、そのユミがいなくなってしまったのだから話は変わる。きっと狂ったように娘がいなくなったと触れ回るだろう。キリのことは差し置いて。

 そしてそれを見た鳩は、アイが狂ってしまったと思うのではないだろうか。いるはずもない娘がいなくなったと言い、虐待の末に失われた息子のことを悲しみもしないのだから。

 ここまではクイの想像でしかないが、不可解なことが起きていると思われるのは間違いないだろう。

 アイがユミの身体的特徴などを語りだせば、不可解にも長引いている孵卵の受験者が、ラシノに辿り着いてしまったと考える者もいるかもしれない。

 そしてユミがキリを連れ出したことが明らかになれば、その責任はクイへと向かうのである。

 

 クイは認めてなどいないが、ユミはキリをトミサへ連れて行くため鴛鴦となり、家族となった。

 ユミは勘違いしているようであるが、家族と言えどトミサへ連れて行くことができるのは17歳を超えた者だ。すなわち、帰巣本能が目覚める可能性の失われた成人のみが移住を許される。若年の者が出身の村からトミサへ向かう過程で森に入り、帰巣本能の発現するような事態は避けねばならないのだ。


 孵卵のみが帰巣本能に目覚めることのできる機会である、と鳩の縛めに定められている。それ故、どこの村でも少年少女は森に入ってはならないと強く言い聞かせられるのだ。

 理想的には、クイへと責任が向く前にキリが森に立ち入ったと言う事実をなかったことにしてしまいたい。

 

 そのためにはこれからキリをどうするかだ。

 ユミの望み通りウラヤへ連れて帰るか、本来あるべくようにラシノへ帰すか。

 いっそウラヤに連れて帰ってしまうというのも1つの手段ではあろう。ばれずにキリをウラヤに隠し通すことも可能かもしれない。

 とは言え、事実は消えないものだ。ばれなければ問題ないという考えは、ばれたとしても笑って済ませられる程度の状況でもないと適応すべきでない。

 クイがユミの孵卵を妨害しようという発想に至ったのも、同じく浅はかな考えに由来するものであり、その結果がこの現状だ。とても笑える状況ではない。

 キリの隠匿に関しては、ばれれば烏の烙印ものだ。

 

 確かにウラヤはマイハの存在から、行き場のない赤子を隠すにはうってつけの場所だと言えるだろう。すなわち、ハリを隠すのには都合が良い。

 しかし、11にもなる少年ではやはり無理がある。キリを移住させたという事実はいずれ露呈する。そうならないようにせいぜい時間を稼ぐまでだ。それは多くの人を巻き込むことになるだろうし、秘密を共有する人物が増えるとも言える。

 それよりかはキリをラシノへ帰し、ある程度の事実を明るみに出してしまった方が賢明だろう。秘密を抱えるのはキリだけだ。ユミのためなら彼は口を固く閉ざすはずだ。

 キリが帰巣本能に目覚めたのではと疑われるかもしれないが、それはアイの監督不行き届きが原因とされるだろう。クイの知ったことではない。

 

「キリをラシノに帰せって言うならさー、鳩なんだからクイが帰してくれば?」

 ユミが挑戦的な眼を向けてくる。

「ええ、それもそうですね。しかし私にはそれができないのです。私はウラヤの鳩なので」

「じゃあ、どうしようもないじゃない。私だってウラヤの生まれだよ。帰巣本能? そのおかげでもうウラヤには帰れるよ」

 やはりか、とクイは思う。

 

 ユミはできると言ったことはできる少女だ。散々イチカを拠点に彷徨っていたくせに、今となってはウラヤへ帰れると言い出した。

 クイはユミの異常な能力について理解し始めていた。信じ難いことではあるが、眼の前で見せつけられたのだから認めるしかない。

 ユミは森でこのように歌っていた。

 

 ――歩いた道のりにクイを打ち 明日を選ぶ

 

 まさか自分の名前が鍵になるとは思わなかった。

 

 ユミは、歩いた道のりを覚えている。


 森であろうと関係ない。まるで杭で目印を打ったかのように道を覚えている。

 これまでウラヤに辿り着けなかったのは、孵卵の開始時に眠ったまま森のどこかへ運ばれたからだ。

 ケンの文を届けるという名目でクイを先導させウラヤまで辿り着き、その過程で道のりを覚えた。それが故にナガレへの往路を切り開くことが出来たのだろう。

 まさに、森を迷わず歩ける存在だ。


 ユミのやったことは一見不正の様にも感じる。他の一般的な受験者が同じことを試みたのならば間違いなく不正だ。不正らしく再現性がない。合格を勝ち取ったとして、いざ鳩の業務を任せられて困るのは本人だ。

 しかし、ユミの場合は話が変わる。今後ユミは、ナガレからウラヤまでの道のりを歩くことが出来る。不正のようだが、森から生まれた村へ辿り着くという孵卵の合格条件を満たしてしまう。あの時「これで合格だ」と発言したのは、自身の能力と試験の本質を見抜いていたからなのかもしれない。

 

 何よりユミの能力に拍車をかけているのはあの対応力だ。

 ケンの文を届けろ、という依頼からどこまで先が読めていたのだろう。

 道を記憶に刻み、赤子の取り上げ方を学び、ことが済めばウラヤへ戻り合格を勝ち取る。

 殺伐としたナガレの状況下でここまでの絵図を描いていたのならば末恐ろしい。


 しかし、ユミにも大きな誤算があったようだ。

 クイに道を案内させたことにより、その能力がユミにとって不都合な点を露呈させてしまった。

 

「しかしユミさん、ラシノへの帰り方が分かるとおっしゃいませんでした?」

 ユミを動揺させるためにクイは言い放った。本当はラシノの生まれなのではないかと。

 確かに、ナガレへの往路でユミは「ラシノへの行き方が分かる」と言った。自らがまるでラシノの生まれであることを宣言するかのように。本人はそれが嫌であるにも関わらず。

 今ではその言葉の意図が分かる。

 ラシノへは自分の足で踏み入ったからその道のりを覚えた。そのため自分の意志でラシノまで辿り着ける。ラシノへの帰巣本能に導かれていないのだから、自分はラシノの生まれではない。そう言いたかったのだろう。

 

「ラシノへの帰り方が分かるだと!?」

 意に反して、口を開いたのはケンだった。

「お前、ウラヤの生まれなんだよな?」

「そうよ! ラシノなんかじゃない!」

 ユミも動揺はしていたようだ。

「それでヤマ先生に育てられた?」

「私にはお母さんがいるもん! 確かに先生には色々教わったけど……」

「……お前、一昨日ソラって言ったよな?」

「言ってない!」

 

「ほんぎゃあ! ほんぎゃああああああああああああ!」

 

 張り詰めた空気をかき消すかのようにハリが起き出した。

「おお、よしよし……。ごめんな、ハリ。……お願いですからあまり大きな声を出さないでください。」

 クイがユミを睨み、抱えていた我が子をあやす。

「ごめん」

「すまん」

 2人が肩をすぼめて謝る。


「とにかく、私はキリをラシノなんかに帰さないから」

 決意を新たにクイを見据える。


「だめだよ……、ユミ」

 ずっとユミに抱きしめられていたキリが口を開く。

 

「母さんを支えないと……」

 

 ユミは訳が分からないと言う表情を浮かべ、キリの拘束を解いた。そしてゆっくりとキリの前へ座り両肩を掴む。

「どうしたのキリ? お腹でも痛いの?」

「それが父さんの願いなんだ……。僕と母さんが仲良く暮らせるようにって……」

 一体、今更何を言い出すのだろう?

 これまで2人でウラヤを目指して歩いてきたではないか。アイのことなど忘れて。

「ユミのためでもあるんだ……」

 キリの言葉は的を得ている。ウラヤにキリを連れ帰ったところで、一緒に暮らすどころかユミは誘拐に相応する罰を受ける懸念があるのだ。

「どうして私のためになるの?」

 しかしユミには分からない。鳩の縛めなどのだから。

 ユミに分かるのは、ナガレに来て何かがキリを変えたと言うことだ。

 

 その何かに思い当たり、ユミはケンを睨みつけた。

「すまない。だが、本来そうあるべきだ。」

 ケンが伏し目がちに言う。

「私……、余計なことしないでって言ったよね……」

 ハリを気遣ってか声は落とされていたが、少女とは思えない凄味がある。

 ユミは立ち上がり、胡坐をかいたケンのすぐ正面へ対峙した。


 ――偽りのアイから逃れて ケンを折る

 

 ケンは折れてなどいなかった。ならば今からでも折ってやる。

 

「バカ」

 ユミは拳を作りケンの胸を打つ。

「バカ、バカ、バカ、バカ……」

 ケンの胸をぽかぽかと繰り返し叩く。

「やめてくれ……、手加減ができなくなる……」

 ケンはそういうが、ユミの打撃にはケンを本気にさせるほどの力を持っていない。

 

 岩のように硬いその胸を叩きつかれ、ユミはキリに向き直る。

「キリのバカ」

「ごめん……、ユミ」

 キリの顔が曇る。

 

 ――そうだよね。キリはバカだからアイの元へ行きたいんだよね。


 ソラでもユミでもなく、あろうことかアイを選んだ。

 

 ――バカだから私のこと嫌いになっちゃたんだ。私もバカな子は無理かな。


「キリなんて嫌い」

 キリの眼がじわっと熱くなる。

 

 ――嫌いな子に嫌いって言われても悲しくなんかないよね。


「大っ嫌い!」

 キリは耐えきれなくなり、大粒の涙が零れ落ちる。

「ユミ……ごめ……、ごめんね……」

 一度流れ始めた涙は止まらない。

「う、う……ユミ、ユミ……」


 ――あれ? なんでキリは泣いてるの? キリは私を嫌いだし、私もキリが嫌い。

 

「僕、僕はユミ……、ユミが好き」

 

 ――困るなー。もう嫌いになっちゃたんだもん。


 ユミの足元に雫がぽつりと落ちる。

 

 ――あれ? これ私の?

 

「お願い……、嫌いにならないで……」

 

 もう無理だった。

 

「うわああああああああああ……、ごべんねええええええええ、ぎりいいいいいいいいいい!」

 ユミは顔を真っ赤に泣き腫らしてキリに抱き着く。

「だいずぎだよおおおおおおおおおおお!」


 

 さすがにその様子を阿呆鴛鴦あほうどりと揶揄する気にはなれなかったが、クイにとっては都合の良い光景であった。

 ユミは恐ろしいほど賢い。クイは論戦には自信があったが、この聡い少女相手には苦戦を強いられるだろうと考えていた。

 ならば情に訴えるのが得策だと判断したのだが、思わぬ助けが入った。


 一通り涙が流れ切ってしまったユミとキリは、肩で息をしながら寄り添いあっていた。

「キリさん。あなたの母とユミさんを思う勇気は素晴らしいです」

 つらつらと言葉が出た。キリは自らを言い聞かせるように頷いた。

「ユミさん。辛いのは分かります。しかし、今はキリさんの勇気を称えるべきではないでしょうか?」

「キリが……、私を嫌いになったんじゃなくて良かった……」

 今のユミは弱っているように見える。これに乗じるべきだろう。

 クイは優しく微笑んだ。

「ユミさん。会いたい人にはまた会えるものなのです」

 またしても心にもない言葉を吐く。

「イチカには寄らせて……。イチカからじゃないとラシノの場所が分からない……」

 ユミの能力に対する認識が確信に変わった。


 

 ――――

 

 

 アサにキリをラシノへ送り届けたい旨を伝えたところ、彼も概ね賛成のようだった。

「しかし、ラシノまでどうやって行くと言うんだ? これはキリ君の孵卵でもなかったのだろうし」

「こいつがラシノまでの帰り方が分かるらしい」

 ケンがユミを指差しながら言う。

「ラシノまでの帰り方が分かる!?」

 ユミはいい加減この反応にうんざりしていた。

「帰るんじゃないもん!」

「アサ、こいつには深い事情があるんだ。恐らくは……」

 ケンは何やら壮大な勘違いをしているようではあるが、これに乗じるのが良いだろう。

「ええ、ですがヤミさんとハリをこちらへ預けておくことになります。ミズさんをお借りして良いですか?」

 実際のところミズは必要ないのだが、あくまでもミズの力でナガレへ戻ってきたことにしなくてはならない。

「おう、もちろんだ。ミズ、鳩としての初仕事、きちんとこなしてくるんだぞ」

「はーい!」

 ミズはことの重大さを理解しているのだろうか?


―――― 


「ユミ」

 ナガレの去り際にヤミが声をかける。ハリを抱いた彼女は幸せそうだった。

「会いたい人にはまた会えるよ」

 ヤミも長らくトミサへ残したままの人がいる。会いたいに違いない。

 親の所在が定かではないクイにとって、心からその言葉を口にできるヤミがうらやましかった。

 

 

 ――――


 

「キリ、これ覚えてる?」

 イチカに辿り着いたユミは、木の枝と蔓で作った弓状のものを拾いあげて言う。

 それを作り上げた時もすでに歪な形ではあったが、今ではすっかりぼろぼろだ。

「ユミと初めての朝に使ったやつだよね?」

 結局、火おこしに使ったのもその1回だけだった。それでも捨てるに捨てきれず、その場に転がしてあったのだ。

「これね、弓錐ゆみきりって言うんだよ」

 キリが眼を丸くする。

ユミキリ?」

「うん。私たちの初めての共同作業にはふさわしいでしょ?」

 

 火を起こすのなら火打石の方が効率は良い。

 それでもその日は弓錐を選んだ。

 

 キリが錐一本を回すのが健気だったから。

 そこにユミが弓一張いっちょうを加えた。

 

 ――帰る場所を灯せと 回した弓錐ユミキリ

 

 弓と錐が重なり合い、新たな希望を灯す。詩で誓ったように、またこの場所へ帰ってくる。

 いまは少しの間だけさよならだ。キリにはまた会いたいのだから。


 

 ――――


 

 ――ああ、もうラシノについてしまう……。

 初めてラシノに辿り着いた時のように、日は暮れ、仄かな灯りが見えた。

 キリの手を握る左手に力がこもる。

 

「ねえ、キリ。キリが居なくなったらこの子はどうすればいいかな?」

 ユミは空いた右手で自らの腹をさする。

「ユミ……」


 ――それは違うんだよ……、だって僕らそんなこと……。


 キリは顔を赤らめ前屈みになった。そして両脚をもぞもそと動かす。――これに関して、ケンは本当に余計なことをしてくれたらしい。


「キリ? やっぱりお腹痛い? 私がいないとキリは何もできないもんね?」

 キリはぶるぶると首を横に振る。

 やがて意を決したようにユミの手を振り払い、体を起こす。ユミに背は向けていたが。


「ユミ。ほら、ちゃんとタスキだって結べる」

 キリの背には左右対称に蝶――いや、鴛と言うべきだろうか――が羽を広げていた。

 鴛はその両脚を行儀よく垂らしている。

 

 ユミはその脚の片方を掴み、引っ張った。

 正しく結べているので、するすると解けていく。

「ちょっ、ユミさん!? こんなところでおっぱじめないでくださいよ!?」

 ユミはその声を無視し、髪を結っていた赤い蝶――これも鴦と言うべきだろうか――を解いた。

 

「キリ。こっち向いて」

 おずおずと振り返ったキリに、ユミは赤い鴦を差し出す。キリは何も言わずそれを受け取った。

 その姿を満足そうに見たユミは、持っていたタスキを髪へと結い上げる。

 この鴛が、これからユミを守っていくのだと誇らしげに羽ばたいた。


「髪、伸ばすよ……」

 手に持たされた鴦と一緒に居られるよう、キリはそう呟く。

 ユミと出会った当初より髪は伸びていたがまだ足りない。

 

 これで最後だからと、ユミは両翼でキリの体を包み込んだ。

 そのまま時が流れて行く――。

 

 キリが伸ばしたいのは髪だけではない。

 ユミと過ごした時間では背が追い付くことはなかった。

 ユミにふさわしい鴛となるには、まだまだ時も経験も必要となるだろう。

 それでもこの刹那の温もりを、永遠の思い出に変えてしまいたい。

 

 ――お願い、届いて……。


 腕の中のキリは精一杯背伸びをした。

 そして一瞬だけ、唇が触れ合う。


 驚いたユミはキリの拘束を解いてしまった。

 その隙をついてキリはくるりと踵を返し、そのまま我が家に向かって駆け出していく。

 

「また会いに来るからー!!」

 もう振り返ることの無い背中に向かって呼びかけるユミ。その赤い眼には大粒の涙が浮かんでいた。

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