第十節 第十話 絶唱

要約動画はこちらから(https://youtube.com/shorts/iBnZwoh0BgY)



 朝になった。ウラヤで迎える久しぶりの朝だ。

 ユミはハコと同じ布団の中で眼を覚ます。まるで昨晩からずっと一緒に居たかのように。


「お母さん、ごめんね。私また出かけないといけないの。大丈夫、今度はそんなに日はかからないと思うから……」

 母が食べるのはわずかばかりの粥だ。母娘で囲う食事が不味くならないよう、それを食べ終えるのを待ち口を開く。

 実際、ハコの顔の曇るのが、火を見るより明らかだった。

「そう……。きっとユミは頑張ってきたんだろうね。……わかった。仕事はきちんと最後までこなして来なさい」

 母の作る笑顔が辛くなる。詳しく訊かないのはユミを信じているからだろう。

「試験もまだ終わってないの。でももう、合格のめどは立ってるから。きっとお母さんのことトミサに連れて行ってあげられる。そしたら……」

「そしたら?」

 まだキリのことを話していなかったなと思い至る。そして腹の子のことも。

 何も言わずに連れて帰ってきたら卒倒してしまわないだろうか。

 とはいえ、今話すのも余計な憂慮にならないだろうかと思い言葉を詰まらせてしまう。

「……お母さんをもっと元気にできるね!」

「ふふ、ありがとう。ユミ」

 結局お茶を濁してしまったユミは、まだ椀に残っていた米粒を掻きこみ、ふうと息を吐いた。

 

 朝餉の片付けをすませると、まだ名残り惜しそうな母と熱い抱擁を交わし、ユミは家を後にした。

 これからミズとクイとともにナガレに向かわなくてはならない。

 

「おはよーございまーす」

 どんどんどんとヤマの医院の戸を叩く。

 程なくして、がらっと戸が開きヤマが現れる。

「おはよう、ユミ」

「おはよう、先生。昨晩はごめんね、急にミズを預けちゃって」

「ああいいよ。

 初めて見た時は騒がしいやつかと思ったが、ソラが連れて帰ってきた途端大人しいもんでびっくりしちまった」

 何を吹き込まれたのかは分からないが、昨晩の殊勝な態度を見る限りソラに変なこともしなかったのだろう。

「ユミ、おはよ!」

 ミズがとてとてとヤマの後に続いてやって来た。

「おはよう、ミズ。昨晩はちゃんと眠れた?」

「うん! お布団ふかふかであったかかった!」

 それはミズにとっては幸せなことなのかもしれない。あのナガレの住居では到底味わえなかったことだろう。

「こらこらミズくん。まだ寝ぐせ立ってるよー」

 ソラが微笑みながらゆっくりと近づいてくる。すっかりミズのお姉さんのようだ。

「ソラおはよう」

「おはよう、ユミ。ハコさんは元気そう?」

「うん。でも私が出ていくのやっぱり寂しそうだった」

「そっか……」

 ソラは一瞬顔を曇らせたが、すぐに決意を固めたのかじっとユミを見つめる。

「ユミ……。早く帰って来てね」

「うん。もう少しだけお母さんのことよろしくね」

 

 ユミは考える。母には黙ってしまったが、そもそもキリをウラヤへ連れて来ようとしたのはソラに会わせるためだった。

 キリにはソラという名前の生き別れた姉がいる。キリがウラヤに実在するソラへ興味を持ったことがことの発端だ。

 しかし、今では意味合いが変わってしまっている。友人に愛する鴛を紹介したいというのが本音だ。何も言わないでいた方がソラは驚いてくれるだろうか?

「今度はキリも一緒だね!」

 ユミの思案を裂くようにミズが声を張り上げる。

「キリ? もしかしてユミの鴛?」

 ――そうだ、昨晩ミズが漏らしちゃったんだ。

「おしぃぃぃぃぃ?」

 ヤマも素っ頓狂な声を出す。もはや手遅れだった。責めるようにミズを見る。

「あ、ごめん。まずかったかな?」

 ぷくっと顔を膨らませたユミは何も言わずミズの手を取った。

 そのままヤマの住居に背を向け、ずんずんと歩いていく。

「おいユミ! 帰ってきたらちゃんと説明しなよ!」

 ユミは振り向きもせず空いた方の手を上げ、ソラとヤマに別れを告げた。

 

「クイー、起きてるー?」

「おきてるー?」

 どんどんどん、どんどんどん。

 例のようにクイの自宅の戸を叩く。ミズも一緒に戸を叩く。

「騒がしいですね……」

 戸を叩く2人の背後からひょろ長い影が迫る。振り返るとうんざりとした様子のクイが立っていた。眼鏡を外し、首には手ぬぐいをかけている。顔でも洗っていたのだろうか。

「あ、クイ。おはよう」

「おはよー」

 クイは疑問に思う。何故この2人はこんなに元気なのだろうかと。

 クイ自身はこれから森を共にする相棒がユミなのかとげんなりしていた。確かに、ユミの生存能力ほど森を生きる上で頼りになるものはない。しかし、それが災いして今の状況を引き起こしているのだ。

 百歩譲ってユミがヤミのことを無下にしようと言うのは理解できる。一方で、このまま彼女自身もがキリと再会できないかもしれないことを分かっているのだろうか。

 昨晩、不合格とまでは告げなかったが、ユミに対しては素気の無い態度を取った。我ながら大人げないとも思った。今のユミを見る限り何とも思っていない様子なので、それがかえって恥ずかしい。

「……おはようございます」

 ここでつんけんするのも余計に恥ずかしいので挨拶を返してやる。


 実際のところ、クイは昨晩冷静に考え活路を見出していた。

 ユミがイチカなどという訳の分からない洞穴に滞在し続けるより、考えようによっては事態が好転しているのかもしれないと。

 イチカで問題だったのは、イチカに辿り着ける者など存在しないということだ。

 ユミを見捨て、ヤミとともにウラヤかトミサに帰ろうものなら二度とユミと出会うことができない。

 一方、今求められているのはナガレにいるヤミの救出だ。

 ナガレに辿り着く方法は2つ。ミズの帰巣本能が目覚めるか、トミサに1人だけいるナガレの鳩に頼るか。

 クイは1度だけはミズの非公式な孵卵にかけてみようと思っていた。それで帰巣本能に目覚めなければ、ナガレの鳩を当てにすれば良いと。

 しかし、後者の選択は非常に面倒臭い。ユミの孵卵が長引き、その合間にキリという少年を誘拐し、ヤミがナガレに囚われていることをトミサへ報告せねばならない。

 さらに言えばヤミは人質だ。トミサへ報告しようものなら、ナガレの輩に何をされるか分からない。

 まずはミズに帰巣本能が目覚めてくれと祈るのみだった。

 

「もう始めるの?」

「……少しだけ待ってください」

 自宅の前に立つ二人をかき分け、戸を開く。昨晩の内に風呂敷へ包んだ荷物は玄関に準備してあった。

 風呂敷の中へ首にかけていた手ぬぐいを突込み、畳んであった羽織を手に取り腕を通す。そばに置いてあった眼鏡をかければ支度は完了だ。

 家の外を振り返ると、ユミがクイの顔をしげしげと見つめていた。

「ねえ、クイ」

 またこれかと思う。探求心が旺盛なのは結構なことだが、いい加減聞き飽きていた声だ。

「……何でしょう」

「前から思ってたけど、顔のそれ何なの?」

「ああ、これですか。これは眼鏡というものです」

 クイがトミサの市で購入したものだ。ウラヤまで認知されていないのも無理はない。

「クイのマネしたらくらくらしたよー」

 ミズが指で輪っかを作りそれを眼に当てる。

「ええ、これは眼の見えているものがつけても世界が歪んで見えるだけなのです。逆に、眼の悪い者がつけると世界が正しく見えるようになります。

 私も初めて使った時はびっくりしましたね」

「へぇー」

 興味深そうなユミの声を聞き、クイは少しだけ機嫌を直した。


 

 ウラヤに限った話ではないが、森は村を囲うように広がっている。森の入り口は無数にあると言っていい。

 昨日、ウラヤに帰ってきた時はマイハの裏手に出てきた。それはマイハの裏手からまっすぐ進めば、そちらにナガレがあると言うことを意味する。

 尤も、ナガレへの帰巣本能が働いていない限り、森をまっすぐ歩くことなどできないのだが。

 気休めにしかならないが、クイはミズと手を繋いだユミを伴い、マイハの裏手から森に入った。そのまま黙って進んでいく。

 200歩ほど歩き、方向感覚が分からなくなったのを自覚した時点でクイは口を開いた。

「普通の孵卵なら、受験者に茶を飲まさなくてはならないのですが……」

 茶を飲ませ、受験者を眠らせる。眠らせた状態で、偶然にも帰り着くことが無いよう故郷から十分に遠くまで運ぶのだ。

 本件に関しては非公式の試験であり、かつナガレからは離れている。

 茶は受験者の決意を揺るがさないよう、また森に入ることで暴れたりさせないようにする意味合いも持つ。

 ミズについては、ユミが手を握っている限り落ち着いているようだ。

「ユミさん、ミズさんの手を離してください」

「え?」

「イヤだ!」

 叫んだのミズの方だ。手を離されるとまずいことが直感的に分かっているようだ。

「いいから!」

 ユミは声に驚き手を離してしまう。

 

「……ユミ、ユミ? ユミいいいいいいいいいい!」

 手を離されたミズは狂ったように叫び声をあげた。

 その眼はみるみる内に光を失ってく。まだユミとクイの姿は近くにあるのだが、既に眼中にないようだ。

「あ、あ、あ……」

 叫び声は長く続かなかった。初めて森に入った時、長く恐怖を感じたクイとは様子が違うようである。

 クイはユミの肩を掴み、ミズから少しずつ離れていく。

「クイ! ミズがかわいそうだよ!」

「ええ、私もそう思います。でも仕方ないのです……」

 クイは自身の腹黒さは自覚しているが、鬼畜ではない。自身へ害を及ぼすものに対して恨み言を述べるだけで、無邪気な子供をみだりに貶める様なことはしない。ユミにミズの手を放すよう強く命じたが、これでも胸は痛んでいるのだ。

 ユミはキリがすぐ傍でおびえる様子を目の当たりにした。その姿と今のミズが重なって映る。

「助けないと!」

「待ちなさい!」

 肩を掴むクイの力が強くなり、ユミの行く手を阻む。

 


 [挿入歌ミズver.(https://youtube.com/shorts/fOkGQMkpDJA)]


アサの光が 孤独を分かち合う

 サラから零れた 形無きミズしずく


 罪を翔けぬ翼に 焦がされた烏

 帰る場所を違えて 眠る鴛と鴦

 嗚呼


 翼もがれた鳩は 森で何を思う

 便りの無い便りに 私は書き綴る

 この詩に託して」



 ユミとクイはミズから奏でられる歌を聴き、あっけに取られていた。2人にとって聞いたことも無い歌だった。

 それでもクイは冷静になり、ミズはその系統かと思い直す。

「ねえ、なんでミズは歌っているの?」

 ユミがクイに耳打ちする。

「森は人を惑わせます。その結果、歌を歌い出すものもいると聞きます。

 惑いは人によって異なるのです。キリさんの場合、惑いが恐怖として現れたように」

「ふーん」

 よく分からないが、ミズが怯えているわけではないのだと判明し、ユミはひとまず安堵する。

 

「何故あなたは何ともないんですか?」

 クイがずっと抱いていた疑問をぶつける。

「何故って……、鳩の素質があるからじゃないの?」

 ユミにとって、鳩とは森を迷わず歩ける存在だ。ユミは歩いてきた森の道のりを覚え、イチカを拠点とする生活を送ることができた。故に自身は鳩の素質があるのだと信じ込んでいた。それがユミには出来て、キリには出来ないことだった。

 一方で、目安とされる10日以上森を歩き続けてもウラヤへ帰りつけず、孵卵を終了できないことについて違和感を覚えていた。何か鳩となるために必要な要素が自身から抜け落ちているのではないかとも思っていた。

「……鳩になる条件は、帰巣本能を持っていることです」

「帰巣本能?」

「ええ、簡単に言えば、その者が生まれた場所へ導かれる能力です」

「違う!」

 ユミがクイの言葉を遮る。

「私はラシノなんかで生まれてない!」

「ラシノ……」

 ラシノと言えば、ユミがキリを連れ出した村だ。

 クイはユミが拠点にしていた洞穴へ帰巣本能が目覚めたのではないか、と疑ったこともある。しかし、ユミが真っ先に思い浮かんだのはラシノの方であるようだ。

 確かに、ユミラシノの村に辿り着いた時、ふらふらで意識も朦朧としていたのだろう。その結果からすれば、当の本人はラシノへ導かれるように行きついたのだと感じたのかもしれない。

「私はラシノなんかに導かれてない! ちゃんとラシノまでの行き方だってわかるもん!」

「行き方が分かる……?」

 それこそラシノを起点として、帰巣本能が働いている証拠だ。

「私はアイの子なんかじゃない! キリと私も姉弟じゃないもん! 私たちは鴛鴦だもん!」

 さすがに考えが飛躍しすぎていると思うのだが、ユミのような賢い頭では最悪の状況も考慮してしまうのだろう。

 

「落ち着いてください。心配しなくてもあなたに鳩の素質なんかありませんよ」

「はぁ!?」

 ユミに対して少なからず嫌悪感を抱いていたクイは、ついつい意地悪な言い方をしてしまう。

「いいですか? 鳩とはもっと崇高なものなのです。試験を忘れ、童男おぐなと睦み合う者が鳩になろうなどとは笑止千万!」

 止せば良いのに、滑り出した口が止まらなくなっていた。

「み、み……、見てたのー!?」

 昨日散々ナガレで見せつけてくれたと言うのに、今更のように顔を真っ赤にする。

「その視界! 奪ってやる!」

 ユミの拳がへなへなとクイの眼鏡に迫り、こつんとぶつかる。痛くも痒くもなかった。ヤミに割られそうになった時の方が怖かったなと思う。

「クイの変態! 禿鷹! 禿鷲!」

 クイはとっさに自身の旋毛つむじに手をやる。

 ――だ、大丈夫だよな……。

 

「いいもん! 鳩の素質、見せてやるんだから!」

 ユミはミズの元へ駆けだしていく。

「あ、待ちなさい!」

 ユミはクイの声を振り切り、ミズの手を取った。

 ミズが描いた旋律に合わせて即興で口ずさむ。

 


[挿入歌ユミver.(https://youtube.com/shorts/Q3CRRrR8Puk)]

 

「偽りのアイから逃れて ケンを折る

 歩いた道のりにクイを打ち 明日を選ぶ


 ヤミに紛れ眠れる 縛めの卵

 帰る場所を灯せと 回したユミキリ

 嗚呼


 翼求めた雛は ソラに何を描く

 便りの無い便りが ヤマのように溢れ

 郵便バコ開く」



「ユミ? あれ、ボク……」

 ミズの眼にふっと光が戻る。

「ミズ、大丈夫だった?」

「……うん、なんかお母さんの夢を見ていた気がする」

 ナガレにミズの母らしき人物はいなかった。ミズをナガレで産んだ後にどこかへ行ってしまったのだろうか。

「もしかして……、お母さんが歌ってくれた歌?」

「多分。頭に歌が響いてた。ずっとここに居たいと思っちゃった」

「駄目だよ! ミズはちゃんと帰らないと! お母さんはどこか別のところにいるんでしょ?」

 ユミに言えた義理ではないのだが、昨日の母との再会で思うところがあったのだろう。

「うん、そうだね。ありがとう、ユミ」


「全く……、何をやっているんですか」

 あとからユミを追いかけてきたクイが呆れた声を出す。

「今ミズさんを助けたところで、またその手を離さないといけないのですよ?」

 何度も夢見心地と現実とを行き来させるより、夢に抗い続けた方が効率は良いと言うものだ。

「なんでそんなひどいことするの?」

「クイひどい!」

 二人から同時に批難される。いい加減この調子にも慣れてきたころだった。

「ミズさんが帰巣本能に目覚めないとナガレには戻れないのですよ?

 そのためにはミズさん自ら、夢から覚めようとする意志が必要となるのです」

「クイの力じゃナガレに戻れないってこと?」

「ええ、残念ながらそうなのです。私にはウラヤの場所しか分からないのです」

 それを聞くと、ユミは邪悪な笑みを浮かべた。

「へー。クイって鳩のくせにそんなこともできないんだー」

 鳩の素質がないと言われたことの仕返しだろうか。

 クイは手が出そうになるのをすんでのところで押しとどめた。

 

「クイ、私の案内でナガレに戻れたら、鳩の素質を認めてくれる?」

「……は?」

 クイには訳が分からない。

 ユミはラシノへの行き方が分かると言った。イチカを拠点に森を渡り歩いた。その上、ナガレまで戻れると言う。

 一体、幾つの場所に帰巣本能が目覚めたと言いたいのだろうか。

「ヤミを助けたいんでしょ?」

 そういうとユミは踵を返し、ミズと手を繋いだまま森の奥へと進んでいく。

「……分かりました。あなたを信じてみましょう」

 クイは観念したように呟いた。

 

 そのまましばらく、ユミはミズと手を繋いで歩いていたが、突然ミズがもぞもぞとし始めた。

「ユミ……、ボク、おしっこ行きたい」

「おしっこぉ?」

 ミズの発言に、ユミは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ウラヤへの往路では、クイが適当な折にミズが豹変しない場所――森の隙間を見つけては、各々が用を足していた。

「クイ、ミズがおしっこだって」

「そう言われましても……」

 森の隙間はほとんど偶然的に見つかるものだ。探して見つけられるものではない。見つかった時に休息をとるのが最善なのだ。

「……いいでしょう。私がミズさんと一緒に居てあげますから、その辺ですましちゃいなさい」

「イヤ!」

 ミズが心から嫌そうな顔を見せる。

「クイはイヤ! ユミがいい!」

「ミズ……。昨日謝ってくれたよね? 迷惑かけたって」

「違うの! だってボク……」

 ユミは違和感を覚えた。昨晩、ソラとともに謝ってきたミズを見て、信頼しても良いと思った。そのミズが小便に付き合えと言っているのだ。

「ミズ、もしかして……」

「うん……、お父さんが皆には黙っとけって。危ないからって」

 ユミはミズの言わんとすることを理解した。

「クイ! 絶対に見ちゃだめだからね! そこで良い子で待っといて!」

「はいはい……。分かりましたよ」

 クイも察したようだ。確かにあのナガレの巣窟に少女一人置いておくのは危険すぎる。

 ユミは見るなと言ったが、わずかに離れた距離でも一度見失うと見つけ出すのが困難になる。森とはそういう場所だ。ユミの孵卵の時も見失わないように目を凝らしてきたのだ。

 歩き出したユミとミズと距離を取りながら、その後ろからついていく。するとユミがくるっと振り返った。

「見ないでって言ったでしょ! この初生雛愛者しょせいびなあいしゃ!」

「なっ……、しかし……」

 クイは心外だという表情を浮かべる。

「大丈夫だからそこで待ってて!」

 もうどうにでもなれとクイは歩を止めた。


 

「わっ!」

 程なくしてクイの背後から声が聞こえた。同時に背を小さな手で押されたようだ。

 びくっと体をのけ反らせつつ、何だと思い振り返るとミズがにやにやしながら立っていた。クイを押したであろう右手が掲げられ、左手はユミと繋がれている。

「こら、ミズ! まだそっちの手はばっちいでしょ! ……ねえ、クイ。水持ってる?」

 ユミがこともなげに聞いてくる。

 クイは黙って風呂敷から竹筒を取りだし、栓を開け、ミズの頭へどばどばとかけた。

「うわっ! 冷たい!」

「歩いてたら乾きますよ!」

「きゃははは!」

 ユミは無邪気に笑う。

 ――全く、子供相手に何をやってるんだ私は……。

 貴重な水を無駄にしたことを自ら恥じるクイだった。

「ほら、クイ。行くよ!」

 すっかり主導権はユミの物であった。ユミはミズの手を引きずんずんと進んでいく。

 クイはやれやれとその後を追った。

 

 

 そのまま森の中を進むと、やがて一行は大きな広間に行きついた。ちょうど日が落ち始める頃だった。

「どうやら、あなたの言っていたことは本当だったようですね……」

 クイの目の前にはナガレのあばら家が立ち並んでいる。

「どう? 認める気になった?」

「ええ……、少し、考えさせてください……」

 ――あなたの能力について。

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