第18話

視界に稀咲を入れた瞬間、葉月は視線を和らげた。

だが、葉月の声はまだ厳しかった。

「稀咲、残念だけどそれはできない。 こいつに、誰に手を出したのか解らせないといけないからね」

そう言うと、葉月はにこりと微笑んだ。

そして男の方を向くと、小さな声でなにかを呟いた。

その瞬間、葉月のパーカーがもこりと盛り上がり、その下には、微かに狐の尻尾がのぞいていた。

葉月はその尾を大きく一振した。

その瞬間、男が膝から崩れ落ちた。

「なっ、にが…起きた、ん、だ…?」

「あはっ、どうだい? 身体が自分の意思で動かない感覚は。 そっか、お前は稀咲を誘拐して売ろうとしてたんだ。 ふぅん、いままで失敗したことなかったの? でも、今回失敗しちゃったんだ。 残念だったね、稀咲を狙ったのが運の尽きだよ」

「なんっで…」 

男は目の前に佇むひとりの少年に畏怖の目を向ける。

「なんで俺がお前の心中が分かるのかって? それはね、な~いしょ! あはっ、言うとでも思った? 残念でしたっ、言わないよ。 つーか、言うわけないだろ? 自惚れるなよ。 あと五分もすれば騒ぎを聞き付けた警察がここに来る。 お前は精々ここでそのまま待つといい。 それじゃあ、俺はいくから。 あっ、最後にひとつだけ、俺らのことをばらしたら、どうなるか分かるよね?」

葉月は不敵な笑みを浮かべて男のことを眺めた。

そして、くるっと稀咲の方を向くと「それじゃあ、稀咲またね!」と言って微笑んだ。

そして葉月は一方的に話し終わると、木の枝と枝を渡ってどこかに消えていった。

最後に稀咲に向けた笑顔が本物なのか、偽りなのかは誰も知る由がなかった。


─ウゥーウゥー


遠くでパトカーのサイレンが聴こえる。

徐々に近付いてきているようであった。

今すぐここを離れなければ、稀咲はまた施設に戻ることになるだろう。

それは稀咲にもわかっていた。

だが、動こうとは思えなかった。

何故だろう…

さっきの葉月は、葉月であって葉月でないような気がした。

どちらが本物の彼なのか、または、両方本物なのか…


ぼんやりと考えているうちに、警察が来て男は逮捕されていった。

稀咲は事情聴衆をされ、やっぱり施設に戻ることになった。


"ああ、また戻るのか… 怒られるの、嫌だな。 せっかく外に来たのに、また鳥かごに閉じ込められるのか"


そんな想いが稀咲の中を巡っていた。

どこかぼんやりとして、頭がしっかりとまわらない。

私は、なにをしたいのだろう。

これから、どうすればいいのだろう。

彼は、葉月は何者なのだろう。

多くの疑問が稀咲の頭の中に生まれては消えていった。

そんな稀咲の腕の中では、ルーナが心配そうに稀咲を見つめていた。

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森の守護者は『慈愛』の白狐 柴ちゃん @sibachan1433

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