追憶46 拘泥(僧侶、JOU)

「……立ち聞きとは、感心しないが」

 正確には立ち聞きではなく、空気を読まずにあとから追いかけた、と弁明したいところですが、HARUTOハルトも言葉ほど気にはしていないようです。

「……どの道、貴方とも“擦り合わせ”が必要ではあった。ここで決めてしまっても構わない」

 そう言って、彼はAOアオとの戦いで負った負傷を魔法で治癒すると、拙僧を真っ直ぐに見据えました。

「……貴方は貴方で、徒手空拳の格闘にも、心得はあるのだろう」

 不必要に見せたつもりはなかったのですが、しっかり看破されておりますね。

 恐らく、素手同士なら平等な戦いにはなるでしょう。

 しかし。

「やめておきましょう。拙僧もまた、“神”の座が目的ではないので、貴方と争う気はない」

 HARUTOハルトAOアオが、揃ってこちらの胸中を覗き込むような眼差しを向けてきました。

「職業柄、仮想世界とはいえ“神”になるなど、大それた行為は考えられませんので」

「ぇ、じゃあ、どうして?」

 AOアオが、恐る恐る訊いてきました。

「……参加したパーティのクリアを阻止するのが目的、と自分は推測していたのだが」

 先に告げたのは、HARUTOハルトでした。

「……何らかの“信仰”を持つものが、魔術師として優遇されるスキル自作システムの仕様。

 そして、パーティメンバーの関係性はパーティによって千差万別であろうが、現実に僧籍、神職にある者が目の前で仲間のゲームクリアを容認しないケースは多々あるだろう。

 今、まさにJOUジョウ氏が言った通りだ」

 そう。

 神とは言っても、たかがゲームの設定だと、VRMMO時代以前の方々なら思われるかもしれません。

 しかし、現代においては、されどゲームなのです。

 VR世界にも、宗教は必要とされています。神や仏陀の言葉を求めるプレイヤーは相当数いらっしゃるのです。

 クリスチャンやムスリムにとって、ゲームクリアは涜神とくしん行為を意味します。

 仏教徒にしても、目の前で道を踏み外さんとする仲間を放置できる僧侶もそうはいない。

「ご推察の通り、拙僧は、これまでも黄昏の君主を目指すパーティを相当数“諌めて”まいりました」

「……言うなればPKプレイヤーキラーか」

「事実を否定はしません」

 我々の淡々としたやり取りに、AOアオが息を呑んで後退りました。

 HARUTOハルトがクレプスクルム・モナルカに対して何を言いたいのかは、拙僧にもわかるつもりです。

 他ならぬ自分が、いち僧侶として感じ続けた疑念なのですから。

 すなわち、

「……運営AIが製作者の指示、或いは独断で“パーティ決裂”の事例を蒐集しているのでは無いかと推測している。運営の暴走による社会実験は、VRMMOでは良くある事だ」

 ゆえに、彼は先ほど“モルモット”と言う表現を用いたのでしょう。

「実をもうしますと、貴方がたの考え次第では、これまで“諭して”きたパーティと同様の対応を行うつもりでした。

 どうやら、その必要はないらしいので安心しました」

「……清々しい迄の独善だな」

「迷いがあれば、曇りますから」

「……お眼鏡に適ったと言うのか。“神”に興味は無いと、表面上口にしただけで」

「確かに、その言葉だけでは信憑性に欠けましたが――貴方は、我欲を捨てて利他の為に闘っておられる。

 “神”となる誘惑すら意に介さず、まことを見据えておられる」

 それは稀有で、高潔な、

 しかし、

 ある意味では、これはこれで、ただ見過ごすには危うい側面もございます。

 ならば、むしろ最後までご一緒することにしました。

 それに、

「貴方であれば――このパーティであれば、数多の絆を引き裂き、数多の人生を狂わせてきた負の連鎖、その源である黄昏の君主を断ち切れるかもしれない。

 そうなれば、拙僧も、これまでのような折檻せっかんを行わずに済む」

 HARUTOハルトの身体から、緊張の気配が消えました。

 拙僧もまた、それに倣いました。

 精進の為の苦行は望むところではありますが、無為なそれまで分別なく受けるつもりはございませんから。

「よかった……」

 一人遅れて、AOアオが脱力しました。

JOUジョウさんが、これからもいてくれて」

 ……拙僧もまた、未熟。

 HARUTOハルトに気を取られすぎて、AOアオにあらぬ心配をおかけしたようです。

 埋め合わせは致しましょう。

 これからは、表裏なしに。

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