追憶45 彼とぼくの真剣勝負(欲まみれの略奪者、AO)

 仲間と殺し合うなんて、それこそVRだからできる所業だ。

 この前のバハムートもそうだけど「力試しの為に全力で戦う」なんて、現実には不可能だ。使役したい相手を、その資格があるかどうかのテストで殺してしまうなんて。

 それでも、仲間を本気で殴るなんて、ぼくには荷が重――HARUTOハルトさんが跳躍、ぼくの顔面めがけ横回転をともなう後ろ回し蹴りローリングソバットを繰り出した。

「うわぁ!」

 示威を目的として大振りな蹴り技を選んだのは明らかだけど、理屈でわかっていてもテンパる。

 ぼくは、どうにかこれをガード。受けた腕を最大限に引き締めても、硬質な打撃が接触面の肉を潰し、骨が軋むようだ。

 この衝撃、技のキレ。

 頭部などの急所に受ければ、一発で終わる。

 有段者レベルの武術や格闘技は、刃物と同等の脅威を孕むからね。

 武器なし・魔法なし・変異エーテルなし。

 様々な武器を使いこなす彼と、素手の格闘を専門とするぼく。

 一見してこちらに有利な条件だったけど、だからと言ってHARUTOハルトさんが無手の格闘に弱いという理由にはならない。

 ぼくの心臓めがけ、彼の突き込む蹴りが襲う。

 これはどうにか躱し、後隙に、彼の頬めがけフックを差し込んだ。腕でガードされた。

 ここまで、彼の動きが足技に偏っていた以上、腕の自由がきくのも当然だろう。

 ぼくが、控えめに放ったつもりのフックの後隙に、彼の蹴りが襲いかかる。

 膝を打たれた。ぼくは咄嗟に転ぶようにして逃れたので、膝の皿の粉砕はまぬがれた。

 ぼくは、転倒したのをバク転でごまかしつつ、彼から距離を取った。

 暫定的ではあるが、彼の“ベース流派”をサバットと推測。

 フランスのストリートファイトから端を発した武術だ。

 当然、単一の流派で推し量れるほど、現代VRMMOの武術は単純ではない。

 ぼくの武術だって、色んな流派のごった煮みたいなものだし、経験豊富なHARUTOハルトさんが相手なら、なおさらだ。

 むしろ、サバットの流れを汲んでいるとするなら、恐ろしいのは蹴り技よりも――彼のハイキックに合わせ、ぼくもハイキックを交差させ――彼の脚力が思ったより弱い! それに気付いた瞬間には、彼はぼくの脚を掴み――ぼくは咄嗟に軸足を跳ねさせてカニばさみのように彼を捉え、無理矢理なフランケンシュタイナーを慣行――激突の直前、やはり彼はぼくの拘束を逃れて受け身を取った。

 まだだ。やはり、スピードではぼくに利がある。

 いちかばちか踏み込み、ガードの上から彼の顔面を殴り抜いた!

 手応えあり。

 無理な体勢からのパンチだったので即死こそ望めなかったけれど、脳震盪のうしんとうは確実なはずだ。

 脳震盪の症状というものも多岐に渡るけど、少なくとも気絶はしなかった。

 けれど、彼のフットワークは目に見えて乱れ――たのは、最初の一歩だけだった!?

 ぼくはすでに、トドメを刺しにもう一方の拳を繰り出していた所だった。

 腕を取られる寸前で、ぼくは跳び退いて辛くも逃れた。

 彼は、ダメージなどないかのように、執拗にぼくへ目掛けて踏み込んでくる。

 ルールを破って回復魔法を使った痕跡はなかった。それなら魔法の副次光が明滅するはずだ。

 ぼくがダメージを見誤ったと言うのも、まずあり得ない。

 となると。

 目眩や光への過敏症に見舞われながらも、ただただ冷然と、それを補正しているとでも言うのか。

 それじゃ、まるで、

 自分の身体をロボットのように操縦する境地。

 今度はぼくが大振りな回し蹴りを放ち、迫る彼を威嚇するハメになった。

 口から流れるおびただしい血にも無関心で、彼はぼくの蹴りを躱した。

 腰を深く落とした、必殺の突きが来る! ぼくはカウンターぎみに自分の拳を突き出してこれを逸らしたけれど。

 悪手だった。理屈ではわかっていたのに。気持ちで負けてしまった。

 彼は懐に入ったぼくを捕まえると、曲線美すら感じる背負い投げに移ろった。

 天地が軽々翻った視界を経て、ぼくは背中から大地に叩きつけられた。

 全身の肉と骨が軋み、肺の空気が全部絞り出されたようだ。

 彼の動きは止まることがなかった。

 衝撃と窒息感を噛み殺してどうにか立とうとしたけど、彼の脚がぼくの首にからみつく方が早かった。

 三角絞め。

 どれだけもがいても、抜け出せない。

 空気の抜けた肺に、新たな空気を入れることができない。

 ぼくの意識が“落ちる”のに、さほど時間はかからなかった。

 

 もう少し考えれば、負ける戦いでは無かった。

 けれど。

 ――勝って、ぼくはどうするのか。

 目前に現れた“神”の座がほしいという本心に気づいておきながら。

 ぼくは最後の最後で、その疑問に気づいてしまったんだ。

 彼は、どうしてこんなにも、一生懸命なのだろう。

 そんな彼に勝って、どうしたいのか。

 そのビジョンが、ぼくにはなかった。

 精神論かもしれないけど、明暗を分けたのはこの違いなのかもしれなかった。

 

 目が覚めて、彼が助け起こしてくれた。

 そして、

「……約束通り、君には全てを話そう」

 

「……自分達が、何故、このゲームに来たのかを」

  


 ――。


  

 そう、だったのか……。

 今まで彼に、そして、KANONカノンさんやMALIAマリアさんに感じていた違和感の全てが氷解した。

「……運営AIが用意した“神”の座に、自分が着く積もりは無い。或いは、モルモットになる気は無い」

 “神”の座なんて要らない。

 このゲームでクリアを目指しておきながら、こんな事を言い放った人は、かつていただろうか?

「……我々の、今の決闘すらも“奴”が想定した事態だったのだろう」

 それは、大いにあり得る。

 VRMMO制度の現代は、ゲームと言う“世界”が無数に存在して、それぞれに運営AIと言う神様がついているんだと、ぼくは思う。

「……これは、我々への侮辱だ。

 今、真剣にぶつかり合った自分と、君に対する」

 ぼくは。

 ぼく、は。

「勝手を承知の上で頼む」


「助けてくれ、AOアオ

 

 彼は、変わらぬ抑揚でそう言った。

 ズルいよ。

 ここまで言われて、ゲームクリアよりも、

 自分だけが神様になることよりも、よほどデカいことを提示してくるなんて。

 だから、決闘の前には事情を教えてくれなかったんだと、今にして気付いた。

 ぼくの拳が鈍っては、いけないから。

 いつもの彼なら、使えるものは何でも使ったろうに。

 本当に、ズルい人だ。

 

 ぼくの中で、迷いは完全に晴れていた。

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