追憶39 流転(僧侶、JOU)
目下、我がパーティが次に目標とするボスエネミーです。
ちなみに“子孫”までが個体名となっております。
一口で言えば、体内で戦略級の光学兵器に相当するエネルギーを生成し、口腔や翼から照射する機能を備えた、教科書通りの巨大翼竜と言ったところでしょうか。
すなわち、シンプルかつ最悪の脅威のひとつです。
今でこそ、バハムートと言いますとこのように、ある種の“神秘性”をおびた翼竜の特徴を色濃くしたものが主流となってはおりますが。
しかし、原典においては、世界の七洋ですら遥かに覆い尽くして余りある、巨大な“魚”として語られていたと言います。
歴史上、なぜこのような変化が起こったのかについては定かではありません。
原典のバハムートがどうだったかはおろか「ゲーム史におけるバハムートのビジュアル変化」を、運営AIが把握していないとも思えません。
例えば“確信犯”という言葉のように、時代の流れによって誤用だった表現の方が通りがよくなり、やがて真となってしまった。
神威の翼竜というコンセプトのエネミーを一言で体現するにあたり、伝達性が最も優れているから。
“彼ら”の考えそうなことではあります。
“現在進行形の
我々が今、立っている場所の名前です。
蒼いネモフィラ、濃金のマリーゴールド、
しかしのどかな花畑、と言う訳ではなく。
大地には燻りをともなう亀裂が走っており、花たちもまた焔に巻かれています。
しかし。
焔を纏った花びらは、どれも燃え尽きる気配がありません。
火が灯った瞬間のまま、時間が停滞しているのです。正確には、何万分の一かはわかりませんが、途方もなく遅い、というべきでしょうか。
舞い上がる粉塵も、中空で止まったまま。
試しに手で振り払ってやると、触れたものだけが時間を取り戻したように落ちました。
この、独特な時間の流れこそ、このエリアが“現在進行形の亡び”と称される所以です。
ここに立ち入るには、少々注意が要ります。
これもVRならではの表現と言いますか、実際に我々の体感時間が狂わされているのです。
このエリアで一日を過ごしたとしても、実時間は数分と経っていない。
これをエーテルに依らぬ鍛練や学習に利用しようとするケースが後を絶ちませんし、エーテル溜まりの宿泊物件も人気が高いのですが……当然、長期滞在はおすすめできません。
最悪の場合、長期に渡る時差の後遺症が残る事もあるからです。
それは当然ながら、現実の肉体が受ける干渉であり、アバターの
定住する覚悟であれば、こちらの体感時間をスタンダードとして暮らし続けることは可能ですが、エリア自体さほど広くもなく、すなわち“コンテンツ”に乏しい。
また、このゲームの「パーティで各地を巡る」と言うコンセプトに合いません。
まして今の我々のような、黄昏の君主への挑戦を目指すパーティであればなおのこと。
同様の技術はVRゲーム以外でも、特殊なケースで用いられてはいます。
人生の持ち時間を増やしたいのであれば、ここでやることでも無いでしょう。
本題のバハムート戦です。
巣を構えているらしい一枚岩を背に、眠っていた巨竜が身を起こしました。
艶の無い漆黒の装甲を思わせる表皮ですが、しなやかな筋肉の脈動もみて取れます。
背後の岩壁に勝るとも劣らない、我々からすると見上げる威容です。身体の全てが視界に入りきりません。
皮膜の翼を拡げ、バハムートが天に咆哮しました。
場の音が全て塗りつぶされ、振動が肌を打つようです。
開戦。
拙僧も彼らから少々遅れて進み出て、術の詠唱を行います。
これまでのように、拙僧が護衛につくことは出来ません。
バハムートは、その遠大な上体をひねり、容赦なく
列車が通過したような烈風が、永遠に燻り続ける花びらを色とりどりに撒き散らして空を切りました。
巻き込まれれば身体が原型を留めません。二人とも、進軍を断念し、寸前で足を止めます。
返す腕で
何も捉えなかったバハムートの前肢は、また、花々を茎から千切り、粉塵ともども吹雪のように四散させました。
その、筋肉が伸びきったわずかな隙に、
彼我の体格差では、指先を叩くのが関の山。ナイフはおろか、縫い針で攻撃しているかのような、気の遠くなる格差です。
バハムートは憤怒しながらも、もう一方の前足を振り上げました。
運動性ではやはりバハムートに利があります。
横薙ぎに襲う殴打を、
二人の前衛が弾き飛ばされた隙を埋めるべく、
無数に翻る彼女の大鎌は、削岩するように、その頑堅な頬を引き裂きます。
よく見ると、鎌の刃がバハムートの肉を擦過した瞬間、もう一筋の裂傷が別に刻まれているのがわかります。
つまり、実際に与えた斬擊が複写され、もう一太刀浴びせたのと同等の効果が現れるのですが。
複写斬擊の生じるベクトルが「実際の斬擊とすれ違う」ようになっているのです。
ハサミを思い浮かべていただければ、わかりやすいでしょうか。
実体と複写、二つの“斬”が対象物を“せん断”するのです。
鎌首を振り乱し、竜が怒号を上げます。
あの、密命を帯びし魔王が放った、無数の光弾が、至近距離から悉く、バハムートを打ちのめします。
被弾点から魔法光が竜の身体をめぐり、自己治癒能力を阻害します。
本命の回復阻害効果は、まあ今回はおまけでしょう。
目眩ましと、挑発が成れば充分。
拙僧の術が完成、“輪廻の灯り”による焔が、たちまち竜の上半身を包みました。
バハムートは身を捩りつつ、両翼に蒼い燐光を灯しはじめました。
それは花火のように打ち上げられると、無数の光雨となって我々を襲います。
特に、この拙僧を重点的に狙っておられるようで。
当たりたくないので、必死に逃げます。
膨大な光が場を塗りつぶし、色とりどりの花たちが、一様に真っ黒な影に覆われます。
バハムートはなおも、こちらへ第二波の爆撃を行いました。
今度は更にあからさまに、拙僧への弾幕を強めました。
どうやら避けきれません。
手元に新たな秘文字を顕現し、ドーム状に魔法障壁を展開。
大半は霧散しましたが。
バハムートの長い口腔が大きく開かれ、鋭利な歯並びが露となりました。
そして、体内で生成された光学エネルギーが口から溢れだして。
先の光雨を必死に避けて“見せた”甲斐がありました。
吐き出された光の奔流が、真っ直ぐに、この拙僧へ放たれました。
それを一身に受けると、全身が、これまでに経験したことの無いような熱と激痛を察知しました。
本来、まともに受ければ何も感じないまま全身が蒸発する熱量でしょう。
魔法吸収能力のお陰で、知覚できない筈の荒行がこうして実現しました。
貴重な経験ですね。
この身は無傷なれど、足元の地面が蒸発し、抉れる感触が伝わってきます。
そして、光の奔流が晴れて。
空を舞う
戦いは、終わりました。
しかし。
このバハムートは、変異エーテル保有の個体ではありません。
そのための、次への足掛かりに過ぎないのです。
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