追憶38 勘違いしてしまいそうだ(心折れた略奪者、AO)
思いがけず、結構な日数を滞在したけど、そろそろ死王都ミルデリンとはお別れとなる。
変異エーテル集め最後の一人、
あぁ……また大ボスに挑むってだけでも嫌だけど、その先、五つの変異エーテルが集まったらついに、ラスボス・黄昏の君主が待ってるのか……。
オープン当初から無敗、千万人以上のプレイヤーが返り討ちにあってるんだよ?
ぼくなんかが混ざってるパーティじゃ、逆立ちしても無理だよ……。
けれど、ぼくには今さら逃げる甲斐性さえない。
空が白い朝。
なだらかな丘に沿って覆われた、やわらかい芝生に、細かな水滴の珠が散りばめられている。
遠くに、白亜の壁と原色の屋根に彩られた王都が見える。
ぼくらは、王都郊外にあるエーテル溜まりのロッジを拠点としていた。
それももう、今日で最後だけど。
今、
最初は翼に振り回されて、空を溺れるような有り様だったけど、ほんの数回でご覧の通り、完全に適応してしまったよ。
ぼく、翼を生やしたこととかないから、想像するしかないんだけど……それでも、自分の生態がまるっきり変わってしまったのをすぐ乗りこなすって、やっぱりぼくなら無理だよ。
何でも彼女、別のゲームでは人魚になったこともあるらしいよ。
雨後の雲間から、わずかに射し込む朝焼けに照らされた天使。
そういう美術作品が現実に飛び出してきたように静謐な――とほんとは言いたいけど、その直下で見ているぼくには、羽ばたきで生じた、結構な強風が断続的に襲っている。
これじゃ、ヘリコプターのそばにいるみたいだ。ムードも何もあったものじゃない。
でも。
陳腐な言い方になるけど、
きれいな人だな、って思った。
いや、もう何ヶ月も四六時中一緒に行動してて、今更って思われるかもしれないけど。
たまたま絵になる姿を見たから? ではない。氷樹の湿地帯なり、魔法石の煌めく地下世界なり、彼女の姿が映える光景はたくさん見てきた。
ビジュアル的に「天使って属性」がついたから? というわけでもなさそうだ。
でも、そうだな。
“天使化”から受けたインスピレーションなのは確かかも。
それは、ぼくの中で、もっとフワっとした、観念的なところまで薄められた直感なのだろう。
例えば、大昔の誰かが「光は、暗闇の中でこそ一等輝く」と言っていたのを何となく思い出した。
頭上、ぼんやり見ていたぼくに気づいた彼女が、目を丸く見開いた、いつもの優しく無邪気な笑顔で小さく手を振った。
「ど、ども……ごめんなさい……」
聴こえるはずもないのに、ぼくは口の中でモゴモゴ言った。
ぼくらが動かすこの
知識とセンスさえあれば、結構、容姿を盛ることができる。
けれど、それではこの“天使の笑顔”は造れないだろうと、根拠もなく思った。
本当に。
ぼくなんかとは、本来パーティを組むことはおろか、“住む世界”すら違う人なんだろうに、どうして、こんなゲームをやってるのだろう。
そろそろ目のやり場に困ってきたけど、だからと言って、ここで立ち去ったら何か思われそうで、どうしようか。
「何をしている」
「ひっ!?」
背後から急に肩を叩かれ、ビビってしまった。
「全く見苦しい。
そんなこと、簡単に言われてもな。
彼女は、さっさとぼくを見限るように進み出ると、頭上の
「武器を改良した。こちらの動作テストも頼む」
そう言って、壁に立てかけた、
「ありがとーございまーす!」
そして、少しずつ高度を落とし始めた。
よし、この流れなら、自然に居なくなれる。
ぼくはなるべく気配を消して、ロッジに戻、
「待て、何処へ行く」
また肩をがっちり掴まれた。
悲鳴を漏らしたらまた怒られるので、寸前で堪えたけど。
え? え?
お前みたいなキモ男が
ち、違うんだ!
断じてやましい気持ちで見てたわけでは!
「人の準備を優雅に眺めているのは良いが、自分は万全なのだろうな?」
「ぇ……あ、はい、ていうか、どうせぼくに準備することなんて、そんなに、痛!」
しゃべればしゃべるほど、墓穴を掘り進めるぼくの頭を、彼女は軽くノックした。
「“これ”があれば、身一つで出られる、とでも言いたいのだろうが、
そして彼女は、ぼくがいつも使っているナックルダスターを差し出した。
あれ、いつの間に?
いや、寝室だったか居間だったか忘れたけど、無造作に放り出していたのはぼくなんだけどさ。
でも、いつもちゃんと、最後には忘れず身につけてるし、そんな怒らなくてもよくないかい?
「事後報告になるが、それも改良した」
「えっ」
か、改良って?
思わず、返されたナックルを眺める。見た目とか感触に変化はないけれど……ていうか、その辺をいじられたら結構困るんだけど。
「付帯能力として、簡易魔法障壁【無形のバックラー】をセットしてある。装備して、手の甲から放出するイメージを思考して見ろ。但し、私に向けるなよ」
ぼくは、言われるままにして。
うわっ! ぼくの手の甲から、本当に蒼白い、ワケわからない魔法が噴出した。
それは小さな円盤のような形を形成して、結構な風圧も放射した。
けれど、蒼白い円盤はすぐに存在感を弱めてフェードアウト、ついには霧散した。
「瞬間的に展開可能な、非実体の
質量はゼロだが、16ミリ程度の鋼材と同等の抵抗を発する。
但し、その出力――即ち盾としての強度――には波があり、直ぐには最大強度とならず、発動直後から徐々に――と言ってもコンマ秒の世界ではあるが――強度を増して行き、完全に展開し終えた瞬間をピークとして、今度は減衰を始め、やがて消滅する。
また、このシールド機能は左右両方の武器に付加してある。左右の手、どちらからでも――或いは同時に――展開可能だ」
ぇ、え、そんな手の込んだことをしてくれたの?
ぼくの武器に?
「これらの特性から、敵の打撃にピーク出力の瞬間を合わせ、防ぐと言うより受け流す運用となる筈だ」
そうなんだ。
……口が裂けても言えないけど。
「防御の為、と言うよりは、打撃の
君の場合、一打でも手数を増やす事が肝要だろう。
無論、避け切れない場合の非常手段としても否定はしない」
そして、彼女は、やや頼りない足取りで踵を返した。
疲れてるの隠しても、そこそこ前衛やってる人から見たらわかるよ。
「君の直感的な戦い方に合わせて設計した積もりではある。
喋り過ぎて疲れた。少しだけ仮眠を取らせて貰う」
そして彼女は、ロッジの中へ戻っていった。
ぼくは、返してもらった――いや、受け取ったナックルをまた眺めた。
“盾”をくれたと言っておいて、これまで以上に働けってことみたいだ。
ぼくなんかに、何を。
ぼくは、勘違いしているのか。
それとも、彼女が勘違いしているのか。
あるいは、ぼくの言う“勘違い”って、何だろう?
それさえも、わからなくなってきたよ。
そんなぼくらを、
本当に、幸せそうな笑顔だな。
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