追憶35 天敵(僧侶、JOU)
今にして思えば、このゲームのボスエネミー独特の無秩序なネーミングの中で“el”を冠している不自然さに気づくべきでしたか。
その人の宗派にもよりますが、悪魔と聞いて思い浮かべるのは、およそネガティブなものばかりでしょう。
そして、大抵は神に弓引く反逆者とも。
けれど、神が万物を創造されたのであれば、悪魔もまた、神が創りたもうたものであるはずです。
完全無欠たる神がそのような存在を、むざむざ生み出すとするなら。
これは私見ですが、悪魔の存在もまた、神の意図した存在ではないのかと。
ともあれ、今は目の前のボスエネミーに集中しましょう。
悪魔の翼が天使の翼に変わった。
一見して、喪失した器官が姿を変えて復元したに過ぎないようにも思えますが。
厳密には皮膜と羽毛の違いはありましょうが、元より人型の四肢を備えた生き物に翼を付与するという、現実的に無理のある生態ですから、あまり物理的な変化は無いでしょう。
とは言え、このゲームのセオリーから言って、翼が再生した程度で終わるとも思えない。
拙僧は【
六本の高出力レーザーとも言うべき威光がまともに直撃。
避けもレジストもしなかった点からすぐにわかりました。
アクカコソェルは傷はおろか、反動すら受けなかったようです。
いわば“光属性の無効”でしょうか。
飛行能力を持つ相手にこの術を防がれるとなると、かなり厳しい。
天使としての正体をあらわにした影響でしょうか。
この程度の変化で済むとは思えませんが――ここにきて、アクカコソェルが動きました。
悪魔だった時とはうってかわり、凄まじい速さで後方に飛びすさり、そのまま窓を突き破って夜空に飛翔してしまいました。
逃走、というわけではないでしょう。
我々プレイヤーの目的はボスの討伐であり、ボスの役割とはそれを迎え撃つこと。
決着は、どちらかの“死”でしかあり得ません。
我々は、すぐさまアクカコソェルを追います。
階下の屋根や
謁見の間も充分に広かったとは言え、やはり、無限に広がる空には及びません。
本気を出すにあたり、より有利なフィールドへ移動したということなのでしょう。
頭上、アクカコソェルが両翼を広げて滞空していました。
その翼が内側の骨格から、白く自己発光しました。
そして、尾を低く無数の光弾が、雨のように我々を襲いました。
拙僧も念のため回避を試みますが、肩甲骨あたりに命中。
他の仲間たちも避けきれずに被弾を余儀なくされたようですが、いずれも致命傷はまぬがれたようです。
ふむ。痛覚の刺激と衝撃からすると、これ自体の威力は大したものではないようです。
また、この肉体に実損がないところを見ると、これも“魔法”に定義される現象のようです。
ただ、違和感があります。
それは、
「魔法による治癒が阻害された」
見れば、拙僧自身も含め、光弾を受けた全員の皮下で、あの白い光がわだかまっています。
なるほど、拙僧の感じた違和感の正体はこれだったようです。
ワズムズムドゥンの変異エーテル、属性吸収の能力が不完全に感じられたのです。
元より無傷の状態で光弾を受けたのでわかりづらかったのですが、恐らくは治癒効果が発生しなかったための違和感だったのでしょう。
あの翼からの光弾を受けると、回復が封じられてしまう。
あるいは、本来は神子にのみ許された癒しの力、それを剥奪するべく与えられた、天使の権限なのかもしれません。
それでも、拙僧はまだいい。
“吸収”のうち、治癒効果は防がれても、無効化の能力は生きている。
問題は他の仲間、特に
自己強化魔法【リミッター解除】の自傷ダメージを回復魔法で補ってきた彼は……やはり、内部から身体を破壊されてその場にくずおれました。
アクカコソェルが急降下、悪魔形態の時は見せなかった、左右のランスを交差させるような構えから、螺旋を描くような槍さばきです。
彼はとっさに大楯スクトゥムを顕現させるも、衝撃を殺しきれず。
カットに入った
生死は不明ですが、生きていたとしても、またここまで戻ってくるには時間がかかりすぎる。今回の復帰は絶望的でしょう。
拙僧も焔の術で迎撃を試みますが、如何せん、飛翔体を狙うには、炎では遅すぎる。
やはり回避され、ランスがとうとう
すでにパーティは総崩れ。
敗戦までの模様を長々と連ねる気はございません。
拙僧もまた、ランスを寸前で受け流そうとしたものの、屋根から滑落しました。
死にゲーでの敵とは、生きたエネミーに限りません。
むしろ、落下死と言う名の魔物は、それに負けない数の犠牲者を出しているのではないでしょうか。
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