追憶34 また無理ゲーなところに連れていかれる(心折れた略奪者、AO)

 もう少しインターバルがほしかったんだけど。

 悪魔なんて、見た目からして恐ろしい相手をわざわざ選んで連戦するなんて。

 まあ、悪魔も鬼も、竜もアンデッドもゴーレムも、虫も動物も、人間も、ボスエネミーはみんな恐ろしいんだけど。

 やっぱ、その中でも強キャラ感あるじゃない? デビルだとかデーモンとかの悪魔って。

 また、このパーティは即断即決なところもあって。

 夕方に次のターゲットを決めてから、最低限度の準備だけして、この本殿に突入。

 できれば朝まで待ってほしかったなぁ。

 夜って、人間の思考をネガティブにしがちだよね。

 荒れ果てた城内はすっかり暗くなって、色彩がなくなっていた。

 もとは良質な大理石だった瓦礫が、粉塵をかぶって割れた鏡のように中途半端な光沢を帯びている。

 血のような深紅のベルベット絨毯のきれっぱしが、いいアクセントになってるよ。

 お化け屋敷感が半端ない。

 っていうか、さっきも亡者騎士の集団に奇襲されて、一生分の絶叫をあげたばかりだ。

 あまつさえ、あちこちの壁沿いに蒼白い鬼火が灯っていた。

 ナトーベルの湿地帯にあった氷樹のような、空間設置式の魔法って“設定”なのだろうけど、理屈でわかっていてもお化け屋敷感を増長させてるよ。

 どうも時刻が夜になると明るくしてくれるタイマー式っぽいから、運営の親切なのだろう。

 

 精神衛生上、なるべく心を殺していたので、道中の記憶はないんだ。すまない。

 けど、とりあえずは謁見の間に着いたよ。

 ボスエネミーの強さに序列ってものはないけれど、やっぱり王さまの場所に居るやつって、一等強そうだよね。

 あぁ、いやだいやだ……。

 両開きの分厚い扉を、HARUTOハルトさんが重々しく押し開いた。

 で、開いた先は例の不吉な霧壁になってて、誰も躊躇なく潜り抜ける。もう慣れたものだ。

 KANONカノンさんの視線が怖いので、ぼくも立ち止まらず地獄へ飛び込んだ。

 絵に描いたような、西洋の謁見場。

 遥か奥にある、それ自体も小屋みたいなデカさの玉座に、座ってるやつがいた。

 この前のワズムズムドゥンに比べれば、まだスラッとした体型だ。まあ、余分な脂肪が無くて、腹筋がバキバキに割れてるとも言う。

 コウモリのような皮膜の翼は、ワズムズムドゥンのそれよりも一回り大きくて、あいつ自身を余裕で包み込めそうだ。

 寒い時に便利だろうね。

 そんなことをヤケクソに思った。

 得物は、長大な傘みたいなランス。さも当然のように、両手に一本ずつの二刀流だ。

 密命を帯びし魔王、アクカコソェルは、さっさと玉座から立ち上がって両翼を羽ばたかせた。

 それだけで固体じみた烈風が謁見の間を隅々まで席巻し、ぼくも足をもつれさせそうになった。

 魔王らしい、前口上なんてない。

 アクカコソェルが、遥か天井すれすれまで飛翔し、こちらへ滑空してきた!

 左のランスが、少しの手ブレもなく、正確にぼくへ襲いかかった。ぼくは辛うじて身を逸らし、次の追撃が来る前にあいつを蹴った反動で逃げる。

 みっともなくゴロゴロ転がるぼくへ、なおも執拗にアクカコソェルが迫る。

 ランスって本来は馬を走らせる力で刺し貫く武器なんだけど、空を飛べるんなら充分生身で運用できるよね。畜生。

 地獄送りの錫杖を実体化させたHARUTOハルトさん、大鎌を振るうMALIAマリアさんがカットに入って、ぼくへの狙いを逸らしてくれた。

 けど、アクカコソェルは両手のランスを水平に広げて、回転するように360度を薙ぎ払った。

 刃が一切ついていないとは言え、極太の鈍器には違いない。

 当たればただでは済まな――言ってるそばからJOUジョウさんが撥ね飛ばされたよ!

 身のこなしと受け身で、致死量の衝撃はまぬがれたらしいけど、全身の骨の何本をやられたか。

 アクカコソェルは、トドメを刺せそうな彼に狙いを変えて、翼でぼくら前衛を薙ぎ払いついでに、飛翔、JOUジョウさんの真上に来た。

 助けが間に合わない。

 ……これまでのぼくらなら、だけど。

 JOUジョウさんの全身に、あの秘文字が巻き付いている。

 次瞬、彼の身体が間欠泉のような爆炎に消え、頭上のアクカコソェルを巻き込み、天井までを激しく焼いた。

 眩しい光熱と火影の中、JOUジョウさんが立ち上がった。

 無傷、どころか、アクカコソェルに砕かれた全身が完全に治癒していた。

 これが、魔法吸収の変異エーテル。

 炎は今も彼の全身を焼き苛んでいる。

 怪我は治るけど、火達磨になる苦痛はそのままらしいけど。

 彼は、表情ひとつ変えず、アクカコソェルの消えた方向を見上げている。

 そして、手元で印を結んで、自分の発した炎を手品のように消し去った。

 ものが燃えて生じた黒煙こそは完全に消えなかったけど、充分に視界は晴れた。

 アクカコソェルは、気合いひとつで身体にくすぶる残り火を吹き飛ばした。

 あちこち、人間の火傷でいうII度くらいのダメージはあるようだけど、全然元気なままだ。

 縦横無尽に飛び回る巨躯が、両手のランスを演舞のように旋回させ、飛翔の勢いが乗った致命の刺突を繰り出して来る。

 さすがに、人間爆弾作戦のタネが割れたのでJOUジョウさんを安易に襲うことはやめたようだ。

 なお、JOUジョウさんのガードが外れたKANONカノンさんは、電気巨人を代わりに配置して自分を守らせる布陣を取っている。

 ぼくら前衛に矛先が向いた隙に、あの直流電流ビーム的なのを撃ち込んでいるけど、大半を皮膚に絶縁されて、目眩ましくらいにしかなっていない。

 まあ、彼女を死守させるのの、オマケ程度だろう。

 とにかく、後衛が充分に時間を作ってくれた。

 ぼくが、あいつの太刀筋パターンを頭にインプットするための時間だ。

 なんとなく、あいつの槍さばきが読めてきた。

 ぼくでさえそうなのだから、HARUTOハルトさんとMALIAマリアさんは、とっくに、だろう。

 みんな、危なげなく躱せるようになったのが見て取れた。

 ごく僅かな後隙に、HARUTOハルトさんが大メイスを叩き込み、ぼくが横っ面をぶん殴り、MALIAマリアさんが必殺の【エクリプス・シェイド】ですれ違いざまに、悪魔の左翼を深く切り裂いた。

 よし! これで飛べまい、と安直なことは言わないけど、反作用やら揚力を得る効率はゲキ落ちするだろう。

 翼が万全の状態でもぼくらの立ち回りが安定してきた今、さらに有利に、

 

 アクカコソェルが、鼓膜が破れんばかりの雄叫びをあげて、自分の翼を引きちぎった。

 無傷だった、右翼のほうもだ!

 

 そして。

 背中から真っ青な血を噴き出しながら、あいつは。

 

 新たな翼を、背中に生やした。

 

 しかも、それは。

 

 白鳥のような真っ白な羽毛の翼だった。

 青い飛沫で、まだらに汚れてはいるけれど。

 これじゃ、まるで――天使じゃないか。

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