追憶32 HARUTOとMALIAを追う。具体的に何をすべきかは分からないが、それでも(鞭使い、INA)

 KENケンが死に、TOMOトモも死に、生き残ったあたしとRYOリョウ、そして新入りのEIJIエイジも頭から血塗れの惨状。

 あたしに到っては、恐らく肋骨が何本か折れているけど、痛みを怒りで圧し殺す。

 決着のタイミングだった。

 あたしが振るった鎖鞭が、醜く肥え太った青白い男の首に巻き付く。

 それを力任せに振り上げて、百何キロあるかも分からない奴の図体を空高らかに舞わせた。

 その先に、みすぼらしく痩せさらばえた、儀礼的なデザインの長衣を着た剣士が居た。

 超音速で襲い来る大質量を受ける事も避ける事も出来ないまま、痩身の剣士は下敷きになった。

 潰した方か潰された方か、どちらのものともつかない血飛沫が飛び散り、骨の折れる感触が鞭を通して伝わって来た。

 この技は【友引破砕殺ゆういんはさいさつ

 対象者を鞭に絡めて振りかざし、別の対象者を叩き潰す。

 敵が二体以上居ないと成立しないが、鈍器にされた方はまず死ぬし、仲間だった鈍器に叩き潰される方も只では済まない。

 兎に角、ようや

「お見事です、INAイナ師匠せんせい、さすが、」

「まだ戦いは終わって無いッ!」

 呑気に構えを解こうとしたEIJIエイジに鋭く叱咤を浴びせる。

 痩身の剣士が、黄金のエーテル光を放ちながら、見た目に不釣り合いな腕力で肥満体の遺骸を押し退けている。

「あんたが止めを刺せ!」

「ぇ、ええ!?」

 戸惑いながらも、EIJIエイジはフレイルを手に、あたしに従う。

 一応、RYOリョウにはアイコンタクトを送っておくが、EIJIエイジには何も言わない。フォローを期待させれば、甘えになるだけだ。

 痩身の剣士が、死に体ながらも直剣を薙いだ。

 EIJIエイジは初太刀をフレイルの柄でどうにか受け止めた。

 痩身の剣士も素人では無い。

 そのまま鍔迫り合いなどする気は更々なく、すぐに剣を引いた。

 EIJIエイジは身体が泳ぎそうになるも、前のめりに転びそうになった勢いを利用し、フレイルの柄の石突きを剣士の肩口に叩き込んだ。

 貪欲に勝ちに行け。

 或いは、最後まで負けの予感に呑まれるな。

 精神論だが、予め言い付けた事を理解して来たらしい。

 だが。

 EIJIエイジが、フレイルを大きく振りかぶって、鎖をしならせ、打撃部位の棍を剣士の頭部目掛けて振り下ろし――最小限のステップで回避された。

 また、EIJIエイジの身体が酔っ払いのように泳ぎ、痩身の剣士は淡々と直剣を引いて、彼の心臓へ狙いを定める。

 ……ゲームオーバーだ。

 RYOリョウが全身から眩い光を放ったかと思うと、忽然と消失。

 同瞬、よろめくEIJIエイジの前に忽然と現れるや、彼を突き飛ばして大楯を構えた。

 寸前でEIJIエイジを貫く筈だった剣は、火花を上げて、敢えなく盾に弾かれた。

【ロイヤルガード】

 仲間の側にテレポートする単純明快な技だが、我がパーティの守護神たるRYOリョウが用いればこの上無い脅威となる。

 その分、スキルの行使には重い制約が伴い、先の対HARUTOハルト戦では発動が叶わなかったのだけれど、その辺りの説明は今は割愛させて頂く。

 あたしは既に、飛ぶようにして間合いに踏み込んでいた。

 鎖鞭を持つ右手と、蛇腹剣を持つ左手を交差させると、それぞれの鞭に蒼炎と紅炎が宿った。

【紅蓮螺旋】

 そう名付けた自作必殺技メソッドに従い、あたしは燃え盛る二本の鞭を交差させるように振るい、痩身の剣士を打った。

 火花と血飛沫の入り混じったものを散らす奴へ、更にもう一振り。

 今度は威力を弱め、打つと言うよりは絡め取ってやった。

 幾重にも巻き付いた鞭から噴き上がる、あおあかの焔が執拗に奴の肉を蝕み、爛れさせ、全身の水分を搾り取って、只の炭の棒に貶めた。

 奴の身体から、黄金の金属光沢を思わせる光が漏れ出し、変位エーテル溜まりになってゆく。

 即ち、それは奴の絶命を意味する。

 あたしは鞭を引いて、剣士だった炭を離すと、未だ燻る紅蓮螺旋の残り火を振り払って残心した。

 

 さて、反省会だ。

「焦ると殼物ヘッドを振ろうとするのは、相変わらず悪い癖だ」

 フレイルとは、鎖に連結された打撃部位たる殼物を叩き込む武器であり、それを否定する言葉に思われるかも知れない。

 しかし「フレイルとはそう言う武器である」事を受ける側の敵も承知している。

 連接棍による必殺の殴打には、それだけ大振りで素直な動作が伴う。

 EIJIエイジには乗馬の心得など無いので、歩兵としての運用となるから、尚更だ。

 あたしの見解として、現代VRに於ける連接棍、或いはフレイルとは「見え透いた強打をいかに叩き込むか」を問われる難しい武器だった。

 その為には、持ち手の部分で牽制する棒術こそが重要となる。

 安易に“必殺の一撃”に頼らず、如何なる時も基礎を忘れない忍耐力こそが。

 だからこそ、“まずは”フレイルを使えと勧めた。

 特にこのEIJIエイジは、せっかちなきらいがあるから。

「やっぱりオレは、師匠せんせいの鞭を学びたいです」

 ご覧の通りだ。

 性懲りも無く、こんな事を言う。

「前にも言ったけれど、鞭とは本来武器では無い。あたしが鞭を使っているのは、巡り合わせの結果に過ぎない」

 まだ駆け出しの頃、ある別ゲームで、棚ぼた的に【鞭の天才】と言うユニーク・スキルを与えられた。

 軟鞭を――即ち、紐状の得物であれば何でも――装備している時に限っては極限まで、ゲームの物理演算に優遇され、超常的に強化された知覚が、世界をスローモーションに見せる程だった。

 そのゲームでのあたしは、ほとんど止まったような相手の首を、電気ケーブルで悠々自適に締め上げれば良かった。

 そんな、“鞭”の術理も何も無いスキルに頼り切っていたあたしは、狭い世界で男どもを屈服させて、一国の主を気取っていて。

 そうして、同じようなユニーク・スキル持ちにだって負けなかったあたしは。

 HARUTOハルトと言う凡人に、完膚なきまでに負かされた。一度も、勝てた事は無い。

「そんなこと、知ったこっちゃありません!

 そのゲームを卒業した後、培った技術は本物じゃないですか。

 この際だから言いますけど、オレは純粋に、師匠せんせいの鞭さばきに惚れ込んでいるんですよ!」

 あたしは。

 たまらず、EIJIエイジの胸倉を掴んだ。

「ふざけるな。戦いは、遊びでは無い」

「ええ、分かってますよ」

「何処が。殺す為の技術に“美”だの“矜持”だのを持ち出す、それ自体が、殺しを軽視している証拠だ」

 それは、果たしてあたし自身の思いなのだろうか。

「けどね」

 それでも、このヘタレ新人は退かず、

 

「矜持や美徳のない武術なんて、単なる野蛮な人殺しじゃないですか」

 

 あたしは。

 この男の胸倉を掴む握力を、思わず緩めてしまった。

 “あいつ”と、真逆な事を言うものだ、と。

 そして、今のあたしとも。

 そして。

「……あんたは、それでもフレイルを極めなさい」

INA師匠イナせんせい!」

「そして」

 あたしは、今しがた生じた黄金のエーテル溜まりを見た。

「この変異エーテルは、あんたが受け持ちなさい」

「なっ……!?」

「おい、INAイナ、正気か?」

 今、あたしが決断するこの瞬間まで。

 この、黄金の変異エーテルは、あたしが継承する積もりだった。

 けれど、気が変わった。

「この変異エーテルは、師匠せんせいが手に入れるべきものでしょう!?」

「あんたが継承しなさい。これは命令。

 それが、今の所、あんたに示せる“答え”だから」

 

 これで良かったのかな? HARUTOハルト

 って訊く事自体が、あの男からすれば“甘い”のだろうけれど。

 けれどMALIAマリア

 あんたなら、あたしのこの選択、否定しないよね。

 やっぱり、あんたらを想起するあたり、あたしはまだまだ甘い。

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