追憶31 私の心はとうに折れていた(KANON)

 最初から、JOUジョウには勝てないと決まっていたのを、元より心は折れていたのだと、あの土壇場でようやく気付かされた。

 HARUTOハルトの【蘇生03】なる魔法で復活した私は、なけなしの気力で上体だけを起こした。

 私を助け起こしに寄って来たのはお人好しのMALIAマリアで、AOアオの軟弱者は、一歩離れた位置から私の顔色をオドオド窺っている。

 ワズムズドゥンや私達に蹂躙され、燃やし尽くされた事実が嘘のように、書庫は無傷だった。

 しかし、あれだけ賑わっていた他プレイヤーの喧騒も聴こえない。

 此処ここもまた、ワズムズドゥンの暴挙による火事など起こらなかった、“別時空”の中であるらしい。

 恐らく、大火事の中でワズムズドゥンの変異エーテルを継承する作業をしていて、途中で崩落に巻き込まれないようにとの“ゲーム側の配慮”なのだろう。

 事実、ワズムズドゥンが死んだ辺りの座標に、みどり色の変異エーテル溜まりが遺されていた。

 JOUジョウは、何も言わずに、そこへ手を伸ばしていた。

 ワズムズドゥンの力が、あの男に経皮吸収されていく。

 私の望んだ変異エーテルが、少しずつ枯れて行くのを、黙って見ているしか出来ない。


【文殿の野蛮神の変異エーテル】

 あらゆる魔法を吸収し、治癒、あるいは己の力とする変異エーテル。

 ただし、被害に伴う苦痛は一切免れない。

 燃やされれば燃やされただけの肉体面積が治癒するが、生きたまま焼かれる地獄の苦痛に耐えられる精神力が要求される。

 ただ癒しを求めるならば、この変異エーテルを頼るべきではない。

 

 ワズムズムドゥンは、無知なままに知を貪った。

 それは、如何なる意思からか。

 残念ながら、無知なる者とは自身の意図を伝えるのも不得手であるから、誰一人として理解者は無い。

 あるいは、理路のある理由などそもそも無かったのかも知れない。

 ただ、生きながら焼かれ、凍える苦痛をも知ろうとした、その覚悟の事実は本物であったようだ。

 それは、“誰”が為の探求であったのか。

 

 私は。

 どこまで半端者なのだろうか。

 所詮は、あの土壇場で揺らぐ程度の覚悟だったのか。

 どれだけ。

 どれだけ。

 どれだけどれだけどれだけどれだけ覚悟を固めたつもりでも、こうも簡単に揺らいでしまう。

 入念にお膳立てはした。

 私自身が、後に退けないように。

 “想い”があれば、それが動く事など無い。

 私には、何も想いが無い。

 この結末が、揺るがぬ証拠だ。

 もう、

 もう嫌だ。

 もう、“私”を取り繕う事にも疲れた。

「ぅ……」

 唇から自然と漏れ出した吐息を掌で覆うけど、

「――」

 言葉にならない嗚咽は、慟哭は止まらなかった。

 無秩序な叫びを伴って、私はうずくまった。

 顔を伏して“あ”だとか“う”だとかをみっともなく垂れ流す無様な姿を、でももう、誰に見られても、どうでもよかった。

 思えば、まともに泣いたのはいつぶりだろうか。

 へたをすれば、小学校以前にさかのぼるのではないか。

 いつからか、泣きたいと思っても、泣けないようになっていた。

KANONカノン

 あの男が、変異エーテルを吸収し終えたJOUジョウが、私の前にきた。

「それが、貴女の“心”です」

 膝を折り、這いつくばる私に目線の高さを合わせて、そんなことを言った。

「貴女に心はある。そんな事、この拙僧に言われずとも、とうに理解していた筈だ。

 本当に心ない者が“心がない事を思い悩み”はしません」

 私は最後の抵抗か、首を横に振って髪を振り乱すしかできない。

「責任感、焦り、虚勢、この悔しさも哀しみも、仲間へのあらゆる“想い”も。

 貴女がそれを否定してしまう限り、貴女自身はその地獄で止まったままになる。

 元より貴女を憎んでなどいないHARUTOハルトMALIAマリア、我々仲間達では、貴女に“赦し”を与えてはやれない。

 貴女を真に赦してやれるのは、貴女自身だけなのです」

 知った風なことを言ってくれる。

 それだけ、私が甘さを露呈していたのか。

 今の今まで、この瞬間まで。

「今は無理に受け入れられ無くても良い。

 けれど、考え方を少しずらしてみるだけで、かなり違ってくるはずです。

 落ち着いたら、よく考えてみなさい」

 そしてJOUジョウは一礼して、私から背を向けた。

 入れ替わりのように、HARUTOハルトの姿を視界に入れていた。

 私は、長い黒髪で殊更顔を隠した。

 今更、涙にまみれた顔を、この男に見られたくない羞恥が生まれたから。

「……気が済んだら、君が受け持つ変異エーテルを改めて決めろ。我々に立ち止まる時間は無い」

 そして、彼は彼でさっさと背を向けた。

「……自分から言える事は以上だ」

 側に居たMALIAマリアが、何も言わずに私を優しく抱擁した。

 やはり、“彼と彼女”は私を理解してくれている。

 今もそう思うし、厳密にはその意味が変わりつつあるのも感じる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る