追憶30 新たなる駒に行った調整の詳細と、対JOU戦の結末(KANON)
人狼騎士の調律は、比較的容易だった。
初期のスクリプトの文法を読み解くに、電気巨人ほど反抗的では無いが、リビングアーマーほど従順でも無いと言った印象だ。
どうやら、悪魔の軍勢に攻め滅ぼされるより以前の旧王家に仕えていたと言う“設定”であったらしい。
獣人である自分達をも隔て無く騎士として叙してくれた旧王家、このミルデリンこそが奴等にとって第二の故郷であり、それを奪った悪魔どもの尖兵に成り果ててでも他国から守ろうとしていた。
形だけの亡国に尚も縋る、失地の騎士。
……そんな感傷的なフレーバー設定が、行動原理――ルーチンのコアとなっていたようだ。
悪魔どもを裏切らせる為には好都合のファクターではあるが、だからと言って私自身も悪魔討伐にかこつけた侵略者に過ぎず。
決して忠誠を得られる訳では無いし、得ようと無駄な努力をする気も無い。
どうスクリプトを改竄しようと、完全なる“信頼”を構築する事は出来なかった。
ならば、信頼が無い事を念頭にすれば良い。
具体的には、自発的に絶対服従させたリビングアーマーと、コントロール権を完全に私が掌握していた電気巨人、この二者の中間と言った様式を取った。
どの道、獣人の敏捷性を活かすには、自律行動を認めざるを得ない。
だから、人狼騎士がおかしな挙動を取った場合にのみ、私の脳波コントロールで“鞭”を打つ事にした。
スクリプトの中を探ると、祖国陥落当時のビジョンと言う名のメディアデータがあったので、これをフラッシュバックさせてやれば良い。
人道に
殆ど虫の息ながら詠唱し切ると、私は状況も弁えずにくずおれた。
次瞬、私の眼前には同じ様に地を這うような惨めったらしい甲冑騎士の姿が現れた。
奴は、私に背を向けたまま、少しも顧みる事も無く疾駆。
すれ違ったついでと言わんばかりに、両手のジャマダハルを無数翻し、生きた書物の製本を断ち切った。邪教神官の
文字通り、瞬く間にワズムズドゥンに肉迫した瞬間、戦況が目に見えて好転した。
これが、獣の
あの、一流軽戦士たる
ワズムズドゥンが杖を折ろうとするが、人狼騎士の猛攻がそれを許さない。
そうすると、
地獄送りの錫杖に四肢を潰され、
取り巻きどもが、火炎系の魔法で
勝てる。
ワズムズドゥンにも、
そして。
前衛三人が、ワズムズドゥンの取り巻きを粗方片付けた。
相も変わらず、延焼した壁に身を擦り付けて外傷の治癒を狙っているが、それ自体が致命的な隙を生んでいた。
人狼騎士に取り付かれ続けたワズムズドゥンは無防備。
後は、あの三人だけで始末出来るだろう。
人狼騎士の手を空けられる。
――
私は脳波で、人知れずそれを命じた。
人狼騎士は置き土産に背中の大剣をワズムズドゥンへ叩き込むと、一転して前衛から走り去り、こちらへ向かって来た。
祖国を滅ぼされたトラウマを現在進行形で追体験させられ、半ば狂った雄叫びを撒き散らしながら。
止めろ。
私の方を、見るな。
「構うな! ワズムズドゥンに、集中しろ、さっさと殺せ!」
肺を振り絞って、どうにか叱咤した。
彼女達も素人では無い。ワズムズドゥンへの攻撃の手を弛める事は無い。
そして、私は。
――
人狼騎士に、そう命じた。
先述した人狼騎士のスクリプト、フレーバー設定から来る制御の難しさについては、予めパーティ全体に周知してある。
私が「コントロールに失敗し」牙を剥かれるリスクについても、過不足無く。
何も知らない生臭坊主は、私を庇いながら、今もワズムズドゥンの配下どもに対処している。
いや。
何も、知らないのか?
本当に?
だが、私を守りながらワズムズドゥンの配下で手一杯の貴様に、元ボスエネミーと渡り合えるものか。
……
「っ……」
思わず目を背けたのは、未だ残る私の惰弱さなのだろうか。
そして、視線を逃がした先には……
珍しく、少し哀しそうな――。
人狼騎士が、もうすぐそこまで来ていた。
人狼騎士は、
ジャマダハルを大きく振り上げて、
私の胸を、綺麗に刺し貫いた。
流石だ。巧く肋骨を避けて、心臓を突き破ってくれたようだ。
元より全身が痛すぎて、今更、何も苦痛は無い。
「
彼女がここまで声を張り上げたのは、初めて聴いたかも知れない。
どうやら、
ザマは無い。初めて、この男を出し抜いてやった。
夥しい血が胸から逃げて行く。
命が尽きる直前、私は
パーティは勝利し、私は負けた。
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