追憶28 ワズムズドゥンの特性、及び、対JOU戦に対する考察と実演(KANON)
あの男をどう出し抜くか。
頭脳の領域の半分を、その思索に占められている。
今は、持てるキャパシティの全てをパーティ全体の勝利に注ぎ込まねばならない。
それは分かる。良く理解している。
それでも。
それでも、私は“勝ち”たい。
配下を大量に従えたタイプのボスか。
私は召喚の文言を紡ぎつつ、魑魅魍魎どもの並び立つ全周囲に視線を這わせた。
私自身に戦闘力は皆無。最初から敵の有効射程内に私が居るこの状況は、かなり不味い。
普段なら到底反応出来ない悪魔どもの動きがスローに見える。
四時の方向から使い魔が魔法。火球が来る。
私は軽く後退った。燃焼する泥の塊のような物が、一歩手前の床に着弾、弾けた破片が軽く襲い来るが、肌を多少焼いただけでダメージとも言えない。
「!? く、ぅ……ッ」
だが、苦悶に呻く暇も無い。
十時の方向、目算7メートル程度宙空に浮いた、自律行動する書物もまた、私に照準を定めていた。
見えてはいるが、先の火球を躱すのが精一杯で対処し切れない。
所詮、潜在能力を全解放しようが、これが私と言う非戦闘員の限界と言う訳だ。
空飛ぶ書物の具現化した炎が、帯となって私に迫る。
この際、火達磨にされても詠唱だけは完成させてやる。
私自身は役立たずでも、こいつの召喚さえ成れば、
とうとう、分厚い炎の層が、私に食らい付――
「
一喝と共に床を踏み締め、あの男は、
けれど完全な消滅には至らない。
再び結集する火炎。
それが閉じて私達を呑み込むより速く、
追い討ちに、更なる魔法を浴びせようとして来た書物と、その下で印を結んで援護しようとしていた神官を、瞬く間に秘文字鞭で打ち据えた。
書物は引き裂かれ、不揃いな紙片を千々に撒き散らして墜落。恐らくは絶命。
神官の方は顔面から血を噴き出しながらも闘志を失わず、尚も詠唱を続けるが、返す鞭がその首筋へ無情に食らい付いて、今度こそ神官は倒れ伏した。
「詠唱を続けるのです」
私を庇いながら、
ここ
「言われなくても……!」
既に、息をするのも辛い。
吸っても吸っても、空気が入って来ない。
その上、燃え盛る書庫には黒煙が充満し出しており、それも肺を冒す。
ワズムズドゥンの対策について、改めて意識を馳せる。
奴の変異エーテルは“属性攻撃の吸収”だ。
この場合で言う“属性”とは、魔法によって生じる現象全般を指す。
何ともVRらしい、恣意的な物理法則だ。
つまり、無属性――
広義で言えば、武器による攻撃とて“切断”や“刺突”“殴打”の属性を帯びていると言えるが、それらまで無効化されると、絶対に殺せなくなってしまい“ゲーム”として成立しない。
より厳密には「魔法の吸収」と言うべきなのだろう。
問題は
あの男の本領である攻撃魔法の一切が、ワズムズドゥン本体に限っては殆ど決定打とならない。
今し方、お得意の六連ホーミングレーザーで取り巻きどもを光条の数だけ殺したが、もしもワズムズドゥンに割り入られれば、奴を治癒させてしまう。
或いは魔法由来のこれも“吸収”はされてしまうかも知れないが、取り巻きを始末する際にワズムズドゥンを巻き込むリスクは小さい。
好都合だ。
肉弾戦を強いられる分、あの男への負荷もそれだけ高くなる。
最前、助けられておいて、私は打算的な事を考えている。
だが、これはそんな甘い勝負では無い。
自分の全てを、人間性さえ棄ててでも、私は、
さもないと、私に価値など。 ――私に人間性など、そもそも最初から存在したのか?
……詠唱が完成した。
現状、ワズムズドゥンに対して使える駒はこれしか無い。
リビングアーマー。
この大書庫をして、天井に手が届きそうな鋼鉄の威容が、遂に実体化した。
虫ケラの様な悪魔、邪教徒どもを走行ついでに蹴散らしながら、リビングアーマーは遠大な斧槍をワズムズドゥンへ振りかざした。
だが……やはりだ。
縦横無尽に飛び回る有翼悪魔に対し、あらゆる動作が鈍重なリビングアーマーでは分が悪い。
肝心のワズムズドゥンに、掠りもしない。
ワズムズドゥンが、先刻へし折った杖の先端をリビングアーマーに突き付けた。
次瞬、書庫全体が震撼する爆轟が炸裂し、リビングアーマーの巨躯が本棚の一画に突っ込むようにして転倒した。
そして、
彼女は、前衛から離れてこちらへ向かっている?
それを怪訝に思った瞬間には、もう遅かった。
ワズムズドゥンの狼藉による余波か、私の頭上で何らかの建材の焼け砕ける音がして。
倒れ伏したあの男の身体に、
助ける積もりは更々無い。
そもそも、そんな力も余裕も無い。
この状態で、後はワズムズドゥンを始末すれば、勝負は私の勝ちだ。
苛つく。
こうして自分の勝ちを掴む事で一杯一杯の私と、勝負など一切眼中に無いかの様に、パーティの勝利のみを見ている
私は殊更頭を振った。
背負っているものが、違う。
あの男と私では。
だからだ。
私の必死さの方が、絶対的に正しい筈だ。
……そんな“文字列”が、虚しく脳裏を流れるだけ。
そして。
何故、
彼女は、
それは同時に、ワズムズドゥン本体へ斬り込んでいる前衛の戦力低下を意味して。
前後左右上下から私を焼こうとする取り巻きどもを、
私だけが守られても、旗色は良くならない所か、
ワズムズドゥンが杖の残骸を砕いて、四方に爆轟の輪を放射、
それ自体が私達へ届くより先に、とうとう書庫が完全に崩落。
手を伸ばそうとした私も、致命的な崩落に潰されて、葬り去られた。
時空間が隔絶されていると言う“設定”にかこつけて、やりたい放題してくれる。
成る程。
このボス戦の構造が僅かなりとも見えて来た。
誰一人欠けても崩壊する中、
それは、あの男にとっても同様だろう。
私に出来る事は唯一つ。
召喚するモノを見直す。
こんな、リビングアーマーなどと言う使えない駒では駄目だ。
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